開戦、その29~二の門前の死闘⑪~
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「・・・寄せが散発的になったわね」
「今頃、必死で坑道でも掘っているのだろうさ」
アルフィリースの言葉に、クラウゼルがつまらなさそうに答える。ここまでの合従軍の行動は、予定通りといえば予定通りだった。実はもう10日ほど先の勢いのまま寄せられると矢の残りが厳しくなりそうだったが、攻勢が弱まったことでほっとしているローマンズランドの諸将とアルフィリースだった。
ただクラウゼルだけは、全て読んでいたとでも言いたげに合従軍の陣の様子を眺めている。
「投石器はこの台地全域を実は射程に収めているが、あえて本陣は狙っていないのにさらに後退した・・・ふふふ、何がしたいか丸わかりですね」
「この台地ごと崩壊させようってこと?」
「まぁ多少堅固に作り過ぎていますからね、普通の手段では落とせません。二の門に寄せる相手の数を減らすために、台地の幅を削ったのが仇となっています。まっとうな連中なら、そろそろ考えてもよさそうな方法では? 坑道を掘るのは教書にもある戦術ですし」
「城を基盤から崩壊させようって発想は、まっとうなの?」
「貴女がそれを言いますか」
クラウゼルはさもおかしそうに、アルフィリースの言い方を批判した。アルフィリースは心外だとでも言わんばかりに頬を膨らませたが、クラウゼルは冷静に説明した。
「戦における、頭脳戦の神髄をご存じで?」
「そこまで戦を極めていないわ」
「相手の頭脳の程度を理解したうえで、策を練ること。賢い相手には中策は看破され、愚か者相手には下策ですら有効ですが、逆に上策は愚物に理解されず通用しないことがあります」
「つまりシェーンセレノと、城攻め屋のことを理解しろと」
「したり」
アルフィリースが嫌そうな表情をしたので、クラウゼルには珍しくくすくすと笑ってしまった。
「特に、城攻め屋の隊長であるシルヴノーレは賢人会の中でも侮れない存在でした。彼女は物づくりの天才でもあり、想像もできない奇抜な方法で城を落とします。彼女のおかげで、拠点防衛の方法が進歩したと言っても過言ではありません」
「それほどの相手が敵にいるのね。恐ろしいわ」
しらじらしいほどあっさり言い切ったアルフィリースに向けて、クラウゼルはますます面白そうに、不敵に笑った。
「何をおっしゃる、貴女の方が余程恐ろしい存在でしょうに。堅固な城は抜かれることを前提として策を立てているでしょう。でなければ、あんな方法を取るものか」
「備えあれば憂いなし。古来より落ちない城は、わざと一部弱い場所を作っておく。この二の門は堅固すぎるわ。陥落するとしたら、教書にない奇抜で大胆な方法でしょう。そんな方法の全てを想定するのは不可能だわ」
「そう、だからこそオーランゼブルは敵味方の双方に、自分の手の者を紛れ込ませた。最初から結末が決まっていれば、戦争といえども制御できると考えて。私たちはそこに紛れ込んだ異分子だ」
私たち、とクラウゼルは言い切った。自分はオーランゼブルと契約を結びながら、予定以外の行動をとるつもりでいるのだろう。それに対して、オーランゼブルが何らかの直接的な対策を取ることはないと確信しているのだろうか。
そして、自分のとる行動も彼は読んでいるのだろうか。
「クラウゼル、一つ聞いておきたいわ。あなたは、カラミティやシェーンセレノとは、どこまで通じているの?」
「言わなければいけない情報ですか、それは?」
「ええ、ここを去るあなたは言った方がよいと思うわ。ここで私が粘るほど、あなたには有利にことが進むでしょうし」
「・・・なんとやりにくい人でしょうか。ですが、だからこそ安心している私がいるのも不思議な話です。馬鹿ばかりだと思っていたこの世の中も、アルフィリースのような人がいれば少々ましになるかもしれませんね」
「だとしても、いずれあなたはその全てと自分を比較し、排除したくなるわ。あなたの本性は変えられない」
「ふふ、私の理解者がゼムスや賢者シェバ以外にもできたことは幸運ですが、そのあなたといずれ争うとなると、興奮もしますし、やはり残念でもありますね」
クラウゼルは二の門の端に来ると、誰にも聞こえないように防音の魔術を張った。本人の戦闘能力もあるとは思っていたが、やはり魔術の心得もあったかとアルフィリースは納得していた。
「カラミティとはスウェンドル王を通じて話ができています。彼女はローマンズランド正規軍とイェーガーなどの傭兵が危機に陥るようなら、手を貸してくれると思いますよ。彼女も、本体を守らなければいけないと思いますから」
「本体?」
「オルロワージュも所詮は分体です。乗っ取って長く時間が経過したかもしれませんが、カラミティの本体は化け物ですよ。南の大陸の三すくみ、魔人ブラディマリアや百獣王ドラグレオと渡り合う者が、ただの人間の姿でいるはずがありません。ローマンズランドの大地が枯れているのは、単なる資源不足だけではありません。カラミティの本体が吸い取っているのです。彼女の本体は大地に根を張り、精霊ごと土地の生命を吸い尽くす怪物です。私の本質を見抜くあなたなら、カラミティの本質もわかっているのでしょう?」
「まぁ、ね」
アルフィリースは言葉を濁したが、その理由までをクラウゼルが気にすることはなく、説明を続けた。
続く
次回投稿は、5/23(月)14:00です。