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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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開戦、その28~二の門前の死闘⑩~

「僕たちはねぇ、夜に怖い話をしている時に気付いたら一人増えている、とかいう脅かし方はするけどさ。君たちみたいにパーティーに参加して談笑していたけど、最初から一人を除いて全員人形でした、なんて悪趣味な真似はしないんだよ。はっきり言って、趣味が悪い。いや、気持ち悪いね。何を目的としているんだ、言えよ」

「――全て、滅びてしまえ」


 シェーンセレノが微笑みながら、ぞっとするほど冷たい声を発した。その冷たさと、そして剣の風が発する殺気に思わずドゥームですら眩暈がしそうになった。


「人間なんて、この世に蔓延はびこる屑以下の存在だ、今すぐ消えてなくなればいい。いや、ただいなくなるんて許せない。醜く罵り合い、犯し合い、殺し合い、一番惨めな在り方で滅んでしまえばいい。親しい隣人の家に火をくべろ、愛しい妻と子どもは豚の餌にしてしまえ、慈悲深い親など川に突き落としてしまえ、自らの醜さに耐えられない奴は剣で自らの喉を貫くがいい――と、心からそう思っていますわ。この世の善に見える者は全て虚構。全て腐った臓物を詰め込んだ革袋、それが人間。もし善人だと言い憚る人間がいるのなら、その臓物をぶちまけて中身を確認して差し上げますわ」

「・・・さすがにおかしいよ、あんた」

「まさか、この世の最大の悪霊からそんな言葉を聞けるとは。あなたは悪霊のくせに、人間が好きですものね」

「人間という生き物の可能性を否定していないだけだ」


 青ざめるドゥームを前に、変わらぬ微笑みをたたえるシェーンセレノの姿が歪んで見える気がした。既にぬるくなってしまった茶を、旨そうに啜っている。

 ドゥームはそれを見て、顔をしかめた。


「お前、実は味なんてわかっちゃいないんだろ?」

「ええ、もちろん。こういう時にはこのような態度と表情をすればいいのかしら、程度のことですわ。人間が作ったものなど、味わいたくないというのが本音かもしれませんが。人間のふりをするには必要なことですものね」

「そこまでの憎悪と怒り。その過去に何があった?」

「――古い、とても古い話ですわ。そうですわね。天の火が世界を照らすよりも、ずっと古い日々の話。あなたになら、少し語ってもいいかも」


 シェーンセレノの語った内容に、ぞくりとするドゥーム。サイレンスとは、ひょっとすると我々の誰よりも古い時代から存在する相手なのではないかと。

 それだけの時を経て、なおも消えぬ恩讐に身震いした。それは嫌悪と尊敬、そして人間がそれほどの感情を抱けるということへの歓喜だったかもしれない。

 サイレンスは語った、その存在の憎悪の日々を。それは古今東西、あらゆる悲劇と喜劇を集めるドゥームもしても衝撃的な内容で、そして歴史の転換点。人間がどれほど矮小で、卑屈で、そして意識と精神性が無限に拡張するというお話。人間がこいねがえば、どこにでも到達する可能性を秘めた存在だとドゥームは確信した。

 ドゥームはシェーンセレノの話を聞いていると、蝋燭の火がじじ、と消えかけたところではっとした。蝋燭は新品だと思っていたが、それほど長い間聞いていたということか。ひょっとすると何らかの魔術のようなものにとらわれていた可能性もあるが、ドゥームは思いのほか没頭していた自分に気付く。

 ほとんど明かりが消えかけた天幕の中、微かに見えるシェーンセレノの口元だけが歪んだ気がした。


「そういえば、ドゥームあなた・・・四分の一ほどは人間でしたわね?」

「ッ!?」


 ぶっ、と消えた明かりと同時に、真の闇となった天幕の全方位から、剣の風の斬撃が飛んできた。ドゥームはほぼ無意識に体を靄にさせつつ、転移魔術で逃げ出そうとする。

 斬撃の激しさと対比するように、シェーンセレノの髪がふわりと優雅に揺れた。シェーンセレノがぬるい茶を飲み干した後で、ゆっくりと明かりを魔術で灯すと、そこには剣の風が立ち尽くしていた。その横顔をシェーンセレノは照らし出そうとして、剣の風に拒まれる。


「あら、良いお顔ですのに」

「――お前や他の個体と比較されたくない――美醜でいえば、より普通に見えるように造られたのだから――」

「人の間に溶け込むにはそれが一番都合がよいですからね。だからこそ、そのお顔が好きでしてよ。人間を憎みながらもその中に溶け込まないといけない役目を与えられた、あなたの煩悶の表情が」

「――よせ、今殺しそうになる――」


 抜剣直前の剣の風の殺気が飛んできたが、それでもシェーンセレノは笑みを崩さなかった。まるで、微笑むことが我が使命とでも言わんばかりに。

 だがさすがに明かりを強くして、話題を変えた。


「やりましたの?」

「――さすがの逃げ足だ――手ごたえはある程度あったが、やれてはいないだろう――」

「我々からしても、ドゥームは得体のしれない相手。あんな風に進化するなんて、誰が予想したでしょうか? 所詮は『 』にしかすぎませんのに」


 嘲笑しながらシェーンセレノが語ったが、剣の風は笑ってはいないようだ。


「――『 』だからこそ、得るものもあるだろう――先が読めぬからこそ、人間は度し難い――」

「ええ、だからこそ滅ぼすのですわ。そのために、オーランゼブルはとても良い仕掛けを作ってくれました。彼の計画に乗じて、我々は人間を滅ぼしてしまいましょう」

「――下準備は?――」

「滞りなく。カラミティにお任せするのもよいのですけど、彼女も元は人間ですから。彼女すら怯えさせる方向性を考えたいですわ」

「――そうか――」


 くすくすと笑うシェーンセレノをよそに、剣の風の気配が遠ざかる。


「あら、どちらへ?」

「――国どうしの謀り事は貴様に任せる――俺は、剣の風としての遺恨を断ちに動く――」

「レイヤーとかいう、少年ですか?」

「――そうだ――あれはあってはならん存在だ――もし刃が我々に届くとしたら、奴だろう――その存在の可能性を聞かされてはいたが、実在するとはな――」


 剣の風の言葉に、シェーンセレノから笑みが消える。


「・・・可能性を切り拓く者、あるいは全てを終焉に導く者。我々と相対したということは、彼は切り拓く選択を?」

「――かもしれない――あるいは、我々とは別の終焉を――」

「同じ終焉にたどり着くなら、協力者になれるのではなくて?」

「――難しいだろう――あれは既に壊れている――」

「ふん、ならば私たちの勝ちは決まっているようなものですわね。完璧たる我々が、負けるはずがありませんとも。ええ、そうですとも」


 シェーンセレノが誇らしく言い切ったので、剣の風は何も言わずにその場を去った。だが天幕を出たところで、ぽつりと漏らしたのだ。


「――ふん、自我だけが肥大したことにも気づかない不良品が――俺も含めていずれ廃棄される運命なのを忘れたか――所詮この世は出来損ない共の喜劇でしかない――そう、最初から決まっていると教えられたことも忘れたのか――せめて、幕引きは我々の手ですべきなのだ――出来損ないの、野蛮な猿どもに鉄槌を――終わることなく争い続ける愚か者どもに、剣の裁きと終焉を――」


 剣の風の決意と言葉は、ローマンズランドの寒空に流れて消えていった。



続く

次回投稿は、5/21(土)14:00です。

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