表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
2353/2685

開戦、その27~二の門前の死闘⑨~

「老兵が5000ごときでは足るまい。作業は遅々として進まぬだろう、望ましいことにな」

「そうですね。できれば戦いを引き延ばせれば最高ですが、シェーンセレノの魔術があるとしたらそれも上手くいかないかもしれません」


 作業が進まぬほどに冬が厳しくなり、限界を迎えた諸侯が撤退するかと考えていたが、シェーンセレノの魔術のせいで正気を失いつつあるのなら、その可能性も怪しくなってくる。

 とはいえ、様々な工作をするのにシェーンセレノの配下が監視をしていると、それもままならない。


「グルーザルドの部隊も使うといい。10000人も出せば十分か?」

「え、いいのですか?」

「その代わり、工作はシェーンセレノの刻限通りに終わらすがよい。どうせ最初から一月で終わらせるつもりでいたのだろう?」

「ばれていましたか」


 トレヴィーは刻限を切られることを想定して、長めの工期を申請した。果たして、目論見どおりに半減されたのだ。


「地盤の固さなど、やってみないとわからない部分はあります。ですが、解体工事は私がもっとも得意とするところで、掘削の専門家も我々にはいますので」

「足りなければ手数を増やそう。無駄な消耗をするよりは、余程その方がいい」

「時にドライアン王。側面からの攻略はどのような調子だ?」

「側面からの登攀経路は確保済みだ」

「「え?」」


 あっさりと言い放ったドライアンに驚く2人。だが、ドライアンの表情は渋いままだった。


「登攀経路を確保はしたが、人間が鎧を着て登れるような場所ではない。獣人の身体能力があって初めてどうにかなるような経路だ。人間が行くとして、この寒風の中をそれこそ決死の覚悟で行かなくてはいけない」

「つまりやるとしたら門の裏に出て、門を確保するための決死隊ということですかな?」

「そうなる・・・そうなるのだが、少し遅かったのだ」

「? 遅かったとは?」


 ドライアンの口調は重かったが、ようやくその口をやっとの思いで開いていた。


「・・・アルフィリースめは、甘くないということだ。意味は、直にわかる」

「それでも収穫がなかったわけではないのでしょう?」

「ああ、そうだな。耳を貸せ、この戦いを生き延びるための策がある」


 ドライアンはさらに声を潜めて密談を進めた。話が進むたびにトレヴィーとマサンドラスの表情は二転三転したが、ドライアンの策を彼らは既にこの戦いから逃げられないことを確信しつつあった。


***


「結局、あなたは出陣しないのかしら?」


 シェーンセレノは薄闇の天幕の中、一人で優雅に茶を温めながら背後の闇に語り掛けていた。闇の中、四方八方からさざめくような低い声が答える。


「――剣の風とはいえ――さすがに城門相手には無力だ――我が剣は――人の肉を断つことにのみ特化している――」

「さすが真性の人斬り。言うことが違いますわ」

「――皮肉は無意味だ――」

「わかっていますわ。私たちは同じ存在ですものね」


 シェーンセレノはそう言って、温めた茶を味わった。その表情が少し曇る。


「戦場でいたしかたないとはいえ、所詮二番煎じ。まして温め直したとなると、味が落ちるのは致し方ないですわ。あなたも飲みますか?」

「――結構だ――」

「では、ドゥーム。あなたはいかが?」

「・・・よくわかったね」


 闇の中からすうっとドゥームが姿を現す。その顔には驚きと、警戒心がないまぜになった色が見え隠れする。


「僕の闇は――」

「どこにでもつながっている。闇があるところに、我あり。そう、おっしゃりたいのでしょう?」

「人のセリフを取らないでいただけるかなぁ?」


 苦虫を噛み潰したような表情でむすっとしたドゥーム。その表情を見て、シェーンセレノは微笑んだ。


「小生意気な貴方が相手ですから、これくらいの冗談を言うのは勘弁していただきたいものですわね」

「その言い方と肝の据わり方。確証はある程度あるんだけど、一応確認するよ? 君が――いや、君たちはやはり『サイレンス』なのかい?」

「正解ですわ」


 シェーンセレノは堂々と言い切った。その図抜けた態度、そしてはたまたサイレンスが複数いたという事実にドゥームが呆れかえる。


「最初から僕たちの仲間にいた美青年の彼は、囮か?」

「囮――というよりは、役割が違いました。我々『サイレンス』は全て同じ魂――精神性を共有する分御魂わけみたま。言うなればガワと機能が違うだけで、中身は同一ですから」

「最初から、オーランゼブルの精神束縛なんて受けていなかったな?」

「然り。五賢者の筆頭たるオーランゼブルの前に何の対策もなく立つなんて、裸で砂漠に飛び込むようなもの。最初からあの個体はいざという時の予備でしかなく、大きな役割も能力も与えられていませんのよ。もっとも、そうでなくともオーランゼブル如きの精神束縛なんて、我々の精神を完全束縛するには至りませんけども」

「・・・君たちは何者だ?」


 ドゥームの表情はいつになく真剣だった。ドゥームはサイレンスについて、わかる範囲で調べた。もちろん彼だけではなく、黒の魔術士全員について、記憶の実る杖を使いながら、そこかしこに残る精霊や妖精、悪霊に聞き回りながら、徹底的にその特徴と弱点を調べ上げるつもりでいた。

 オーランゼブルのように古い者でさえ、色々な場所に存在した証拠がある。そしてドラグレオのように、棲んでいた場所が砂漠と化して生き物一匹すらいなくなった場所でさえ、その過去について調べることができた。

 だが、このサイレンスだけは何も痕跡が見つからない。いつから、どこにいて、何を考えて生きてきたのかがさっぱりわからないのだ。サイレンスの人形がこれだけ世の中に普及しているにも関わらず、彼らが何の目的で活動し、そして何を目指しているかが全くわからない。彼らは死ぬと灰となり、霧散する。そこには何ら痕跡が残らないのだ。いたという記録は残るが、欲求のない彼らの行動からはなんら読み取ることができない。

 サイレンスの人形には、決められただけの役割しかこなせないものから、普通の人間と同じように商店を営んだり、傭兵として活動し、中には人間と恋愛をして結婚する者までいるという。もはや精巧過ぎて人間なのか人形なのかの境界線すら曖昧になっているほどなのに、その目的が何かわからないのは、自分たち悪霊が人間の背後に立つよりも余程不気味だとドゥームですら感じていた。



続く

次回投稿は、5/19(木)15:00です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ