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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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開戦、その26~二の門前の死闘⑧~

 トレヴィーが契約書をシェーンセレノに準備させている間、先の老将がドライアン王と共にトレヴィーの元にやってきた。


「トレヴィー殿。坑道を掘るのに、私の兵5000名を使ってはくださらぬかな?」

「それはありがたい申出。ですが、ええと……」

「モントール公国、マサンドラスと申す老将にござる」

「モントール公国のマサンドラス将軍・・・まさか、あの名将マサンドラス将軍ですか?」


 トレヴィーはあっと驚いた。モントール公国はアレクサンドリアと国境を接する南部の国だが、かつてアレクサンドリアと些細なことから諍いになった際、ディオーレを追い払った将軍の名前が、たしかマサンドラスだった。

 モントール公国にその人ありと謳われた名将が、まさか合従軍の中にいるとは思わなかった。というか、今まで存在感がなさ過ぎたから気付かないのも無理はない。

 ディオーレを追い払ったのが、すでに50年近く前のこと。年齢は既に70歳を超えているはずだが、まだ壮健な様子で髭をさすりながら微笑んでいる。


「名将かどうかは自分ではわからぬが、たしかにディオーレ殿と戦ったことはありますな。結果アレクサンドリアが退きましたが、あれを勝利とは呼べませぬ」

「たしかにな。あの時は辺境でさらに戦いが発生したせいで、ディオーレが先に撤退を始めたのが事実としてまずあり、お前は追撃戦でディオーレの罠を看破して破った。まぁ、それを勝利と呼べなくもない。俺の助力あってこそだが」

「その後、ディオーレ殿に揃って退けられましたがなぁ。痛み分けだと言われ、事実上の勝利の栄誉を譲ってもらいましたが、戦いとしては私もあなたも、こてんぱんにされた」


 マサンドラスが意地悪そうにそう言うと、ドライアンがむむ、と唸る。


「こてんぱん、というほどのことはないが、勝てる気はしなかったな。怖い女だった」

「あの時のドライアン王は血気盛んだった。旅の途中で戦にふらりと自分勝手に参戦し、周りの忠告も聞かず突撃するからああいうことになる」

「あれ以降、突撃時は見極めるようになったよ。よき戒めだ」

「私の場合はあれ以降、女は可愛くて大人しいのに限ると思うようになりました。ラペンティ殿は美人だったが、賢し過ぎて私には御せませぬ」

「俺も今更ながらそう思うようになった。何にせよ世間知らずの猪武者だったよ、俺は。そなたも若かったはずなのに、功名に目が眩むでもなく、冷静な判断をしていたからこそ、今まで無事なのだろう。久しぶりに会ったが、やはり気が合うな、そなたは」

「私も、まだお若い王を見ると、かつてのことを思い出しそうになりましたよ。こんな場面でなければ、とうに一席設けて朝まで語らっておりまする」


 どうやらかつての知己らしい2人はハッハッハと笑い合い、トレヴィーは意外な繋がりに困惑しつつも質問した。


「常勝無敗のディオーレ殿を撤退させるだけでも十分な名誉と思われますが、まさかこのような戦場においでとは。マサンドラス将軍程の御方が、なぜここに? モントール公国であれば、国境線の睨みをきかせるために将軍のような逸材は残っているとばかり」

「モントール公国にも四代の王に渡って仕えたが、寄る年波には勝てぬ。一年近く前に引退を申し出たところ、平和会議を終えてからにしてくれと言われた。この前の平和会議でも、密かに同行してはいたのだよ。そこであのシェーンセレノ殿を見た」


 マサンドラスはちらりとドライアンの方を見ると、ドライアンはこくりと頷いた。


「大丈夫だ、我々にもセンサーはいる。この天幕は安全だ」

「ならば遠慮なく言うが、あの女は異常だ。スウェンドル王の変貌ぶりにも驚いたが、それ以上によからぬことが起きると直感した。そしてこの合従軍だ。今の王は真面目に主力をこの戦場に送ろうとしたが、こんな戦場で何が起こるかわかったものではない。老骨を惜しむものではなし、義理を果たすだけなら我々でよかろうと王に進言し、老兵ばかり連れて参戦したのだ。これが国への最後のご奉公になろう」

「なるほど。ではなぜ我々に協力を申し出てくれるのです? いえ、ありがたいのは間違いないですが」

「貴殿が正気を保っているからだ」


 マサンドラスが当然のように告げた。


「この戦場に漂う血の匂い、功名の気配は尋常ではない。戦争において狂奔するのは世の常だが、それだけではなかろうて。おそらくは魔術でわずかに、後押しをされておる。長い繰るなら、徐々に正常な判断を失うように、な。その中心はあのシェーンセレノめだ」

「あの人が? まさか」

「あれは高位の魔術士だ。しかも、魔術協会でも一つの派閥を率いるほどには力があるだろう。私は申請したよりもシェーンセレノから離れて陣を常に張っており、味方の兵士への影響を見ていた。そして、シェーンセレノに近い位置に陣取った天幕の者から徐々に好戦的になっていった。間違いなく、魔術を用いて諸侯と軍そのものを支配下に置こうとしている。城攻め屋の傭兵団も、ほとんどが全滅したのだろう? 正規軍より危険に敏感な傭兵がこんなことになるとは、おかしいと思わぬか」

「なるほど・・・」


 トレヴィーはやる気がなかったことと、本業は工作であるから常に後方に陣取って物資の調達と補修、修繕を担当していた。それが幸いしたということか。逆に実戦部隊は、常にシェーンセレノに近い所に陣どっていた。だからこそ奴らは功名にかられ、突撃していったのかとも思う。

 もう少し慎重であれば、味方は死なずに済んだろうかと考える。そして戦場を離れたシルヴノーレは正解を選んだと、トレヴィーは今すぐ逃げ出したい衝動に駆られた。

 そんな心中の変化を察したのか、マサンドラスがトレヴィーの肩に手を置いた。


「トレヴィー殿、そなたのおかげで助かる命も多数出るだろう。今はただ、全力を尽くすことを考えるがよかろう」

「少なくとも、無謀な我攻めは止まった。それだけでもそなたの献策は意味があった。ローマンズランド側にいるイェーガーには、ドワーフとミリウスの民がついている。彼らがいれば次々と矢や武器は作られ、壊れた器械も修理されて使用される。あと7日で何とかなったとは到底思えぬな」

「ははぁ」


 トレヴィーの気のない返事は、まさかこの高名な2人からこのような褒め方をされると思っていなかったからだ。下働きから始まったトレヴィーの傭兵生活は、長い経歴とそつのない仕事ぶりが評価されて今の地位にいるが、彼らのような人物と語らう日が来るとは夢にも思っていなかった。

 ドライアンはさらに続けた。



続く

次回投稿は、5/17(火)15:00です。

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