開戦、その25~二の門前の死闘⑦~
トレヴィーの広げた図面を瞬時に理解できた者は少ない。トレヴィーが気付いた範囲で表情が変わったのは、ドライアン、シェーンセレノ、そして先ほどの老将だけだった。
「なんだ、この図は」
「・・・二の門を攻略するために、必要な図面です」
「そんなものがあるなら、なぜ早く出さぬ!」
「この図面を引いたのは、この場を去った団長だからですよ。私は理解できますが、本人がいないんだから確実じゃない。ひょっとしたら、絵空事の図面かもしれない。そんなものを正規軍のお偉方が並ぶ軍議に出すって? そっちの方が正気を疑うと思いますがね」
トレヴィーも居直ったようにして反論したので、さすがの将軍たちもやや怯む。トレヴィーはこの図面にある程度確信があるが、実行するのは難しいと考えていた。実行できるかどうかは、正規軍の協力次第ということになりそうだからだ。
トレヴィーはあえてふてぶてしく、この場で啖呵を切った。もしこれで無視されるようなら、無能の烙印を押されようとも後方支援に徹してこの場から去るつもりだった。
だがシェーンセレノが図面を見て、小首を傾げながら図面の解読を始めていた。
「これは・・・地下坑道ね?」
「ええ、そうですよ。この図面は――」
「皆まで言わなくてもわかるわ。二の門そのものを、地下から崩すのね?」
シェーンセレノが言い切った言葉に、将軍たちがざわめいた。その狙いをすぐに理解するとはさすがだなと、トレヴィーは舌打ちした。もう少し無能なら、良い条件を提案できそうだったのにと唸る。
シェーンセレノがしげしと図面を眺めた。
「いくつか質問があるのだけど?」
「はい」
「攻城兵器を台地で造らないのは、なぜ?」
「正気で言ってますか? こんな足場が不安定な台地であの城門を超す高さの攻城兵器を造っても、動かすだけで車輪が折れますよ。それに、敵の投石器の射程がさらに伸びるようなら、造る時間が無駄です。あの城門を超すとなると、建造に一月以上。その攻城兵器が一瞬で潰されて、資材が無駄になる瞬間を見たいならどうぞ」
「ふむ・・・この坑道、完成までの時間は?」
「まぁ、最低二月ですな」
シェーンセレノがじっと図面を眺める。そしてひらりとテーブルの上に置いた。
「一月でおやりなさい。正規軍が必要なら、ある程度人数を裂くわ」
「では一万人ほどお借りしたいのですが」
「検討しましょう」
「あとは報酬を確約していただきたいですな。二の門を突破したら、我々の傭兵団に二百万ペンス。あとは充分な食料と、我々は以降後方支援だけを行うことで合意をいただきたいと存じます」
「貴様、図々しいぞ!」
将軍たちが剣に手をかけようとした者までいたが、トレヴィーはここが正念場とばかりに一歩も引かなかった。これで採用されなければ、無茶な作戦で使い潰されることは目に見ている。それは、死と同義と考えた。
やがてシェーンセレノが値踏みするようにトレヴィーを見つめていたが、やがてくすりと笑って頷いた。
「よいでしょう、許可します」
「契約書を書いていただけますか? できれば、魔術を使用して証人を立て、違約された際には罰則があるように」
「慎重ね。それほど信用がないかしら?」
「貴族の口約束を信じるほど愚かではありません。それなりに経験も年齢も重ねていますから」
「準備させましょう、軍議の後に契約を交わすわ。その前にこの図面をわかりやすく、諸侯に説明していただけるかしら?」
「承知しました」
トレヴィーは図面の説明を始めた。
詳細を理解できる将軍たちはほとんどいなかったが、要は大地の手前から坑道を掘り、城門に到達するとのことだった。そのまま城門の地下を通過すればよいのではと提案した者もいたが、側面からの到達を調べているドライアンが却下した。
グルーザルドの獣人たちが調べてわかったことだったが、二の門少し手前からの側面は非常に滑るだけでなく、鉄鉱石をふんだんに含んだ地層があるため、ほとんど傷つけられないとのことだった。通常の鉄製の工具で採掘したとしても、おそらくは数ヶ月、下手をすると年単位でかかるだろうと。また、二の門の巨大さを考えると地下にある基礎は相当深いはずで、それらの下を通るとなると、さらに時間がかかることが想定された。
それらの説明を受けて、二の門の基礎を壊し二の門その者を崩落させてしまおうという結論になった。期間は一ヶ月、採掘には先の老将の部隊が掩護することになり、それ以外は台地の上で散発的に戦闘を仕掛け、注意を集めることになった。
トレヴィーは契約書をシェーンセレノに準備させている間、先の老将がドライアン王と共にトレヴィーの元にやってきた。
続く
次回投稿は、5/15(日)15:00です。