開戦、その24~二の門前の死闘⑥~
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「どうなっている!」
合従軍の将軍が、怒声と共にテーブルを叩きつけた。テーブルの上にある作戦図と、その上に置いた駒が宙を舞う。
また並べ直しじゃないかと、トレヴィーは冷めた眼でその光景を見つめていた。ここまでの軍議で喚き散らすか、シェーンセレノの命令を唯々諾々とこなすだけの無能がどれほど騒いでも、何ら感情は動かなかった。最近では、揺らすと首が縦に動く人形に似ているな、などと思ったせいで、笑いをこらえる方が辛いくらいだ。さすがに傭兵が正規軍の将軍を笑ったら、処刑されても文句は言えない。
苛立つ気持ちはわからないでもない。合従軍は七日の間攻め寄せて、一切の成果がなかった。その間に打ち取られた兵士の数は、ついに万を超えた。台地は死体で埋まり、味方の死体を踏まずに前進することはもう不可能となった。その事実が、さらに合従軍の進軍速度を鈍らせ、士気を削いだ。誰もが、昨日まで仲間だった者の死体を踏みつけてまで進軍したいとは思わない。むしろ平気で味方の死体を踏みつけることができる兵士たちは何なのかとすら思う。
この場にいる傭兵の数は少ない。多くは城攻め屋に編成されて共に行動しているが、そうしなくてもよいだけの実力を持つ傭兵団は個別に動いており、それなりの自己裁量をもつため、無謀な城攻めには参加していなかった。城攻め屋の中でも生き延びた隊長のバンダ、ゲールニッツも同様で、彼らは後方でせっせと味方の装備を直したり、後方支援に徹していた。
トレヴィーだけは傭兵のまとめ役として中軍にいる羽目になり、戦闘の一部始終をシェーンセレノやドライアンと共に眺めざるをえなかった。損な役割だと不貞腐れていたが、徐々にシルヴノーレが言ったことが理解され始めたことは、新たな発見だった。
「(シェーンセレノが人間ではない、か。果たしてその通りかもしれない。この七日、どれだけ味方が死のうと一切表情も気配も変わらなかった。ドライアンは無表情を貫いているが、彼は獣人ではない味方の死にも一喜一憂しているのが、気配でわかる。凄まじいまでの怒りと無力感を、鉄の自制心で我慢しているのか。彼の方が、余程人間らしいじゃないか)」
喚き散らす将軍をよそにそんなことを考えていたのが流石にわかってしまったのか、怒りの矛先がトレヴィーに突如向いた。
「そこの傭兵! 貴様のことを言っているのだぞ!?」
「はぁ・・・?」
トレヴィーは思わず気の抜けた返事をしたが、意図したわけではなく本当に気が抜けたのだ。自分以外、諸国の軍のそれぞれ上位の将軍が雁首を揃えた中で、どうして傭兵の自分如きに発言の機会があるのかと思ったのだ。
呆けた反応は、ますます将軍の不興をかったようだ。
「貴様、それでも城攻め屋を自称する傭兵団か! 7日の間無策で攻め寄せるとは、恥を知れ!」
「・・・おっしゃる意味がわかりません。我攻めを選択したのは総大将のシェーンセレノ様でしょう。その意図の通り、諸侯の兵士や傭兵は死にもの狂いで戦い、命令通り屍の山を築きました。私の勘違いでなければ、その間私に献策や発言を求められる機会は一度もなかったように思いますが?」
「発言をせぬこと自体が職務怠慢だと言っている!」
「そんな無茶な」
じゃあお前らも同罪だな、と言おうとして、すんでのところで言葉を飲み込むことに成功したトレヴィー。傭兵経験はこれでも長い。有名になる前は、散々無茶な命令を聞いたじゃないかと、ぐっとこらえるトレヴィー。
数瞬の間を置いて冷静さを取り戻すと、トレヴィーはゆっくりと発言した。
「7日、もしくはそれ以上経過せねば我攻めの効果がわからないと判断していたので、それが職務怠慢だと申されれば、期間のすり合わせを提案しなかったことは謝罪します。ただ並み居る諸侯の中で、たかが一傭兵団の団長代理の私如きが発現を許されるのであれば、意見を申してもよろしいでしょうか?」
「ぬぅ・・・よかろう、許す」
「シェーンセレノ様?」
トレヴィーは冷静に総大将と目されるシェーンセレノの表情を窺った。彼女はいつものように微笑み、そして頷いた。その微笑みがどこから来るのか、トレヴィーは少し理解した気がする。彼女の微笑みは無関心だ。これだけ諸侯が言い争っていても、彼女は少しも関心がない。ひょっとしたら、この戦の行く末そのものにも関心がないのではないかとすら思う。
だがそれならば、多少無茶苦茶な献策をしても罷り通るだろうと腹をくくった。
「皆様。我攻めとはすなわち合従軍の人的損耗と、相手の質的損耗の交換になりますが、この勢いで進むとなると何日くらいが限界と考えますか?」
「むぅ・・・それは」
「古来より、城攻めで士気を保てる日数は半月が限界と言われておるの」
老将が答えた。
「半月というと、20数日ですか」
「それも、どのくらいの死人が出るかによるじゃろうが。今回の死に方は尋常ではない」
「となると、さらに短くて20日以下。14、15日というところですか。シェーンセレノ様の見立ては?」
「命令すれば、全滅するまで戦う勇猛な将兵はいるでしょう。ですが軍の壊滅は一般的に一割の損耗、全滅の定義は三割程度の損耗を指します。つまり、軍が機能を維持できなくなる割合ですね。既に当方は万の将兵を失いました。ならば、あと7日で壊滅では?」
「なるほど。では我攻めを継続して、相手の物資が尽きると思われる方はいらっしゃいますか?」
トレヴィーの質問に、誰も手を挙げなかった。そんな確証を持てる将兵など、いるわけがないとトレヴィーも思う。
トレヴィーは提案を続ける。
「では、我攻めを続けるにしても別の作戦も同時並行で行うことが重要でしょう。奴らは守り切ればいずれ我々が撤退すると考えています。ならば、奴らの予想に反したことをすればいい」
「つまり?」
「短期決戦、または消耗戦です」
トレヴィーはシルヴノーレが残した作戦の図面を広げた。まさか本当に使うことになるとは思わなかったが、ここで処断されるよりはマシだと思う。シルヴノーレの本意には反するかもしれないが、なるほど彼女はたしかに城攻め屋の団長だったのだと、トレヴィーは納得した。
続く
次回投稿は、5/13(金)15:00です。