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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第二章~手を取り合う者達~
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剣士の邂逅、その6~救い無き静寂~

「うわああああっ!」


 叫びながら剣を掲げて走ってくる影の正体は、先ほどの少年だった。彼は剣だけを持ってティタニアの後を追いかけてきたのだ。鞘を持っていない所を見ると、もはや戻るつもりはあるまい。

 その彼に殺気のこもった目を一つ向けることで、ティタニアは少年の動きを制した。そして彼に対してぱんぱん、と拍手をするティタニア。


「あれだけの絶望を味わった後で、我々を追いかけてくるとは見事」

「はあ・・・はあ・・・」


 少年は息を切らせながらも、今度はティタニアに向けて剣を構え直す。


「さらに良い目になりましたね、少年」

「・・・」

「戦う者の気構えとはそうでなくてはならない。名乗りを上げて正々堂々一対一など、そんなおためごかしは殺し合いに不要」


 ティタニアには珍しく、やや語気が強くなる。それだけ彼女が強く思っている証なのだろう。


「食事の時、排泄の時、寝ている時。いかなる状況に置いても、どのような敵に囲まれても、戦う者は勝ち続けなくてはならない。一度剣を取り戦うことを決めたからには、闘争の道から降りる事などできはしない。今世には、そのことを理解できない者が多すぎる」

「うわあっ!」


 ティタニアの言葉が終わらぬうちに、少年が彼女に斬りかかる。だが、ティタニアに当てるにはあまりに稚拙な剣撃。ティタニアは少年の剣を毛先ほどの隙間でかわしていく。その中でさらに彼女は言葉を紡ぐ。


「その事がわからぬ者は、最初から剣を取るべきではない。少年、あなたはどうですか?」

「あああ!」


 だが少年にそのような言葉が届くはずもなく、なおもティタニアは彼の剣を交わし続ける。そしてほどなくして少年の息が上がり、剣撃が途切れた。


「はあ・・・はあ・・・なぜ」

「なぜ?」

「なぜ戦わない!」


 少年は悔しくて叫んだ。あれほど自分の友人を、上官を、同じ部隊の先輩達を切り刻んだ女が、自分にだけは剣を向けない。この女に生かされているという現実が、仇に触れる事はおろか相手にもされないという事実が、少年をより深く絶望させる。

 そしてティタニアは彼の絶望を知りながらも、相手にしない。


「悔しいですか?」

「・・・」


 少年は答えない。だがその表情が全てを雄弁に物語る。


「悔しいのでしょうね。だが、まだ足りない」

「なんだとっ!」

「どのみち私にあなたを殺す気はありません。それに、あなたの相手は私じゃない」

「!?」


 ティタニアの言葉に、少年が怪訝な表情をする。


「次の敵に斬りかかる前に、きちんと自分が斬った相手の生死くらいは確かめるべきです」

「・・・まさか!?」


 少年がくるりと振り返ると、彼は眼前の光景に凍りついた。先ほど自分が斬ったはずの金髪の男。彼が自分の首を持ち、こちらを向いて立っていた。その首からは赤い血がどくどくと流れているが、首を落としたにしては量が少ないかもしれない。そして、わきに抱える彼の生首が少年を睨んだ時、少年は腰を抜かしてしまった。

 その少年の目の前で、サイレンスは自分の首をくっつけていく。


「ふう・・・この長い髪は自慢だったんですけどね」

「な、な、何者だ。貴様!」


 少年は腰を抜かし後ずさりながらも剣をサイレンスに向け、必死に問いかける。サイレンスは取れた首をつけながら発声練習を繰り返し、自分の声が出る事を確認している。サイレンスの目にもまた、少年など映ってはいないのだろう。

 それよりも少年に首ごと落とされた髪の方を、名残惜しげに見つめている。


「やれやれ・・・どうしましょう。短い髪は嫌いなのですよ」

「油断していたのか?」

「まあそうですね。それにしてもティタニアも人が悪い。彼の事に気が付いているのなら、一言かけてくれてもよいではないですか」

「言ったはずだ。貴様に義理はない」


 ティタニアは冷たくサイレンスを突き放す。サイレンスもティタニアのことは諦めたのか、そのまま少年の方に歩み寄っていく。


「く、来るなっ!」


 少年は怯えながらあとずさるが、自分の背中がやがて何かにぶつかると、彼はティタニアを背にしていたことに気がつく。下から彼女の顔を見上げて、顔面蒼白になる少年。これほど怯えた心と頭にも、ティタニアは美しく映ることが、なお彼には恐ろしかった。そうする間にもサイレンスが近づいてくるのだ。


「う、あ、あ・・・」


 少年がもう駄目だと、目をつぶったその時。


「さて。用事は済んだことですし、帰りましょうか」

「ああ、長居は無用だ」


 それだけ言うと、サイレンスとティタニアはその場を少し動き、少年を巻きこまないように転移魔術を起動した。目を堅く瞑っていた少年が目を開けた時、周囲には既に誰もいなかった。

 少年は、その存在を路傍の石ほども気にされていないことに、その時初めて気がついたのであった。


***


「大丈夫か!?」


 少年が保護されたのは、その半日後。定時連絡のないことを不審に思った近くの小砦から、何人かの騎士が見に来たところを保護されたのだ。彼らは何があったのかを少年に問うたが、少年は心身喪失状態で、まともに話もできなかった。

 そこで彼らは少年を保護し、砦の現状のみを簡潔に上官に報告した。すると、周囲一帯は蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。白昼堂々、500人規模の砦が全滅させられたのである。しかも地理的にこの砦は国の中ほどにあり、そのような地点に敵の侵入を許したのかと包囲網が敷かれたが、敵が捕まるはずもなく。また単独でそのような事をやったとは、誰も信じなかっただろう。

 少年はとりあえず落ち着ける環境にということで、医師の指示の元、彼の出身である街の砦の個室に収容された。本来は傷病兵を寝かせる部屋でもある。どうやってそこまで移動したか彼は覚えてなかったが、街の焼き菓子屋で働く妹の暖かいスープを飲み、同世代の兵士達、正確には兵士見習い達の顔を見ると、多少平静を取り戻したようだった。

 そして彼は、ぽつりぽつりと自分のいた砦を襲った女剣士の事を話す。最初は信じられないと思った周囲も、このような状況で少年が嘘をつくはずもないことくらいわかったし、それに彼の怯え方はどう考えても演技ではなかった。

 その話を聞くと、ある者は上官に報告するために彼の部屋を離れ、ある者達は自分達で検討するためその場を後にし、部屋には彼の妹と、彼の同世代の兵士が一人。後は彼よりだいぶ年上の兵士が一人残るのみとなった。


「お兄ちゃん、大丈夫?」

「あ、ああ」


 彼の妹はまた暖かいスープを彼に注ぐ。スープを飲むと、先ほどまで真っ青だった彼の顔が、少しマシになっていくのだ。

 少年もまた手の中のスープの暖かさに、人心地がするのだった。だがその胸を押しつぶすのは、やはり絶望である。何もできなかった自分。相手にもされなかった自分。彼は自らの無力さを呪った。


「くそ・・・くそ!」


 少年がわなわなと震えるのを見て、少年が声をかける。


「しょうがないだろ。あんな化け物相手じゃ無理だ」

「だが!」

「無理もない。彼らに抵抗できる者など、いないに等しい。特に君のような無力な少年では」

「?」


 少年はその言葉に違和感を覚えた。確かに女剣士の容貌は語ったが、まだ金髪の青年の事は話していないのだ。それなのに、「彼ら」とは?

 だいたい、この部屋にいる兵士達は誰なのだろう。最近までこの砦で務めていた少年は彼らの顔を見た事はあるが、そんなに親しかった記憶はない。そして、年配の兵士が扉につっかえ棒をするのを少年は見た。


「何をして・・・」

「お兄ちゃん」


 と、質問をしかけた少年の前に、にこにことしながら少年の妹が立つ。後ろで手を組み、黄色のワンピースのような服に身を包む妹は、兄の贔屓目ながらも可愛いと思うのだ。妹思いの少年としては、自分の妹をしっかり育て上げ、いい所に嫁がせてやりたいと常日頃から思っていた。昔はすぐに愚図った妹だが、少年が兵士になる頃から妹は彼を必死に支え、文句も言わず健気に働いた。今年で13になる、少年にとって自慢の妹である。

 その妹が少年の前でくったくなく笑うのだ。だが、なぜその笑いに少年は違和感を感じるのか。


「おまえ・・・」

「お兄ちゃん、悔しい?」

「当然だ!」


 妹の一言に、少年は激昂した。


「あんな屈辱! 俺も殺すならまだしも、奴らは俺では何もできないとわかって見逃したんだ! 見てろ、今に強くなって奴らを倒しに・・・」

「行けないよ?」


 妹が不思議そうな目で少年を見上げる。その妹に、彼は少しの苛立ちを覚えた。


「お前、自分が何を言っているかわかって・・・」

「うん。だって、お兄ちゃんはここで死ぬから」

「なんだ・・・」


ズン


 少年がベッドから立ちあがりかけた時、彼の胸にはナイフが深々と刺さっていた。ナイフを握っているのは、少年の妹だった。


「な・・・ん、で・・・」

「だってお兄ちゃんの役目は終わりだよ? 十分砦の様子は話してくれたから。もう用済みなの」

「だから生きていてもしょうがない」


ズグッ


 さらに背中から小刀が刺さる。刺したのは彼の隣にいた同世代くらいの少年兵だった。少年は口から血を吹きながら、彼の方を不思議そうな表情で見る。その顔には、「どうしてこんなことを?」と問いたげな表情が浮かんでいた。


「不思議そうだね。どうして自分が死ななければならないかと思っているだろう?」

「お前はサイレンス様を怒らせた」


ずぶり


 今度は年配の兵士の剣が、彼の喉を正面から深々と貫いた。その衝撃に、ベッドに仰向けになって倒れる少年。喉から胸から流れ出る少年の赤い命に、彼は自分がもう助からない事を認識しつつも、それはどこか遠い出来事のように感じられた。自分が死ぬことよりも、少年はなぜ自分が妹に殺されなければならないのかと言う事を考えたのだ。だが、数秒しかない時間では、何も考えるにいたらない。そして、疑問を投げかけようにも彼の声はもう出ないのだ。

 結局、彼が最後に見たのは自分を見下ろす三人の姿だった。


「あの方はね、執念深いの。お兄ちゃん」

「たかが人間があのお方を傷つけるなど、本来なら死すら生ぬるい」

「せめて絶望の中で死にゆけ」


 その言葉に少年が困惑の表情を浮かべ、やがて事切れるのを確認すると、三人はそれぞれ彼から剣やナイフを引き抜き、顔を見合わせる。


「この後は?」

「私がお兄ちゃんと一緒に死にましょう。それなら、錯乱した少年が妹を道づれに自殺、ということにできるでしょう」

「ならば傷痕がばれないように、念入りに燃やさないとな」

「ああ、できればこの一画が崩れるくらいに」

「油を調達してきましょう」


 そしていそいそと準備を始める三人。油を丁寧に部屋にまき、準備が整うと。


「では私はこのナイフで胸を貫きます」

「その方が話を想像しやすそうだな」

「私達は引き続きこの砦で生活する」


 三人が輪唱のように言葉を紡ぐ。別々の個体から発せられる言葉なのに、発している者はまるで一人の様に隙なく埋まる会話。


「わかりました。私はあのお方のために口をつぐみます」

「俺はあのお方のために耳を塞ごう」

「私はあのお方のために目を閉じよう」

「しかして静寂は訪れたり」


 その言葉を最後に、少年の妹は躊躇なく自分の胸を深々と貫いた。そして、少年の上に折り重なるように倒れる。

 その後残された二人は丁寧に少年と妹の位置を入れ替え短刀を引き抜くと、部屋に火を放ってその場を後にした。火は盛大な勢いで燃え広がり、他の者がその事に気がつくまでにはもはや手遅れなくらいの規模になっていた。各所に飛び火した火災は半日に渡って燃え広がり、砦の兵士の大半が包囲網で出払ったことも災いして、砦の1/4を崩す大火事となった。焼け跡からは少年とその妹らしき死体が見つかったが、倒壊した建物のせいでほとんど原形はわからなかった。

 結局のところ、何がどうなっているのかを知っているのは、誰一人いなくなってしまったのである。砦にはまことしやかに黒髪の女剣士の噂と、奇妙な静寂だけが残されたのであった。



続く


次回投稿は6/7(火)24:00です。


次回から新シリーズです。よろしければ評価・感想をお願いいたします。


次回シリーズタイトルは、「加護無き土地」です。

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