表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
2349/2685

開戦、その23~二の門前の死闘⑤~

「なんだ、この溝・・・足場になるぞ?」

「なんでもいい、登れ、登れ!」


 梯子を持ち出し、あるいは溝に足をかけて登ろうとする合従軍の兵士たち。だが彼らは登ろうとして初めて気付いた。ここに来るまで必死過ぎて誰も彼もが失念していたが、この二の門の高さと返しの角度は普通ではない。

 まず梯子は通常のもの一つでは到底届かなかった。3つつなげてようやくというところで、しかも直下に来て初めてよくわかったが、城門は剃り返っていた。さらにその上には平地のごとく出っ張った返しがついている。


「これ・・・どうやって登るんだ?」

「知るか! だが、あれだけ返しがついていれば逆に攻撃もされないだろ。やっぱりここが一番安全――」


 そう言いかけた小隊長の頭が射貫かれた。どうやら返しにはちゃんと穴が開いており、そこから矢が雨のように飛んでくるのだ。

 城門に張り付いて凌ごうとした兵士たちだが、突然血を吹いてばたばたと人が死んだ。肩口に痛みを感じた兵士が振り返ると、縦溝から槍が伸びたり、矢が放たれていた。


「まさか、攻撃するための溝なのか?」


 よく見れば、小さな穴が開いていたりもして、そこから武器が飛び出て来る。壁はかなり分厚いので、最初からそのつもりで作ってある城門なのだろう。ご丁寧に、穴は外に広く中に狭く、内側からは射角がとれるが、外側からはこの穴を使って攻撃できないようになっていた。長槍も、このための特別製なのだろう。相当長い物が準備されているようだった。


「ちくしょう、穴と溝を塞げ! 詰めるものを持ってこい!」

「隊長・・・厄介です・・・」

「何だ、そんなことは知っている!」

「いえ、中から出て来る武器には・・・毒が」


 穴を塞ごうとしていた兵士が倒れた。先ほど肩口に傷を受けていた兵士だ。既に呼吸は止まっており、厄介な毒を使用されたと一目でわかった。


「毒だと?」


 小隊長が叫ぶと同時に、溝から臭気のある緑の空気が流れてきた。それを吸った兵士たちが、次々と倒れる。溝の中途に毒が発生する何かを仕込み、壁の内側から風の魔術で毒の風を送り出したのだ。


「た、退避ー! 退避ー!」


 慌てて下がろうとする彼らに向けて、上に出っ張った返しの穴から発破が一斉に降り注いだ。城門前に殺到した第一陣は、爆炎と共に全滅した。

 それを見た兵士たちの突撃が一度止まりかけるが、その兵士たちに向けて後方から矢が飛んできた。


「ひぃい!?」

「み、味方だぞ!」

「前進しろ! 後退しても生き延びる術はない! 後ろに下がれば投石器や矢の餌食になるだけだ! ならば前進して死ね! 死んで後から続く兵士の踏み台にせめてなれ! 下がる者は脱走兵とみなし、連座で家族ごと処刑する!」


 将軍の一人が自らの兵士を率いて高らかに宣言した。兵士たちは退がることもできず、死を覚悟して無謀な突貫を繰り返した。だがそうするうちに、徐々に城門にとりつく兵士の数が増え、かかる梯子の数が多くなっていく。まだ城門の半分程度までしか兵士たちは到達していないが、溝を使って足場を確保しつつあった。

 

「梯子を組み直してよこせ!」

「溝を使って足場を組め! 縦溝は布を詰めて塞げ! そうすれば城門付近は安全だぞ!」


 合従軍の兵士が順調だと思い始めた頃、突如として横溝の端に平たい刃が出現した。まるで風車のような形をした刃はゆっくりと回り始めたと思いきや、徐々にその速度を上げて回転し始めた。

 それに最初に気付いたのは、比較的城門の端に取り付こうとしていた兵士たち。横溝は、まちまちの間隔で空いていて、溝の間には丁度子どもの背丈が収まるくらいの間隔しかない。だからこそ、足場にするには最適だと最初は考えていたのだが、作る側にしてみればこんな溝を掘る必要はないはずなのだ。では、何のために作られたのか。


「おいおい、まさか・・・」


 答えはすぐにわかった。刃が横にスライドするように動き始めたからだ。


「飛び降りろー!」

「うん?」


 戦いの喧騒でそれが聞こえた兵士たちはわずかだった。高速回転する鋭い刃は梯子ごと合従軍の兵士たちを寸断し、免れた者はほとんどおらず、足や手を失っただけにとどまった者も、ほとんどが墜落して死亡した。

 それを見ていた指揮官たちが青ざめる。


「な、なんという残酷な仕掛けを作るのだ・・・」

「あれはどうやって動かしているんだ?」

「くそっ、また最初からやり直しか!」


 指揮官の一人が悔しそうに指揮するための旗を地面に叩きつける。そして壁の向こうで、アルフィリースはこの二の門の構造に感心していた。


「剛弩弓と連射弩弓の成果は順調とはいえ、この二の門の構造と言ったら・・・本当に基礎設計は百年以上前なのかしら」

「そうらしいですよ。古びた門を全面改修したのが120年ほど前のようです。その際に、余程優れた設計技師がいたのでしょう。こんな城門の構造は、どんな兵法書にも載っていませんよ。私も初めて見た時は感動したものです」


 クラウゼルが城門を軽く叩きながら、アルフィリースに同意した。門の縦溝、横溝の構造もそうだが、角度のつけかた、返しの作り方。極めつけは、兵士数人で勢いをつけてで回すことで、ゼンマイ仕掛けの刃が作動することだった。不要な時は収納することもでき、よくもまぁこんな仕掛けを考え、そして作製したものだと考える。

 この二の門は、ローマンズランド建国より一度も攻め寄せられたことがないはずなので、さしものクラウゼルも直接訪れるまでこの仕掛けの事を知らなかった。


「実用性もそうですが、ここまでやろうという発想が凄いですね。攻め寄せられないからこそ、こんなものを作ったのかもしれませんが。少なくとも、これを作った製作者は浪漫を解する人だと思います」

「浪漫か。言い得て妙ね」

「貴女も浪漫がわかりますか、アルフィリース」

「持ち込んだものを見てもらえればわかるでしょう? 私の発明も混じっているのよ」


 クラウゼルは、アルフィリースの作った剛弩弓と連射弩弓を見ながら納得する。巨大な矢や、十本以上の矢を発射する発想はないではなかったが、装填の時間を考えると効率が悪いと考えていた。だがまさか、複数を一組として、台座で回転させながら運用するとは思わなかった。これなら装填と調整をしながら、次の発射をすることができる。事実上、矢がある限り、敵が城門に近寄ることはできないほどの矢の雨を降らすことができる。


「耐久性はいかほどに?」

「剛弩弓は100発前後。連射弩弓は200回程度。どちらも弦と芯になる材木を変えれば再利用可能よ」

「素晴らしい! 拠点防衛の兵器としては完璧に近いですね」

「どれだけ強力でも、所詮殺戮兵器にすぎないわ。こんなことに知恵を使いたいわけじゃないのけど」


 アルフィリースの表情は曇ったが、クラウゼルは興味が尽きないようで、顔を近づけて観察を続けていた。運用するイェーガーの団員が注意を促したが言うことを聞かないので、ついにつまみ出されるように後ろに下げられるまで、クラウゼルは興味津々で見つめていたのだった。

 そして繰り返すこと三度。城門に取り付いた兵士が回転する刃に薙ぎ払われ、最後は最上部の横溝から油が流し込まれ、城門が極端に滑るようになったことで、兵士たちがとりつけなくなった。

 夜の帳が降り、合従軍は一度油が凍るまで待つために撤退を決めた。初日の戦いは一度終了し、無数の合従軍の屍が台地に晒されることになった。



続く

次回投稿は、5/11(水)15:00です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ