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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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開戦、その22~二の門前の死闘④~

 空からは巨石が振ってきた。投石器カタパルトの攻撃が始まったのだ。前面から飛んで来る矢と、突撃の準備をする騎兵に気を取られていた兵士たちの多くが、わけもわからぬうちに潰されて死んでいった。


「投石器だ!」

「冗談じゃない、上からも来るのか!」

「前進しろ! 城門に近づけば攻撃はされない!」


 投石器の登場で、むしろ前進は加速した。再度弩弓バリスタが放たれたが、今度はそれでも前進が止まらない。

 すると、城門を飲み込まんと狂奔にも近い疾走する軍を嘲笑うように足元が突然崩れ、先頭の兵士たちが横一線の溝のような落とし穴の下で串刺しになった。


「うわぁああ!」

「進め、進め! 怯むな!」

「押すな、押すな!」


 悲鳴と怒声が混じりながら、開いた溝を味方の死体で埋めんばかりの勢いで合従軍は進む。そして二つ目の落とし溝、三つ目の落とし溝と続き、それらを飛び越えた合従軍に向けて、ローマンズランド騎兵隊が横一線の突撃を行った。

 横一線の突撃に軽装の歩兵は長槍ランスに突き殺され、押し返され穴に落ち、残った者も馬に踏み潰された。穴まで再度押し返した騎兵は左右に割れ、端から引き返す。その隙を埋めるように槍襖を歩兵が展開し、そして弓兵が一斉射撃をすると、同じく騎兵の後ろについて引き返す。そして合従軍が再度攻撃を再開すると、騎兵の第二波が突撃してきた。


「くそっ、奴らこの戦い方を想定していやがる!」

「大丈夫だ、溝の深さは知れている。死体で埋まれば、じきに奴らの方が不利になる。数では我々の方が圧倒しているのだ」

「馬の足を狙え! 弓を射掛けろ!」


 合従軍は後から後から湧いてきて、溝は3つとも死体ですぐに埋まった。もはや平地と変わらなくなったことで騎兵はさらに深くまで突撃できるようになったが、逆に混戦では騎兵の本領は発揮できなくなくなる。騎兵は最初こそ優勢だったが、徐々に数を減らしていくのがわかった。


「やはり我攻めが有効ですね。そもそも数が違うのです。徐々に我々が有利になります」

「近づいてしまえば、投石器も弩弓も役に立たないようです。特にあの溝を越えたあたりからは、狙えないようですね」

「徐々に混戦となりつつあります。壁に取り付くのは時間の問題かと」


 シェーンセレノの取り巻き立ちが口々に述べる。シェーンセレノは満足そうに微笑んだ。


「そうなれば城攻め屋の出番ですわね。足場を作って乗り越えさせましょう。何人死んでも気にしなくてよろしい。どうせあちらの方が先に根を上げますし、むしろ死体が城壁まで積み重なれば、それで壁を越えることもできるでしょうから」

「まさに」


 シェーンセレノの言い方に思わず青ざめた者たちもいたが、側近たちは無表情で同意してする者も多かった。ドライアンだけはその様子を冷たい横目で見つめながら、自分たちの軍を最低限しか前線に上げていなかったことを幸いに思っていた。

 その時、二の門の方から太鼓が鳴り響いた。撤退の合図とばかりに、騎兵が引き上げ始め、門に収容されていく。応じるように、シェーンセレノが自軍の太鼓を打ち鳴らさせた。


「好機! ここで相手の城門に入れれば、一気に決着はつきます。さらに全軍全身、後ろから追い立てなさい!」

「ははっ!」


 太鼓と笛、それに銅鑼までもを動員して一気呵成に攻め立てる合従軍。そこに、突如として黒い雨が出現した。否。それは黒い雨の如き、矢だった。逃げるローマンズランドの背に取り付こうと、溝だった部分を乗り越えた兵士たちは、一斉に矢の雨に射倒された。


「な、なんだこの矢は!?」

「雨みたいな降り注ぎ方をしやがる。避ける隙間がない!」

「どんな打ち方をすればこうなるんだ?」

「連射弩弓、打ち方用―意!」


 二の門の上から、ロゼッタの声が響く。彼女の傍にいるのは、弩弓のような兵器に矢を20本以上も一斉に番え、数人がかりで弦を引くイェーガーの兵士たち。それらの兵器が、数十も用意されていた。

 再度溝だった部分を飛び越えた合従軍の兵士たちが前進するのを見て、ロゼッタは剣を振り下ろした。


「放てぇ!」


 一斉に放たれた数百本の矢を、避けることができる兵士はいない。再度兵士たちは射倒され、躊躇した兵士たちには剛弩弓がお見舞いされた。その間に、さっさと騎兵たちは無事撤退することに成功したのだった。


「ふーん、溝は落とし穴じゃなくて、目印なんだ。埋まっても使い道があるんだねぇ」

「感心している場合か」


 ブラックホークの傭兵たちは、台地から滑り落ちないように、最初の溝の横当りで台地の端にひっつかまっていた。ここならば投石器で狙われることもないし、角度的にも剛弩弓でも狙われないし、先ほどの雨のような連射弩弓の射程でもない。ミレイユの勘が告げた、比較的安全な場所だった。

 グレイスはそこに剣を突き立て、比較的安全に掴まっていたが、少しでも下がれば崖下に滑り落ちていくだろう。風は強く、油断はできない状況ではある。

 その背に掴まるアマリナと、ミレイユが冷静に会話をしていた。


「アマリナ、どう見る?」

「――あんな兵器はローマンズランドにはない。イェーガーの持ち込みだろう。とんでもない兵器を作ったものだ」

「だよねぇ。一人も生かして返す気がなさそうな、殺す気満々の兵器じゃんか。戦争のやり方が変わるんじゃない?」

「そうかもしれない。しかし、次射までの間隔が短すぎる。いったいどんな兵器なのか、間近で見たいものだ。あるいは工夫をしているのか」

「合間に竜騎士の突撃も挟めば、まさに間断ない攻撃だよねぇ。こんなのと正面切って戦うなん馬鹿馬鹿しいよ。弾切れまで待とうぜ」

「アタシの背中でか?」


 グレイスが視線を2人に送って不満を訴えたが、ミレイユは悪びれもしない。


「もうちょっと待とうぜ、グレイスはデカいから目立つしさ。少なくとも、夕暮れまでは」

「半日もこのままか?」

「たまには忍耐も必要だよ」

「お前が言うな」


 3人の女戦士がそんなことを言っている最中、合従軍は無残な死体を積み上げていった。アマリナやミレイユの見立て通り、間断ないローマンズランドの攻撃は竜騎士や魔術攻撃も挟みながら、合従軍が門に取り付くことすら許さなかった。

 台地は合従軍兵士の死体で埋まり、彼らが味方の死体を踏み越えて最初の兵士が門に到達したのは、すでに陽が傾いたところだった。そして彼らは門に到達して、初めてその異様と威容に気付いた。城門には手が入るくらいの縦溝と、そして手が入らないくらいの細い横溝が開いていた。戦場経験が多い兵士でも、これは初めて見る城壁の特徴だった。



続く

次回投稿は、5/9(月)15:00です。

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