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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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開戦、その20~二の門前の死闘②~

***


「ようやく・・・ここまで来たぞ」

「てこずらせやがって、ローマンズランドの屑共め」


 一層冷え行く冬の寒気の中、凍り付いた地面を整備し、味方の死骸と流水で出現した障害物を片付けながら、彼らはスカイガーデン第一層と第二層を制圧した。

 途中、撤去作業中にも何度もローマンズランド陸軍の逆落としを食らいながら少なくない被害を出しつつ、彼らはやっとの思いで二の門の前面に到達した。幸いなのは、軍事拠点になっていると思われた二層での反撃がほとんどなく、被害が少なかったことだろうか。軍事物資となりそうなものは既に全て撤去されて閑散としており、逆に慌てて籠城戦を決め込んだことが一目でわかる撤退跡となっていた。

 霧の向こうに見えるは、ローマンズランド二の門。かつてこのローマンズランドを魔王が制圧していた際には、この門の前で無数の屍が積まれたという。分厚過ぎる門の攻防をついに人間は独力で突破できず、竜族をはじめとした力添えを得て、初めてこの門を突破することに成功したと記録にはある。

 それらの歴史を踏まえ、彼らは油断なく万全の体制で攻城戦に移ろうとしていた。被害を出して撤退した城攻め屋も再編し、助力を請う予定だ。深まる冬を考えれば、数日で攻略したい。軍を率いる指揮官たちは誰もがそう考えていた。それは今や合従軍の全権をほとんど掌握したシェーンセレノから明確に示された指針でもある。


「意外と台地が広いですわ」

「聞くところによると、軍の閲兵式もここで行われるそうだな」


 さすがにシェーンセレノだけでなく、ドライアンも同時にこの場所に来ていた。これから主戦場となる場所を直に確認しておくためで、そこに好悪の感情はない。

 無表情を貫くシェーンセレノですら、少し難しい表情をしてこの広すぎる台地を観察していた。


「閲兵式を行うのはわかります。ですが防備だけを考えるのなら、この場所が狭いほど有効なはず。閲兵式などそれこそスカイガーデンの外で行うことも可能でしょうし、ここの下にあった第二層には地上軍の訓練場もありました。閲兵式をそこでやるなら、ここに開けた場所は必要ありません」

「ここから市街地に一直線にいけるという能率もあるだろうが、そうなると考えられるのは、余程門の防備に自信があるのだろう。敵を引きこんで一挙に殲滅するなら、ある程度の場所があった方が都合はよかろう」

「なるほど。しかしこれだけの場所があれば、攻城兵器を組み上げることも可能ですわね」

「そうだな。だが敵がそのことを考えていないとも思わないが・・・」


 ドライアンは霧でよく形が見えない二の門を前にして、不安にかられていた。アルフィリースと打ち合わせた状況では、二の門を突破することは考えていない。それまでに時間を稼ぎ、制圧した第一層と第二層で真冬を凌ぎ、その頃には全てを終わらせておくというのがアルフィリースの策だった。その策の進行状況に関して、何も連絡が入らないこの状況をどう判断するべきか。ドライアンでさえ不安に思う。


「(ここに到達した時期も、予想よりそもそもやや早い。アルフィリースの考えではここから先を突破できるとは考えていないようだったが、果たして何か考えがあるのだろうか。それとも、救援が必要な状況なのか。そうだとしたら、強引にでも突破する手段を考えるのだが)」

「王よ、霧が晴れますぞ」


 天候に一際敏感なカプルが告げた。そうして少し吹き降ろし始めた山風と、ようやく昇ってきたと思わせる気怠げな太陽の光が霧をゆっくりと晴らした時、合従軍の全軍が目を見張る光景を目の当たりにしていた。

 彼らの目に映ったのは、想像を絶する巨大な門。ローマンズランドが再建した門は、かつての倍以上。さらに数々の意見を経て、クラウゼルとアルフィリースの工夫も取り入れ、難攻不落の要塞と化した二の門が合従軍の前に姿を現したのだった。


「なんだあの城門は・・・」

「高い・・・」

「ハハッ、あれは無理」


 けらけらと大声で不可能を口にしたのは、合従軍に帯同しているブラックホークのミレイユ。獣人にして城門を攻めては駆けあがるほどの俊敏性と膂力を見せ、先のクライアとヴィーゼルの戦いでもカンダートの城壁を一番乗りで乗り越えたミレイユをして、あっさりとこの城門は無理だと認めた。

 さすがにグレイスがその態度を窘めるが、ミレイユは二の門を指差しながら乾いた笑いを漏らしていた。


「おい、ミレイユよせ。城攻めの前にそんなことを口にするな」

「だってさぁ、グレイスだってそう思うじゃん? あの城、よく見なよ。上の方になるほどでっぱった造りになっている。つまりさ、城壁をよじ登ろうとしたら垂直以上の壁を登る必要があるんだぜ? しかも、その上には天蓋みたいな返しがついてる。最後は天井からぶら下がって、10歩分ほどの移動が必要みたいだぜ。とっかかりもない場所で、武器を持ちながら誰がそんなことをできるってのさ? つまり、よじ登っての攻略は無理ってことだね」

「・・・あの城門の秘密はそれだけじゃない」


 怪我を治して戦列に復帰したアマリナがぼそっと呟いた。彼女は元ローマンズランド軍人として、積極的に城の造りに対する弱点を口にすることはなかったが、ここまでブラックホークの面々がグロースフェルドの援護がないにもかかわらず被害を出していないのは、アマリナの的確な助言があってのことだった。


「あの二の門は、細い竪穴が無数に空いている。そこから矢なんかの投擲武器が飛んで来る仕組みだ。穴の周辺部だけじゃなく、城壁そのものが鉄鉱石で補強してあるから、城壁を物理的に壊すのはほぼ不可能、魔術対策がなくとも強度は充分。門扉も鋼鉄製で三つの巻取り式の鎖で30人はいないと引き上げられないくらい重いし、それが三重に仕掛けられている」

「あれを無視するっていう方法はあり?」

「周囲は滑る断崖絶壁に暴風、しかも冬だから凍って滑るし、春は雪解け水で常に湿り、夏は崖がいっそう脆くなり、秋は暴風がひどくなる。そして二の門を突破してからは6557段の階段を登らないと三の門に到達しないほど、急峻な登りが続く。そこに何度か防衛戦を敷かれるだけでも、また大勢が死ぬだろう。身を隠す場所はどこにもなく、左右はすぐに断崖絶壁だから。飛竜がなければ突破は不可能だと思う。だから初代王となった戦士はそうしたわけだし」

「だってさ?」


 ミレイユとアマリナの言でさらに動揺が広がる中、シェーンセレノは指揮便でぱしんと掌を打った。方針は決まっているようだ。


「我攻めですわ」

「・・・どのみち、初手はそうするしかあるまい」


 シェーンセレノは力押しを選択した。ここまで来て戦う前にしり込みするようでは話にならないということだ。ドライアンですら同様に頷いた。総大将に迷いがあるようでは上手くいくものも上手くいかないだろうが、それにしても決断が潔すぎるとドライアンが訝しむ。将兵の命など、最初から考えていないのかもしれない。だとして、いたずらに戦いを長引かせる決断は死人を増やすだけでもあるだろう。

 将兵は悲愴な表情をしながらも、それぞれが武器を手にして前進の準備を始めた。



続く

次回投稿は、5/5(木)16:00です。

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