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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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開戦、その19~二の門前の死闘①~

***


 アルフィリースとクローゼスが成し遂げた大魔術は、絶大な効果をもたらした。実は合従軍の被害はそれほどでもなかったのだが、心理的に彼らに大打撃を与えることに成功していた。

 それはそうだろう。攻め寄せようとすれば、いつ軍隊ごと凍てつかされるかわからないのだ。魔術のことを知る者が分析し、よほど条件が整わなければ行使は不可能だと説明しても、そもそも魔術の知識どころかろくな教養ももたない一般兵士たちは、指揮官たちの説明を信じようともしなかった。合従軍とはいえ、彼らは農閑期に徴収された農民や平民が過半数を占めているのだ。彼らは非常に迷信深い。


「二度とあんな魔術はこねぇって話だけどなぁ」

「とてもじゃねぇが、信じられねぇ。城攻めの時から、ちょくちょくでっかい火の球がとんできていたべ? ローマンズランドに腕っこきの魔術士がいるのは間違いねぇ」

天翔傭兵団イェーガーだろ? あいつら、俺らの隣村に来たことあんだよ。魔獣討伐とかなんとかで」

「どうなったんだ?」

「辺境とはいえ派遣された軍を退けたゴブリンの群れを、10人もいない人数であっさり全滅させやがった。その中にえらい別嬪さんがいたらしいんだが、馬鹿な若い男が手籠めにしようとしたらしくてよ。そしたらその女が魔女だったとかで、報復に村を全部焼かれちまったんだと。指先一つで、あっちゅう間だったそうだ。人こそ死んでねぇそうだが、男は逆さにつるされて、体の毛を三日三晩かけてじっくり全部焼かれたってよ」

「ひええ、そりゃあおっかねぇ」


 たまたまミュスカデが同行していた依頼なのだが、そんなことが彼らにわかるはずもない。そして噂は尾ひれがつくもので、勝利の宴席でミュスカデに不埒な真似をしようした男が尻を炙られて大笑いとなっただけなのだが、真実を知る者は誰もいなかった。


「そんなのが大勢いるんだとしたら、とてもじゃねぇがやってられねぇ」

「どうせ、春が過ぎたら解散だろ? 俺たちは地元に帰って田植えの時期だ」

「最近じゃ土地が痩せてなぁ。新しく開墾している土地が春先までに使い物になりゃあいいんだが」

「お前のとこもか? 俺らもよぅ・・・」


 そんなことを国を超えて話し合っているのだから、士気が上がるはずもない。そのうち、このローマンズランドの寒さを魔女のせいにする者まで出始めて、合従軍の士気は著しく低下していった。

 こういう時には兵士たちの私語や集会を禁止するなどの措置がとられるものだが、そういったことに目を光らせる者は合従軍にはいなかった。ドライアンも気付いてはいたが、シェーンセレノに助言することはなく、放置していた。


「兵士たちの感情に配慮する必要性を感じていないみたいですね」

「そのようね。兵士を命令すれば動く、自分の手足くらいにしか考えていないのかしら」

「それで矢面に立たされる兵士たちはたまったものじゃない」


 チェリオとリュンカが苦々しく言い合っていたが、彼らもまた自分たちの兵士たちのことで手一杯だった。二の門の攻略戦になるとおそらくは自分たちが前線に再度立たされることになるが、この寒さは人間以上に獣人にはこたえるのだ。

 そしてドライアンがさらに突拍子もないことを言ったので、彼らもまた困惑していた。


「は? 今なんと?」

「俺たちは側面から攻めると言ったのだ」


 ドライアンがとんでもないことを言ったので、思わずチェリオも、カプルまでもが目を見開いていた。リュンカは意味がわかっていなかったが、深い皺と毛深い眉で閉ざされたカプルの目が戦い以外で見開かれるのは滅多に見ないので、一大事なのだとはすぐに理解できた。


「死ぬ気ですか、王よ。いいえ、戦う前に死にますね、それ」

「二の門に正面から押し寄せるよりはマシだと思うがな」

「二の門以降のスカイガーデンは断崖絶壁。しかも側面は暴風吹きすさぶ、つるっつるの滑る脆い絶壁です。角度はおおよそ70度。そこを山の上までよじ登って攻めろと?」


 チェリオのもっともな意見に、ドライアンは強硬に命令した。


「カプルに偵察させ、登攀できそうな経路を探せ。今まで誰もやったことがない経路だが、必ずあるはずだ。スカイガーデンに攻め寄せた獣人はいない。俺たちならできる――かもしれない」

「そんな馬鹿な命令がありますか! いったいどうしたんですか、王よ。あんたは今までそんな非論理的な命令は一度も――」

「あいわかりました、王よ。このカプルめが、必ずやりとげてしんぜましょう。しかし、少々時間はかかりますぞ?」

「構わん、時間がかかって当然だ。だが、必ず見つけ出せ」


 カプルが胸を叩いてまかせておけと告げたので、チェリオが恨めしそうにカプルを見て、何か言う前にカプルはチェリオを引きずるようにして出て行った。ぽかんとして残されたリュンカは、ドライアンに尻を叩かれて天幕の外に出る始末だった。

 カプルは天幕の外に出ると、チェリオを突き飛ばしながら説明した。


「王の命令は絶対。逆らうな」

「だがカプル老! こんな理不尽な攻め方が――」

「ある、必ずある! ワシに任せておくがよい。お主は足場にできそうなとっかかりの素材を探せ。最終的には道を作るのだからな」

「んな、無茶な」


 ぶつぶつと文句を言いながらも、チェリオが引き上げていく。その際にチェリオがリュンカに目配せしたので、リュンカは裏があることに気付いてこの作戦を彼らに任せることにした。

 今、やるべきことをやる。リュンカはその方法で、かつてミレイユがならなかった獣将という任務を成し遂げようとしていた。

 そして大魔術を行使したアルフィリースとクローゼスは深い眠りについていた。精霊とともに大流マナに同化しかけたせいで消耗した精神力を回復させるための眠りだった。こればかりは魔術でどうなるものではなく、自然と回復させる以外にない。アルフィリースとクローゼスの経歴をして、これほどの大魔術を行使したのは初めての経験だった。

 意識の奥ですらアルフィリースは眠っており、その様子をポルスカヤと御子が見守っていた。


「ここまで大規模な儀式魔術をたいした準備もなく、あっさり成功させるとはな。時季の後押しがあるとはいえ、見事なものだ」

「・・・」

「お前が手を貸したのか?」


 ポルスカヤが御子に問いかけたが、御子は静かに檻を握りしめ、心配そうにアルフィリースを見つめていた。そのような御子の表情を、ポルスカヤは見たことがない。


「どうした? 珍しいな」

「・・・私じゃない」

「は?」

「私は力をほとんど貸していない」


 御子は折から手を伸ばしたが、片手が半分ようやく出るほどだった。両手を同時に出すことは構造の問題ではなく、意識の問題としてどうやら不可能らしい。


「私への封印は弱まっていない。今の私には、片腕分の助力しかできない」

「え・・・じゃあ、あの大魔術はアルフィリースが自らやったってのか? いや、魔女ならできるかもしれないが、それにしたって大魔術の基本構成を一緒に考えて、それに途中から参加するとか――私でも無理だぞ?」

「私はものによってはできる。でも、彼女は直前までラーナと一緒に闇の魔術を行使していた。なのに、急にあんな別の精霊に語り掛けることは、私でも危険な試みよ。それをこの子は――」

「まさか、これはアルフィリース本人の能力だって言いたいのか? お前にも無理なことを、人間の娘がやってのけたと?」

「無理ではない。無理ではないけど――アルフィリースが変わってきている。その存在そのものが、変化しつつある。きっと私たちの影響もあるけど、これまでの出会いと、この子の中に眠る才能が開花しつつあるのだわ。この戦いを経て、彼女はきっと変わる。いったいどうなるか、予想もつかない」

「それは良い変化なのか?」


 ポルスカヤの問いに御子は答えることはせず、ただじっと意識の奥ですら眠りにつくアルフィリースの横顔を眺めていた。



続く

次回投稿は、5/3(火)16::00です。

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