表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
2344/2685

開戦、その18~魔都⑦~

 異変を感じたのは、攻め寄せる合従軍だった。


「なんだ・・・水?」

「おいおい。こんなちょろちょろ流れるのが、水攻めだって?」


 軍の先頭はそれなりの水流に晒されていたが、それも足を踏ん張るか何かに掴まれば耐えられる程度の勢いだったので、後方には何が起きたのかは知らされず前進を続けていた。

 水は当然ながら、低い所に貯まる。冷たい空気も。そしてスカイガーデン第一層で一番低いのは門ではなく、実はその手前の広場だということを攻め寄せる合従軍は知らなかった。

 進軍前に整列していた部隊が、不安そうに足元を浸す水を眺めていた。


「水が来たが、ここにいて大丈夫なのか?」

「この勢いなら、そう貯まることもあるまい。それに、こんな乾いた大地ならすぐに地面に水も吸収されるさ。大地の目も粗いしな」

「ローマンズランドの連中め、馬鹿にしやがって。こんな水攻めで俺らがやれるかよ」

「お前の小さな肝っ玉なら流れるんじゃないのか」


 ハハハ、と笑う声が響く。連日連夜の攻勢とはいえ、まだ後陣には余裕があった。そのうちの一人が、思わず身震いした。


「いや、しかし寒いな。ローマンズランドの冬は冷えると聞いていたが、ここまで冷えるのか」

「小便がしてぇ」

「今なら水が流してくれるぞ」

「おい、後ろにいる俺らの身にもなってみろ。コイツの小便を浴びながら整列してろっていうのか? 冗談じゃねぇ!」

「そろそろお前ら黙れよ、中隊長に怒られるぞ・・・って、お前。息まで止める必要はないぞ?」


 安全だからとフルヘルムを装備していた仲間が、急に兜を持って暴れはじめた。空気穴が小さいのではと仲間に心配されていたが、とかく小心者な奴なので、空気穴が広すぎて矢で刺されて死んだらどうする、相手にはダークエルフがいるんだぞ、と怒っていた。

 吐く息がさっきから一層白くなっている。まさかとは思うが、息のせいで空気穴が凍って塞がったのだと仲間が気付いた。


「だから言ったんだ、馬鹿野郎が! 寒冷地で金属製の全身鎧なんて、邪魔なだけだってな!」

「窒息しかけている。脱がせろ!」

「戦う前に死にかけてやがる、阿呆じゃねぇのか」


 周囲の仲間が急いで脱がせようとてんやわんやになった。騒ぎを聞きつけた中隊長がやって来たが、既に全員で取りかかっていたので特に指示するわけでもなく遠巻きに見ているだけだった。


「兜が凍って窒息しかけているのか?」

「そうみたいですぜ。北国じゃ全身鎧はご法度だってのを知らなかったらしい。金属鎧が肌に張り付いて皮膚が剥がれたり、冷えた鎧の留め金の大きさが変わったりして脱げなくなったりすることを知らないんだ。今はまだいいが、もっと真冬は冷える。致命的になりますぜ」

「合従軍だから装備は自由だと言われたことが仇になったか。装備の指導はしているはずだがな」

「出立前じゃなきゃあ意味がねぇでしょう。行軍の最中に装備を新しく一式揃えられるような財のある奴はそういねぇ。大抵の奴は家にあるお古の一式を修繕して持ってくる。まして大陸の中央部で、毛皮や上等の皮でこしらえた寒冷装備を持っているやつなんているはずがねぇ。そういったものを揃えるのは合従軍の大将の仕事じゃねぇんですかい」

「大隊長が具申はした。アルネリアは寝具を配ってくれたが、装備の配給は合従軍のまとめ役であるシェーンセレノの役割らしい。もっとも、何度具申をしても何ら反応がないそうだが。まるで人形か何かと話しているように、ただ微笑んでいるだけらしい」


 中隊長は不満を隠そうともせず、あけすけに老練ベテランの兵長に語った。その言い方から、まずい雰囲気を兵長は察した。


「よくねぇな。よくねぇぜ、中隊長」

「俺より経歴の長いそなたがそう言うのか。やはり、寒冷が厳しくなってきたら、我々は退却をした方がよいかもしれないな」

「いや、それじゃ遅ぇ。もう数日の間にでも退却した方が――」


 兵長が異変を感じたのは、他の兵士たちが騒ぎだしたからだ。フルヘルムの男は空中で窒息死したように動かなくなり、その体が倒れなかったことで異変を周囲が感じた。


「なんだ? 何があった?」

「・・・おい、兵長。貴様、動けるか?」

「は? 中隊長、何を馬鹿なことをおっしゃってるんで?」

「私は足が動かん」


 中隊長に言われてはっとした兵長が足を動かそうとして、足元が水ごと凍り付いていることに気付いた。そのまま体が底から冷えていく感覚が、全身が足元から凍り付いていくことだとは、戦場歴が長い兵長ですらわからなかった。


「な、なんだぁこりゃあ! いったいどうなってんで――」

「これは・・・魔術か。水攻めではなく、最初から我々を全員凍らせるつもりだったのか。おのれ、イェーガーの団長は大層な魔術士でもあると聞いていたが、こんなものがただの魔術士であるものか。魔女、いや奴は怪物だ――」


 生きながら氷の彫像と化していく一団の異常な様子に中々気付く者は周辺におらず、攻め寄せようとしていた前線の兵士たちは甚大な損害を受けた。

 そしてそれ以上にスカイガーデン第一層は荊のようになった氷に閉ざされ、朝を迎える頃には光を浴びていっそ幻想的な輝きさえ見せており、それを見た合従軍の将軍たちが苦い顔をする中、シェーンセレノだけが目に暗い炎を灯して微笑んでいた。

 合従軍が魔術でできた氷を砕き、再度前線を編成して二の門に押し寄せるのは、10日以上後のことになる。



続く

次回投稿は、5/1(日)16:00です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ