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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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開戦、その15~魔都④~

***


「――死者は少数ながらも、行方不明は数百。負傷者は数千を数えます」

「この調子だと、負傷者が万を数えるのもすぐね」


 合従軍の会議にて損害状況の報告が終わると、シェーンセレノがぴしゃりと言い放った。その表情に苛立ちはないが、場の緊張した空気に沈黙を破る勇気のある者は皆無だった。

 凍り付くような会議の空気を、冷静に破ったのはアルネリアの代表者でもあるエルザ。軍部の代表としてアリストが今までは参加していたが、口下手な彼では影響力が及ばないと知ったエルザが、直接乗り込んできたのだった。


「発言させていただきます。既に雪が降り始めました。負傷者は多く、食料の補給は現地調達できず、このまま戦いが長期化すれば、食料輸送にも多くの労力を割く必要があります。結果として攻め手の数が減り、士気も低くなり、戦闘は長期化するでしょう。一度講和をしてはどうですか?」

「救援を要請されて応じた合従軍に不意打ちをしたような連中に、頭を垂れろと?」

「そこまでは申しません。ただ、戦場では何でも起こりうる。発端は些細な事でも、戦うごとに傷は広がり続けることだけはたしか。ならば、まだ傷がまだ塞げるうちに、争いを止めることも大切です。引き返せなくなってからでは、どちらかが倒れるまで戦うことになります。それは、最悪の結果と申せましょう」

「正義の戦いに講和はありえません。まして相手が降伏を申し出ているならともかく、こちらから講和を持ちかけるなど、もっともありえません。ならば、相手が倒れるまで戦うのみ。これは正義の戦いなのですから」


 シェーンセレノがぴしゃりと言い切ると、そうだそうだと唱和する声が続く。いつの間にか会議はシェーンセレノに同調する者一色となり、それ以外の少数派の声は消されていた。唯一対等に口をきけそうなドライアンは黙って腕を組んだままで、ミューゼは後方支援としてこの場におらず、レイファンは自国の安定のためにいなくなった。

 合従軍がいつの間にかほぼシェーンセレノの私物と化している現実に、エルザは恐怖を覚えた。自分たちが積極的な介入を避けて後方支援に徹している間、何が起きていたのか理解できない。

 戦争前の取り決めの最中の戦端が開かれたことからも、これがオーランゼブルの手の内の戦争ということかと、エルザは今更ながら実感して冷や汗が止まらなかった。

 しばし沈黙していたシェーンセレノがとん、とんとゆっくりとテーブルを指で叩いていたが、その指の動きがふと止まる。皆の視線が一斉に集まった。


「――総攻撃をかけます」


 その言葉にエルザが反論する前に、何人かの諸侯ががたりと席を立った。


「その言葉を待っていました!」

「我が軍に先陣を切らせていただきたく!」

「侵攻路と具体的なやり方はこれから伝えますが――ドライアン王、よろしいでしょうか?」

「良いも悪いも、俺の意見を聞くまでもなく決まっているだろう?」


 ドライアンは眼を瞑ったまま、不機嫌でもなくただ冷淡に返事した。その答え方にドライアンの怒りを感じた諸侯の熱が、少し下がる。


「当然俺とグルーザルドも参加はするが、やり方と侵攻路の選定は任せてもらえるだろうな?」

「もちろんにございますわ。グルーザルドに関してはその方が効率的でしょうし」

「では一度失礼する。アルネリアの代表殿、我が軍の負傷者の様子を聞きたい。少し天幕の外で話せるか?」

「え、ええ。構いません」


 足早に出ていくドライアンのあとを、エルザは小走りで追いかけた。その方が気が楽だったとは、誰にも言えそうにない。

 ドライアンは当たり障りのない話をしながら、移動をしつつやがて自陣の中に来ると、天幕の間で突然止まった。そこがセンサーに囲まれて音が漏れない場所だと、エルザもすぐに気付いた。


「で、アルフィリースから連絡がそちらにはないのか?」

「ありませんね。予定とは違います」

「やはり不測の事態が起きているとみるべきか。我々の元にも連絡がない。そのせいで、この前は中隊200名を失った。誰が誰かもわからん、仲間の残骸を回収することになった」


 死体ではなく、残骸。それが意味するところは一つしかない。


「カラミティが出た?」

「そうだろうが、それにしては局地的過ぎる。あるいはカラミティが勝手に動いている可能性も考えられる。ローマンズランドの戦力が全てアルフィリースの制御下にあるとは微塵も考えていないが、思ったよりもやつらはたがが外れているのかもしれない」

たが?」

「戦争の倫理も糞もないのは、お互いさまということだ」


 ドライアンが思わず汚い言葉を使ったことにびっくりしたエルザが目を丸くしていると、ドライアンが咳ばらいをして言い直した。


「ともかくローマンズランドが考えていることが遅滞戦術であるなら、打ち破るにはシェーンセレノの方法論が一番なのは事実だ。合従軍は第一層を突破するまで、夜間も戦闘を止めないだろう」

「死者や損害は度外視で?」

「当然そうなる。参加せねばグルーザルドも不義となろうが、奴らの矢面に立つ気はない。それにイェーガーが使う弓の性能は、合従軍に普及しているものと段違いだ。通常の三倍からの射程があり、それが高所からシーカーや腕利きの猟兵や弓兵によって放たれる。損害は見る間に増えるだろうな。それに、アルフィリースからは第二の門には近づくなと言われている。何か仕掛けていることは間違いない」

「嫌な予感しかありませんね」


 エルザがアルフィリースの性格を考えて身震いした。神殿騎士団は帯同しているが、魔獣や魔物までローマンズランドが使役しているのであれば、戦闘介入の十分な口実にはなる。

 介入すべきかまだ様子を見るべきか。ミランダからの返事はなく、全権はエルザにある。ドライアンは雪が徐々に強くなる空を見上げた。


「荒れるな・・・」

「ええ、間違いなく」


 エルザも思わずつられて空を見上げ、肩にのしかかる責任の重さを象徴するような曇天を恨めしく思った。



続く

次回投稿は、4/25(月)16:00です。

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