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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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開戦、その14~魔都③~

***


 城門陥落後、合従軍が優勢だったのは最初だけだった。城攻め屋が撤退したことなど、奴らが臆病なだけに過ぎない。傭兵は迷信家だ、何が魔都だ。と、大勢の兵士が息巻いて突撃し、そして死んだ。

 スカイガーデン第一層はまさに魔都と化していた。少なくとも、合従軍にはそう見えた。人の気配はおろか、虫や草木の気配さえ消えた都市。略奪をしようと屋内に踏み入れば、底が抜けて大怪我を負う。水や食料を奪えば腹を下す、痺れる、嘔吐が止まらなくなる。うかつに路地に入ろうものなら迷って半日出られないことや、幻覚を見たり、仮眠を取れば悪夢にうなされるあまり正気をなくし、味方に襲いかかることさえあった。

 そして夜となれば、霧と共に襲撃があり、時には霧そのものが武器として襲い来ることもあった。酸の霧で火傷する者、毒の霧で呼吸ができなくなる者や咳が止まらなくなる者もいた。そして霧の中から本物のローマンズランド軍が出現することもあれば、時には魔獣やオークが出現することすらあった。中には、霧に包まれて行方不明になる小隊もあった。

 日中は罠に気を付けつつ、合従軍は慎重に歩を進めた。罠が多い分、直接的な敵の抵抗は軽微だったし、負傷者は多くとも実際の死者は少数だった。ただ負傷者の搬送でどうしても時間と人手がとられるのと、通路にこまめに儲けられた障害バリケードをどかそうとする度に過度な緊張を強いられるのは、合従軍にとって苦痛でしかなかった。

 これこそ、アルフィリースの狙い通り。数日かけて必死に進軍して確保した通路を、魔術と幻術で一晩で取り返されたと知った時の合従軍の戦法の呆然とした表情を物見が笑いを堪えながら報告した時、思わずローマンズランドの将軍たちからも笑みがこぼれるほどだった。


「やりますね、アルフィリース」

「お褒めの言葉をどうも、クラウゼル」


 決して気を許し合った仲ではないが、今は共に戦う仲間として、クラウゼルはアルフィリース率いるイェーガーの健闘を褒めたたえた。


「それにしても、どんな戦術書にもこれほどの罠の数は記載されていません。さぞかしシェーンセレノは閉口していることでしょう。その顔が拝めないのが残念でならない」

「あなた、シェーンセレノが嫌いなの?」

「ええ、嫌いですね。賢人会はあくまで人間が高め合う組織です。少なくとも、人間と同等の知性と精神構造を備えた者が。人間至上主義とは申しませんが、そこに人形が参加するのはいかんとも賛成しがたい」


 さらりととんでもないことをクラウゼルが述べたので、アルフィリースも思わずまじまじとクラウゼルをみやってしまう。


「やはり、シェーンセレノはサイレンスの人形なの?」

「証拠はありませんが、まず間違いなくそうでしょうね。あるいはその周辺が全てそうなのかも。そうでなければ、オーランゼブルがあれほど悠長に構えてはいないでしょう。互いの陣営に手駒がいれば、放っておいても戦争はおきます」

「それを知っていて、ローマンズランドに加担するの?」

「五賢者なるオーランゼブルがどれほど偉いのか賢いのか知ったことではありませんが、人間はここまで生き延びて歴史を作ってきた実績があります。もっと絶望的なところから人間はここまでのし上がったのです。これからもっともっと――人間は先へと進んで未来を切り開くべきだと思っています。黒の魔術士だろうがサイレンスだろうが、立ちはだかれば全て倒すのみです」

「あなたがやるわけではないでしょう」

「そうですね。そこまで万能だと己惚れてはいませんよ。そうなるべく策を練るからこそ、策士と呼ばれています」

「他力本願――とも言うのでは?」

「非難にはなれっこですよ。卑怯者と呼ばれることにもね」


 クラウゼルはなんら感情を揺らすことなく、泰然と言い切った。アルフィリースは思う。決して相容れることのない相手だろうが、彼もまた信念の元に生きていると。利害が相反すれば、戦って決着をつけるしかないだろう。ある意味では、黒の魔術士よりも戦うべき相手になるかもしれない。

 アルフィリースは問いかけた。


「クラウゼル。あなたの目指す先は?」

「こう見えて、人間やその他の生物の栄達を願っていますよ。やり方はあなたとは違うでしょうが」

「そのために、アルネリアを潰すの?」

「一体の魔獣が敷いた現在の体制を素晴らしいと思わなくもありませんが、限界が近づきつつあります。飽和した制度は一度破壊しなければ、緩やかに腐るのみです。過激な手段であることは自覚していますが、必要なことです」

「その過程で踏みつけにされる人は、あなたに恨み言を述べるでしょうね?」

「それはそうでしょう。全てを救うことは理想ですが、そんなことをできはしない。どこかで切り捨て、どこかで拾い、最終的に帳尻を合わせる。それが為政者の才覚というものです」

「その方法論とは?」

「奇しくもあなたの師であるアルドリュース殿が、かつて目指した政治体制ですよ。絶対的な君主ではなく、法によって秩序を整え、制度で人をまとめ上げる。そのために一度、大陸を制覇する必要があるのです」


 アルフィリースは師が残した統治の方法論の一つに、そのようなものがあったことを思い出す。だがアルドリュースがそれを捨てたということは、不備があったということではないのか。


「その方法、上手くいくと思う?」

「完全ではないでしょう。ですが、アルドリュース殿が考えたことを、さらに発展させて実践してみたくはありますね」

「少し、話を聞いてもいいかしら?」

「隠すようなことではありません、時間のある時にお話しましょう。私も貴女の意見を聞いてみたい」


 クラウゼルはやはり、感情を揺らすことなく答えた。だがその目の奥に、一部の期待感があることを、2人のやりとりを近くで聞いていたエネーマは感じ取っていたのだった。



続く

次回投稿は、4/23(土)16:00です。

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