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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第二章~手を取り合う者達~
234/2685

剣士の邂逅、その5~壊滅~

***


 ティタニアが攻め込んでから半刻も経っていないだろうか。既に砦の中に動く物体は見つからなかった。人は縦に、横に両断され、あるいはえぐられ、あるいは削られ、あるいは砕かれていた。

 砦の守りを象徴する城壁はさらに破壊され、中にある彼らの休憩所も消し飛び、100人は寝泊まりするであろう寝所は両断され、疲れを癒すはずの風呂は血の海と化していた。馬すらもはや生きてはいない。

 逃げようとした者はいた。だが、ティタニアがそのような者を見逃すはずもなく、離れた場所からの剣撃により、全て虐殺された。もっとも彼女の手を首尾よく逃れたとしても、サイレンスが黙って見逃しはしないだろう。そう考えれば、まだティタニアの手にかかって一息に死ねる方がましなのかもしれない。

 そんな中、訓練場となる場所で怯えたように地面に腰を抜かして、がたがたと震える少年のような兵士が一人。同時に、隣では同じくらいの少年兵が気絶していた。二人ともまだ息がある。だが、その目の前には大剣で二人兵士を串刺しにして宙に持ちあげているティタニアが仁王立ちしていた。


「さて、貴方達・・・といっても一人は気絶しているようですが。残りは貴方達だけですね」


 ティタニアが剣に刺さっていた兵士二人をまとめて放り投げる。兵士はまるで掌程度の果実のように軽く凄まじい勢いで吹き飛び、壁に当たって砕け散った。兵士を振り払う時の血が少年兵の顔に飛び散り、彼の視界を半分塞ぐ。そのショックで、少年は思わずズボンを濡らしてしまった。


「あ・・・ひ・・・」

「怖いですか?」


 ティタニアは無表情に問いかける。ティタニアが殺す対象に何の感慨を抱く事もない。返り血を浴びてなお美しいティタニアの凄然とした容貌に、少年は返事もままならなかった。


「う・・・う・・・」

「ふむ、困りましたね」


 ティタニアは少し首をかしげながら、剣の切っ先を少年の喉元に突きつけた。


「私は敵を全滅する時、一人だけ生かすことにしています。私の事を世に広めてもらわないといけませんからね。あらかた決着がついたら誰を残すかは相手自信に選ばせるのですが、これでは使い物にならないか?」


 ティタニアが剣で少年の顎を上げ、自分の方に向ける。少年の目は完全に恐怖に濁っていた。ティタニアは半分無駄と諦めつつも、少年に問いかける。


「念のため問いましょう。生き残るとしたら、貴方ですか、それとも横で寝ている少年ですか? どちらが生き残るか、貴方が決めなさい」


 その問いに、少年の目に少し輝きが戻った。そしてほぼ本能の動きで、彼は後ろで気絶している少年を庇ったのだ。彼の前にいき、両手を広げて彼を庇うようにする。その光景を見て、ティタニアが相好を崩した。


「なるほど。このような状況で友を守るとは、貴方は良い男です。ですから・・・」


 ティタニアがふっ、と笑う。その笑顔は女神のようでもあり、


「後ろの彼を殺しましょう」


 そして悪魔のようでもあった。


 ティタニアの振り下ろされた剣と共に、少年の後ろで地面が抉れる。頭の後ろに何か飛び散ってきた様な感覚があったが、少年はついに振り返る事はできなかった。

 そしてティタニアは剣を収め、既に仕事は済んだとばかりに背を向け去る。その姿を焦点の定まらない目で少年は追うが、背を向けたままティタニアが彼に最後の言葉を残す。


「今日の事が忘れられないなら、私の事を追ってきなさい。強くなって名前が有名になれば、私は自ずとあなたの前に現れるでしょう。私は逃げも隠れも、老いもしない。待っていますよ、少年」

「う・・・うわああぁあああああ!!」


 その言葉を言い残した時、少年の魂を引き裂かんばかりの絶叫が後ろから聞こえたが、ティタニアは無視してその場を後にした。

 そして近くの川に辿り着いたティタニアに、グラムロックを奪取したサイレンスが合流してくる。


「よかったのですか」

「何がです?」


 ティタニアが剣の血糊を洗い流しながら答える。


「あの子を生かした事ですよ」

「ええ、構わないでしょう。私がそうすることはオーランゼブルも知っているはずですし、派手にやれとは言われていても、皆殺しにしろとは言われていないですから」

「ふむ。でも、彼が強くなって仇を取りに来たら?」


 ティタニアの手が一瞬止まる。だが何もなかったかのように剣を磨き続けた。


「別にどうも。彼の無念と憎しみを喰らって私が強くなるだけです」

「・・・ひどい女性だ」

「さて、私はこのまま水浴びをします。さすがに返り血を浴びましたから」


 ティタニアが腰紐をはずし、服をはだける。サイレンスが見ているにもかかわらず彼女は瑞々しい裸体を惜しげもなく晒すと、そのまま川へと入って行く。あまりの唐突さに、サイレンスがティタニアの裸を見る前に思わず目をそらしたほどだ。

 時期的にまだ水浴びができるといえど、川の水は冷たかったが、ティタニアは気にしていないようだった。最後に彼女は髪を結わえるリボンをはずして衣服の上にそっと置くと、見事な黒髪を川に流すように洗い始めた。


「人目を気にしないのですね。一応私も男なのですが」

「御冗談を。そういう興味などないでしょう?」

「・・・どこまで気づいているのですか?」


 サイレンスが顔を曇らせた。どうにもティタニアは鋭すぎることに、サイレンスは薄気味悪さを覚えたのだ。

 ティタニアに取って、彼の心配などかけらほどの価値もないのだが。


「先ほども述べた通り勘ですよ。女の勘です」

「私には貴女が女には見えないのですがね」

「ほう」


 その言葉にはティタニアも興味をそそられたようだった。裸体を隠しもせずにサイレンスの方を振り向く。サイレンスは一応気を使って、彼女の裸体は見ないようにしているのだが。


「サイレンス、こちらを見なさい」


 だがティタニアの方から、自分の裸を見ろと促してきたのだ。サイレンスはおそるおそる、そちらを見る。なぜ恐れなければならないのか。そう感じた理由をサイレンスはすぐに理解した。


「その、体は?」


 ティタニアの体は傷だらけだった。正確には、へそから下が傷だらけだった。余程古い傷なのか、傷の後がひきつれ、くぼみ、見るもおぞましい事になっていた。直りかけた傷を、何度も何度も抉られたような傷痕だった。

 対照的にへそから上はこの上もなく美しい肌だった。水をはじく玉の肌。極上の布にも例えられるであろうその肌は、サイレンスをもってしても思わず手を出しそうだった。

 その二者の差が異様な雰囲気を産むのか。サイレンスがふらふらとティタニアに近づこうとした時、ティタニアの声が彼を制する。


「私は綺麗ですか?」

「う」


 その言葉があまりにも禍々しく、サイレンスは思わず足を止めざるをえなかった。気がつけばティタニアの黒い瞳が、より黒い輝きを帯びていた。

 その瞳の圧迫感に、サイレンスは思わず質問をしてしまう。


「その傷は? 戦いで?」

「ああ、これは」


 ティタニアが自分の下腹部に手を這わせる。サイレンスも半ば予想はつきつつも、彼女の話をじっと聞いていた。その話の内容に、サイレンスはだんだんと不快な気持になる事を抑えられなかった。そして話を一通り聞き終えたサイレンスは眉をひそめる。


「人間が愚かだとは思っていましたが・・・まさに典型ですね。そいつらは異常だ」

「そうですか。その異常の結果が私です」


 ティタニアは再び川の水に体を沈め、体についた血を流している。


「ですが一番異常なのはあなたですよ、ティタニア」

「それは褒め言葉として受け取っておきましょう」


 ティタニアがくすりと笑うと、彼女は川から出て呼吸を整える。そして呼吸を整え目をかっと見開くと、不思議な事に彼女についていた水はほとんどが吹き飛ぶ。そして彼女は乾いた体に悠然と服を纏ったのだった。

 ティタニアが服を着た段階で、サイレンスが再び話しかける。


「この後は?」

「一度帰還しましょう。グラムロックをアノーマリーに届けて、その頃にはブラディマリアが帰還してくるかもしれません」

「彼女はどこへ?」


 サイレンスがさらに質問した。金の髪が秋風にたなびく。


「浄儀白楽の元だと聞いています」

「東部討魔協会の?」

「ええ」


 その言葉でサイレンスは悟ったようだった。


「では、東部討魔協会を味方につける交渉ですね」

「そうでしょうね。それが成功すれば私は東の大陸に渡り、鬼族を片端から殺して回ることになるでしょう」

「なるほど・・・そうすれば」

「ええ、そうすれば浄儀白楽という最高の駒を手に入れられる。討魔協会もろともに」

「ですがなぜそのような真似を? 私の手勢も準備しているのに」


 だがその質問にティタニアは答えを持ち合わせてはいなかった。


「さあ。私の仕事は陰謀ではありませんから」

「ふむ、オーランゼブル様には何かお考えがあるのでしょうが」


 サイレンスが口元に手をあて、何やらぶつぶつと呟き始めた。その後ろからそっと忍びよる影がある。ティタニアはとうの昔に気が付いていたが、わざと言わないでおいた。サイレンスの事が心からティタニアは気に食わないのだ。

 そしてサイレンスの背後から忍び寄る影が剣を振り下ろすと、サイレンスは振り返ることなくその首を落とされたのであった。



続く


次回投稿は6/6(月)24:00です。

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