開戦、その13~魔都②~
「夜は霧と魔術で、昼は物理で止める。私の毒はどちらでも使えるが――アルフィリースが性の悪い罠を数々考えているさ、なぁ?」
「性格が悪いとはいってくれるわね。発案の半分くらいはロゼッタの特殊部隊と、ラーナや猟兵の経験がある傭兵からなんだけど」
じゃあ半分はアルフィリース個人ではないですか、とリサが言おうとして止めた。口で言うほどに自分たちの余裕はない。思ったよりも口火が早く切られた戦いを、どうやって引き延ばすか。グルーザルドを含めた20万近い軍勢が相手では、楽ではないどころか最初から下手をすれば瓦解する。
アルフィリースは罠の仔細を述べていったが、どうもそれだけでは弱い気がするのはその場の全員が感じているようだ。アルフィリース自身も同じ印象を感じているのか、同じくうかない表情をしていた。
そのイェーガーが集まっている家屋に、突如として来訪者が現れた。
「会議中に失礼いたしますわ」
「オルロワージュ殿?」
公式の場では一応「殿」を付けるアルフィリースだが、幹部はその正体がカラミティだと知っている。この場にいる者の反応を素早く感じ取ると、オルロワージュは本性を見せるように笑みをこぼしながら、堂々と宣言した。
「その表情を見る限り、余計な気遣いは無用ね? 私も手伝うわ」
「・・・どういうつもり?」
「私と私の夫の居城を守るのに、手を尽くさない選択肢があるのかしら?」
オルロワージュを測りかねるアルフィリースが警戒心を崩さないでいると、それが楽しかったのかオルロワージュがくっくっくと忍び笑いを漏らした。
「あなたでもそんな表情をするのね、アルフィリース。少し溜飲が下がったわ、人間にしては少し賢過ぎると思っていたから」
「全てを思い通りにいかせるほど賢くはないつもりよ」
「それはそうよ、これは賢者オーランゼブルが2000年練ってきた策だもの。想定外の手駒や活躍もあるのでしょうけど、そうそう修正できるわけがない。別に数日の天候の遅れや、あるいは敵の進行が早かろうがなんとでもなるのですけど――合従軍にいいようにやられるのはさすがに腹立たしいわ」
「その動機は?」
「愛着」
オルロワージュが即答したので、アルフィリースは驚いたような表情をした。その反応にご満悦なのか、オルロワージュが微笑んでいた。
「ああ、よい表情をするわね。そんなに意外かしら?」
「え、ええ。あなたにとって、人間なんて石ころみたいなものかと」
「多くはそうよ? だけど、価値ある宝石もあるわ。わりとクラウゼルやブラウガルド殿下も好きだし――貴女のことはもっと好きよ?」
「ええ? よして頂戴」
アルフィリースが後ずさったので、ころころとオルロワージュが笑う。
「そこまで怯えなくてもいいのに。長く棲めば、人にも場所にも愛着は湧くわ。こんな枯れた寒い土地で我慢して暮らす人々は、いじらしいものね。それを欲と我で押しつぶそうとする人間こそ、唾棄すべきもの。そうでしょう?」
「それだけではないのでしょう。他の理由は?」
リサが堂々と聞いたので、オルロワージュが微笑みながら口からずるりと虫を出しながら、陰惨な笑みを浮かべた。そのドレスの裾からはいつの間にか、大小さまざまな甲虫や羽虫が這いずり出ていた。思わずリサと含めた仲間が、嫌悪感に体を仰け反らす。
「愛し子たちのお腹が空いたようなのね? 本格的な籠城戦になると、どさくさに紛れて人を襲う機会も減るでしょうし、今が好機だと思わない? ああ、心配しないで。痕跡なんて残さないし、貴女たちとは独立した場所でやるから、イェーガーに迷惑はかけないわ」
「・・・当然だわ。私は何も許可していないし、聞いてない」
「それで結構よ。クラウゼルもブラウガルド殿下も、こんなこと知らないもの」
「スウェンドル王は?」
「王はなんでもご存じよ。私は今や彼の伴侶ですからね」
微笑みながらオルロワージュがいなくなると、誰もが大きく息を吐いた。普段冷静沈着で感情がないかの如きライフリングですら、緊張をほぐすように息を長く吐いている。
「あれが南の災厄カラミティか。ギルドで確認されている個体の中では最上級指定だが、なるほど。何百年もの間、誰も狩れないのがよくわかる」
「ギルドには情報があるの?」
「ああ、かつてのアルネリアの第二次南伐行にはギルドからの精鋭が同行しているからな。S級以上になれば、機密文書として閲覧可能だ。もちろん未確認個体は辺境にはまだいるだろうし、他の辺境にも未討伐個体は多数いるが、知る限りカラミティが最上位の未討伐個体と言われていて、対峙して納得した。あれは無理だ。よくもあんなものと対等に話せるな、アルフィリース?」
「常に緊張感はあるわよ。でも、きっと本体と対峙していないからだわ」
「本体?」
「ええ。本体は巨大な樹か甲虫ではないかと言われているわ。所詮オルロワージュの体は分身。あれがカラミティの意志を体現している個体なのかもしれないけど、それでも本体程の威圧感や魔力を放っているわけではないと思うのだけど」
「あれでか・・・今まで見たどんな魔王や魔獣よりも生きた心地がしなかったがね」
「遺跡で対峙した強大な魔獣との邂逅した経験があるから耐えたけど、じゃなきゃあ魔力と殺気に当てられてどうにかなりそうだったわ。あれと酒を飲みながら談笑したって、今更ながら信じられないんだけど?」
非難めいたミュスカデの言葉に、苦笑いするアルフィリース。たしかに自分の感性もどうかしているなと思いながら、リサに耳打ちした。
「オルロワージュ――カラミティが暴れはじめたら、その周辺一帯のセンサーは切っていいわ」
「了解しました――が、本当にいいのですか?」
「仲間のセンサーを発狂させるつもり? カラミティが人間を襲う『詳細』なんて、感知して正気を保てると思う?」
「ああ、そういうことですか。それは止めた方がよいですね、伝達しておきましょう」
「私たちは彼女とは無関係。そう、ドライアンとアルネリアにも伝えておいて。犠牲になりたくなければ、先頭で突っ込んだり孤立するのはやめなさいと」
「しかと」
アルフィリースはこの状況においてもグルーザルドとアルネリアの双方と連絡を取る手段を確保していたが、それらの手段が機能していないと気付くのは、まだしばらく先のことになる。
続く
次回投稿は、4/21(木)17:00です。