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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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開戦、その12~魔都①~

 トレヴィーが呆然としている同じ頃、スカイガーデン内に攻め込んだ他の大隊長もまた、別の理由で呆然としていた。


「霧だぞ・・・」

「大きな河もないのにか」


 スカイガーデン内の水源はピレボスの雪解け水だが、せいぜい小川程度が数本走る程度で、視界を奪うほどの霧が発生するとは考え難かった。だが現実に、深い霧が意気揚々とスカイガーデン内に乗り込んで略奪とさらなる侵攻を行おうとした合従軍の行く手を阻んでいた。


「どうなってる? これは魔術か?」

「だとして、こんな広範囲に霧を発生させることができるのか?」

「センサーの部隊か魔術士どもを呼べ! こんな霧の中で進軍できるわけがないだろうが!」


 城攻め屋の大隊長たちが口々に叫んだが、センサーも魔術士も、多くは軍属で彼らの命令に従ういわれはない。

 進軍が一度完全に止まり、彼らは城内に数ある家屋などの財産や、あるいは食料、女などの略奪品を目の前にして、おあずけを食らうこととなった。伝令が後方に向かっている間、焦れた傭兵たちが目の前の家屋に押し入ったが、既に中はもぬけの空で、ほとんど得られる物はなかった。


「何もねぇ、ちくしょう」

「そりゃあそうだろ。門が落ちそうでなくとも、戦闘が始まった段階で普通の住民なら非難する。気性が荒くなった味方の兵士たちも危険だからな」

「女くらいいてもいいだろうにな」

「北方の女はガタイがよくて、抱き心地は悪いぞ。遊ぶなら帰ってからターラムにしとけ」

「敵の女を無理矢理やるからいいんだろうが。それにガキなら、ガタイがどうとか関係ねぇよ」

「クズ野郎め」


 げらげらと下品な笑い声をあげたプラフィールモロトの面々だったが、突然体を襲った寒気に身震いした。急に下がった温度に吐く息が白くなり、震えが止まらなくなる。


「おい、急に冷えて来たぞ」

「山からの吹きおろしの寒気か? それにしては風がない――」

「おい、お前。足が」

「は?」


 大隊長の傍にいた傭兵の一人の足が、地面と一体化して凍り付ついていた。たしかに彼の足元は濡れてはいたが、一瞬で凍り付いたことになる。動こうとして凍った足が砕けたことで、傭兵は悲鳴を上げた。


「ひ、ひぃい~! なんだこれ、隊長!」

「この霧、おかしいぞ! これは魔術―――」

「馬鹿、下がれ!」


 急激に襲ってきた冷気が周囲を一瞬で凍らせ、何名のかの傭兵を凍てつかせて瞬時に命を奪っていた。転がるように離れた傭兵は、周囲の家が一切凍り付いていないことに気付く。


「馬鹿な、周りはなんともないじゃないか!」

「局地的に、あそこだけ凍らせたのか? ありえねぇ!」

「おい、ザルウェルズ! いるか?」


 仲間が大隊長の一人の名前を呼んだが、返事はなかった。


「くそっ、一人やられた!」

「どうする? 一度壁外まで退却するか?」

「そんなことしてみろ、明日から俺たち城攻め屋は笑いものだ。落した城の中の霧にびびって退却しましたってな!」

「そりゃそうだが、少なくとも霧の外には一度出るべきだ。そうしないと――」


 大隊長の一人が意見を言おうとして、突如口を押えた。一度せき込むと、押さえた手には血がべっとりとついていた。意外そうな顔をした大隊長は、そのままの表情で前のめりに倒れて動かなくなった。

 近づこうとした仲間がばたばたと倒れ、前線は恐慌状態に陥った。


「毒だ!」

「霧に紛れて、毒が流れているぞ!」

「総員退避、一度城壁の上に戻れ!」


 こうなると、誰もが命を惜しんだ。先を争うように城壁への内階段を上がろうとする彼らの足元に、闇色の蛇が足元を走り抜け、何人かの足を絡めとった。たったそれだけで、何名もの傭兵が階段から転落し、首を折ったり下敷きになったりして死んだ。

 恐慌は一層広まり、それを治めようとして大隊長の一人が叫んだ。


「落ち着け、霧は城壁までは来てない! 二列なって上がれば混乱も――」


 その大隊長の頭に、矢が突き刺さった。混乱はさらに極まり、霧が城壁にまで迫ったことで、逃げ遅れた者、突き飛ばされて階段から落ちて死んだ者は100名近くに上った。そしてその死者の中には、プラフィールモロトの大隊長5名が含まれていた。

 喧騒が止んだ後、プラフィールモロトは戦闘から一度離脱し、編成し直すことを迫られた。スカイガーデンの三方の城門を陥落させたことで名声を得るはずのプラフィールモロトだったが、その名声は高まることなく、まるで負けたかのような表情で後方に一度撤退していった。

 スカイガーデン攻略戦の緒戦は合従軍の大勝。なのに、軍の中には重苦しい空気だけが漂っていた。


「ごくろうさま、クローゼス、ミュスカデ、ラーナ、ライフリング、オーリ」

「そ、そんな大したことはしていませんよぉ」


 アルフィリースに労いの言葉をかけられ、先頭で照れているラーナ以外は、それぞれがやや思いつめた表情だった。

 口火を切ったのは、クローゼスだった。


「アルフィリース。リサを始めたとしたセンサーの補助があれば、局地的に極低温にして相手を凍死させる魔術は実行可能だ。《範囲凍結エリアフリージング》とでも呼ぶのかな。だが、ミュスカデとの共同作業で霧を発生させながらだと、使えて一日一回か二回が限界だろう」

「クローゼスに同意するのは癪だが、魔術士やシーカーたちの補助があったとて大して変わらないだろうね。私も数々の罠を魔術で仕掛けているから、そちらに小流オドというリソースを取られているんだ。日中は必ず休憩が必要だし、陽が高くなれば霧だって発生させにくくなる。その間、どうやって相手の進行を止める?」


 その疑問にはアルフィリースではなく、ライフリングが答えた。



続く

次回投稿は、4/19(火)17:00です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 一度追いつくと何度も読み返してしまいます。 世界観の広さに驚愕。 [気になる点] 大陸の地図が気になります。 実際に見てみたいです。 アルネリア、ローマンズランド、アレクサンドリア、オリュ…
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