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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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開戦、その11~城門前⑪~

 シルヴノーレの指が、ついと地図の上を動いた。


「平面の地図じゃわかりにくいが、スカイガーデンの街はなだらかな丘陵になっている」

「背後が山なので、まぁ当然でしょうな」

「お前、スカイガーデンの中に入ったことはあるか?」

「いえ、ありませんな」

「あの城門の中に、百万前後の人口――おそらく住宅は密集していて、道は狭い。坂を階段にされるだけで、おおよその攻城兵器は動かせなくなる。そのことをわかっている大隊長は?」

「バンダ、ゲールニッツと私だけでしょう。開発畑の人間は理解できるでしょうが、あとは兵器を使うのが上手かったり好きな奴だけ。使い方を本当の意味で理解している者はいないでしょうな」

「そうか・・・負けたな」


 シルヴノーレが早々に敗北宣言をしたので、トレヴィーもこれにはぎょっとした。勝ち戦ど真ん中、誰もが勝利を信じて疑わない攻勢の中、その流れを作り出した当人が負けを宣言するとは想像もできなかった。

 だが、シルヴノーレは何の感慨もなく、説明を始めた。


「オレははっきり言って戦争は嫌いだ。今じゃ攻城兵器なんぞを求められて作っているが、本来作りたいものはそうじゃねぇ。もっと平和を生み出す道具なんだ。知ってたか?」

「はぁ、まぁ団長の工房の図面を見ればなんとなくは」

「それがわかっているのは数人だけだが、おかげさまで戦争には詳しくなっちまった。戦争のさなか、一番やべーのは勝って浮かれている時だ。大抵は少し勝って、少し負けて、戦争は終わるもんだ。だけど、思った以上に勝ちすぎると、ドツボにはまる」

「ドツボ・・・全滅すると?」

「下手すりゃな」


 シルヴノーレは天幕の図面をがさりとまとめると、無造作にたたんで荷物をまとめ始めた。その支度を見てぎょっとするトレヴィー。


「団長、まさか逃げ出すおつもりで?」

「当然だ、負け戦に付き合わされて処刑されるのなんざまっぴらごめんだからな」

「処刑? 傭兵をですか? まさか」

「お前、シェーンセレノを舐め過ぎだよ。賢人会にはオレも参加しているからちょっと知っているが、あの女に人間らしい情を期待するな。なんなら、十分稼いだからと傭兵契約を解除して後方に行った連中を調べてみろ。碌なことになってねぇぞ。まだクラウゼルやコーウェンの方が可愛く見えらぁな。それによ」

「それに?」

「お前、あの女が人間に見えるのか?」


 シルヴノーレの言葉にぞくりとしたトレヴィー。たしかに最初に見た時、あまりの完璧さに見惚れた。年齢を感じさせない造形、その知性と柔和さ。まるでよくできた彫像が動いて話しているようだとは思ったが、まさか本当にその通りだとでもいうのか。

 トレヴィーには芸術に関する知識もあれば、なんなら芸術家として活動していた時期すらある。それでは食っていけないし、才能もないからやめてしまったが、シルヴノーレは自分以上の何かをシェーンセレノに感じ取ったのだろう。

 シルヴノーレは彼女には珍しく、ため息を小さく吐いて諦めたような表情をしていた。


「しばし世の中から離れている最中に、人間ってのは質が下がっちまったのかね。少なくとも、この合従軍には真贋が見分けられる人間はいないようだ。まだ獣人の王様の方がマシってもんさ」

「それは私も感じていますが、だからとって傭兵団の仲間を見捨てるつもりですか?」

「仲間? よく言う。もちつもたれつの、利害関係だけだろが。それでもまぁ、寝覚めが悪いのはたしかだからな。こんなものを用意してある」


 丸めた図面の一つをぽいと放り投げてトレヴィーに寄越すと、トレヴィーはそれを見て顔をしかめた。そこにある一つの理論を理解はできるが、それだけに信じられなかったからだ。

 シルヴノーレは意地悪そうに、トレヴィーの反応を眺めていた。


「意味はわかるな?」

「はい。しかし、実行できるかは・・・」

「確実じゃねぇよな? わざとそうしているんだ。コーウェンがいたらまた別かもしれないが、シェーンセレノにそれだけの能力があるかどうか見ものだぜ。あの女の表情が歪んだら、覚えて報告してくれよ。ちっとは溜飲が下がらぁな」

「何と趣味の悪い――代わりに不興をかった私は処刑されるのですか」

「そんなことにはならねぇよ。それでも身の危険を感じたらこれを開けろ」


 シルヴノーレがひょいと黒い小箱を投げてよこした。細工が施してある小箱のようで、ちょっとしたコツを知らないと開かない箱だ。トレヴィーなら苦も無く開けるだろうが、一般人ではどうか。下手に開けると中身が台無しになる仕掛けもあるかもしれない。


「これは?」

「城攻めの極意が書いてある。二の門が突破できなければ、シェーンセレノは喉から手が出る程欲しがるだろうさ」

「極意?」

「知れば、落とせぬ城はこの世に存在しない。オレらのおまんまのタネもなくなるだろうな」


 極意――そんなものがあるのかとトレヴィーは訝しんだが。シルヴノーレはいたって真面目なようだった。


「それを見せたら城攻め屋はお払い箱だ。開ける交換条件に撤退を要請しろ。さすがに公衆の面前で契約した相手を殺すことはすまい」

「それで、我々はどうするのです?」

「オレのとこに来るといいさ。んで、イェーガーにでも再就職するか。きっと面白ぇぞ」

「んなっ!?」


 節操のない提案に、カラカラと笑うシルヴノーレ。だがその笑い方が冗談ではなく本気だと知っているから、トレヴィーは唖然として彼女が立ち去るまでその場で呆然としていたのだった。



続く

次回投稿は、4/17(日)17:00です。

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