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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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開戦、その10~城門前⑩~

***


「なんだ、あっけねぇ。もう落ちたぜ」

「本当にトレヴィーの野郎、あんな連中に不覚を取ったのか?」

「大隊長から降格だな」


 げらげらと笑うのは、『城攻め屋』プラフィールモロトの大隊長たち。彼らは既に西、東の門を陥落させ、南ももうすぐ攻め落とすところだった。

 以前アルフィリースが戦った時とは違い、今回は団長を含めた大隊長9名が勢ぞろいしている。団員の総勢はおおよそ5000名だが、その時々の依頼によって他の傭兵団や個人活動する傭兵も仲間に加えるので、正確な総勢は誰も知らない。今回は20000人ほどの規模で、このローマンズランド首都のスカイガーデン攻めに参加している。

 これだけの規模の人数が集まったのは、ひとえにシェーンセレノの金払いがよいおかげだ。通常の依頼の3倍から4倍の報酬に加えて、食事と装備手当、日当つき。しかも、不利を悟ったら契約交渉のうえ、離脱も可能ときた。この条件で動かない傭兵はいない。

 大陸最大規模の傭兵団はミュラーの鉄鋼兵で間違いないが、それ以外にも有象無象の傭兵団は多い。各ギルドを維持する最低戦力、その他の長期依頼を受けていて離脱できない傭兵以外のほとんどが、現在この戦場に集結していると言っても過言ではなかった。


「しかし、ここまで簡単に落ちるとはな・・・スカイガーデンの難攻不落の神話も、今日でおしまいか」

「そもそも、本当に難攻不落だったのか? 噂なんてのは、だいたいが大袈裟なものだぜ」

「従属国の存在も含めて、誰もこの国を本当に攻めたことはないんだ。ま、現実味のない話だったんだろうな」


 大隊長たちが口々に風呂敷を広げていたが、増長するのも無理はない。

 彼らの団長が考えた新作の攻城兵器の成果は上々で、まさか耐火処理と闇夜に紛れるように漆黒の木材を使ったうえで、組み立て式の巨大井蘭車を作るとは大隊長でさえ思わなかった。思いつきとぶっつけ本番でそれを成功させる団長を、彼らは尊敬していた。

 ただひとり、アルフィリースと直接対峙したトレヴィーだけが、この結果を遠巻きに眺めて団長の元に戻っていった。


「団長、シルヴノーレ団長」

「なんだ、上手くいかなかったのか?」


 天幕の中、さらに仕切った向こうから女の声で返事があった。男勝りで不機嫌なその声が聞こえると、トレヴィーはどうしても委縮してしまう。大隊長には色んな性格の者がいるが、戦闘ではなく同じ物づくりを主作業とするトレヴィーは、出会った時からこの団長に頭が上がらない。

 最初にシルヴノーレが製作物の図面を引くのを見た時、トレヴィーは感動と衝撃で漏らしそうになった。そのくらい鮮やかで、斬新で、手際よく次々と製作物を生み出す怪物。女でなければ、ドワーフと巨人のハーフでなければ。彼女が男尊女卑の建築の世界で、もっと名を残すべき偉人になったのは間違いない。


「いえ、上手くいきました。上手くいきすぎて――」

「不安になったのか?」

「はい」

「入れ」


 シルヴノーレに呼ばれて入ると、天幕の奥は煙草の煙で白んでいた。煙をくゆらせる眼帯、赤茶色のざんばらの髪を一つにくくった山賊のような女が、城攻め屋プラフィールモロトの団長シルヴノーレだ。

 その姿や実体を知る者は少なく、大隊長ですら滅多に顔を合わせることはない。巨大な傭兵団でありながら、特定の拠点を持たないプラフィールモロトにおいて、団長の住処と作業場を知る者は限られる。トレヴィーはその数少ない一人だった。

 そのトレヴィーでさえ、ギルドの依頼を定期的にシルヴノーレと相談するくらいで、ある日突然郵便で仕事が寄越されることもあるし、先のクライアとヴィーゼルの戦も、そうやって団長代行として出陣したのだ。本来なら技術者としてトレヴィーが陣頭指揮を執ることはなく、戦闘担当の大隊長と仲間がいなかったせいで一敗地にまみれることになった。おかげで、とんだ赤っ恥をかいた。

 その結果すら、シルヴノーレは「そうか」の一言で済ませた。彼女にとって団の実績よりも、自分の兵器がどのくらいの効果を上げるのかの方が余程重要のようで、まして団員の喜怒哀楽など二の次なのだろう。だからトレヴィーもさしてシルヴノーレに期待することはないのだが、今回は様子が少し違っていた。

 シルヴノーレの兵器は充分な成果を上げたが、その表情は冷めたままだった。今までは口の端を小さく歪めるか、それとも一層不機嫌になるかどっちかだったが、どちらでもない表情は初めてだった。

 シルヴノーレが地図を机の上に広げて、ひたすら睨みつけて動かない。


「・・・上手くいっちまったのか」

「いっちまった、とはまたどういうことですか?」

「もうちょっと抵抗されると思っていたよ。相手には魔女や魔術士が大勢いるんだろ? それに飛竜だって。だから、次の策も考えていたんだが」

「無駄になったことを悔やんでいるんですか」

「それも多少あるが、嫌な空気だ」


 シルヴノーレが地図を睨みながら呟くように、不安を口にした。トレヴィーの知る限り、このような態度をシルヴノーレが取ったことは今までにない。



続く

次回投稿は、4/15(金)17:00です。

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