開戦、その9~城門前⑨~
「大隊長、敵陣の篝火が少なくありませんか?」
「うん?」
月は2つとも隠れている。だからローマンズランド側では篝火を増やしたのに、合従軍側はほとんど篝火が見えない。夜襲をするとして、まさか全員で休息をとっているわけでもあるまい。
違和感が走った。篝火が少ないのではなく、『見え方』がおかしい。篝火のある部分と、ない部分があまりにもくっきりと分かれている。
「センサーの連中からは何も報告がないのか?」
「イェーガーは城内での仕掛けと休息で今はいません。軍のセンサーが哨戒に当たっていますが、200歩以上の索敵は相手のセンサーや魔術の妨害で届かず――」
「休憩中の奴らも哨戒させろ、奴らが来るぞ!」
大隊長の叱咤と同時に、耳障りな音が聞こえてきた。キュラキュラキュラ――と、巨大な荷馬車を引くような音がし始めた。
大隊長と副官が同時に闇夜に目を凝らす。篝火を増やしてなお、闇夜は深く――深すぎる闇夜に一瞬だけ月明かりが射した。その瞬間、目の前に煌めく星々。それが月明かりを受けた武器の反射だと気付くと、大隊長が叫んでいた。
「総員、戦闘準――」
《雷塊砲》
大隊長の傍に颯爽と出現したアルフィリースが、巨大な稲妻を放った。今まさに橋頭保をかけようとした巨大な漆黒の井闌車が、兵士ごと吹き飛んだ。がらがらと盛大な音を立てて崩れ落ちる井闌車から、人が悲鳴を上げながら落下していく。井闌車の巨大さは門を超えており、取りつくだけで門が陥落するところだった。
「間一髪だったわ」
「団長、油断しない」
アルフィリースに向けて飛んできた矢を、ルナティカが素早く掴んでいた。だが驚くのは大隊長と副官だけで、アルフィリースには驚いた様子もなかった。
「兵器は囮で、腕利きの狙撃弓兵に私を狙わせていたか」
「複数いたけど、残りはリサが命じてシーカーに排除させた。これは隠れ矢」
「じゃあミュスカデや魔術士部隊を並べて巨大兵器を迎撃するのは、愚策になるわね」
「暗闇に明かりを灯すようなもの。狙ってくれと言わんばかり」
ルナティカが矢を片手でへし折りながら肯定した。アルフィリースは背を低くしながらくるりと大隊長に近づくと、静かに告げた。
「と、いうわけでイェーガーは城内戦の準備に入ります。ここを半刻程もたせていただいてよろしいでしょうか?」
「そ、それは無論だが――」
思わず引き受けた大隊長に、アルフィリースは意外そうにしながらも、美しい笑みで返した。思わず大隊長も副官も、どきりとするような蠱惑的で闇に融けるような微笑みだった。
「あら、頼もしい。半刻でも命がけですよ」
「は?」
「まだまだ彼らは来ますから。それではよろしくお願いします」
アルフィリースが大股で直垂を翻しながら去っていく。その直後、キュラキュラキュラ――と、何台もの井闌車の音が聞こえてきた。応戦する城門の兵士たちが大騒ぎするのは、最初の井闌車が橋頭保をかけ、鬨の声が上がってからだった。
その声を背後に聞きながら、アルフィリースは足早に移動する。城門の階段を駆け下りると、そこにイェーガーの幹部たちが並走するように集結した。
「やられたわ、あれが城攻め屋の本命だったのね。いままでのちゃちな攻城兵器は、これを想像させないためか」
「どこであんなもの造りやがった? 日中の敵陣偵察でもなかったはずだぞ?」
「ローマンズランドは竜騎士と天馬騎士があるから制空権を握っていて、相手の情報は筒抜け――そんな思い込みを逆手にとったのね。あれは陽が沈んでから作ったのよ。予め部品ごとに作っておいて、最後に組み上げれば不可能じゃないわ。短い距離だけ動けばよいのだもの。あの黒塗と耐火処理が一番時間がかかるはず」
「だからって、あんなに沢山作れるのか?」
「ドワーフなら余裕でやるでしょう。城攻め屋の器用さが、ドワーフ並みということよ」
「西、東、南――全ての方向から10台以上の攻城兵器が接近中です。まもなくどの城門も陥落ですね」
リサが無慈悲に告げた事実に、幹部たちが渋い表情になる。だがアルフィリースだけは馬を指笛で呼ぶと、それにひらりと跨った。
「予定より2日早い。でも、予想できた展開だわ。まだ予想の範囲外じゃない。城内戦に移行するわよ」
「では手筈通りに。もしそれまでに、城門の兵士の撤退が間に合わなければ?」
「残念だけど、救出は困難だわ。味方の撤退と共に、敵になだれ込まれたら防ぎようがない。可能ならば救うけど、半刻後までに撤退できなければ投降してもらった方が安全と思う。もちろん、イェーガーの面子も同様よ」
「了解しました、ではそのようにします」
「時間を合わせて。きっかり半刻後に始めるわ」
全員が用意していた砂時計をさかさまにする。それを確認して、全員が頷き合う。
「武運を、精霊にかけて」
「「「「精霊にかけて」」」」
唱和した面子が、それぞれの持ち場に散っていく。
続く
次回投稿は、4/13(水)17:00です。