開戦、その7~城門前⑦~
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「改めて見ると、スゲェな」
「さすがのロゼッタも、これほどの戦は未経験だものね?」
「当然だろ。せいぜい一万程度のどつきあいに参加するのが精一杯だったよ」
スカイガーデン第一層の城門を守備しながら、ロゼッタが辟易していた。眼下には、雲霞の如き合従軍の大軍がいる。魔物の群れの方が実際には多かったわけだが、いかに統率されていたとはいえ、所詮は魔物の軍団だった。規律にも限界が見られたことは否めない。
対して人間の軍団は整然と行進し、規律が乱れない。能率と効率を極限まで高めた戦い方は隙間なく、的確にローマンズランド側の隙を突いてくる。
防衛戦4日目。昼となく夜となく繰り返される進行に、そろそろ防衛側の集中力が切れそうになってきていた。
守備側も交替しながら休憩しているが、攻められながら十分な休息を取れるわけではない。目が覚めた時に城門が破られていて、目の前に敵がいたら。いやいや、目を覚ます前に首を落とされていたら。そんな想像をする兵士は一人や二人ではない。
ロゼッタが水を飲み干しながら、アルフィリースと相談する。
「城門を挟んだ防衛戦じゃあ、知っての通り防御側が絶対的に有利だ。休むにしろ戦うにしろ、上から物を落とすだけでいいんだからな。この高い城壁を見ただけで、普通はげんなりするわな」
「普通は?」
「おう。ローマンズランドは、いったい何人でこの都市を防衛するつもりだったんだろうな?」
ロゼッタの指摘はもっともだった。ローマンズランドが最初に南下を始めた時、その軍団の総勢は50万という話だった。だがそれは農民からの徴収兵を集めての話で、常備軍は30万前後しかいなかった。
それでも大陸最大規模であることには違いないが、南、東、西と三か所に渡って敷かれた頂戴な城壁は、現在の15万程度の軍団をもってしてもとても守れるものではない。防衛戦の経験がある者たちは、互いに顔を見合わせて不安そうな表情をしていたのだ。
「こんなだだっぴろい城壁、守ろうとしても守れるもんかよ。守るなら最低20万、普通に考えりゃ30万は必要だ。休みも補給もなく戦えってんのなら、15万でもやれるかもな。ただ、数日が限界だ。敵さんの方がよくわかってらぁ。だから休みなく押し寄せてくるし、夜も太鼓や銅鑼で休ませねぇんだ」
「民衆が協力してくれることを前提にしていたのかしらね」
「その民衆からの支持を失ってんだ。どうしようもねぇだろうよ」
ロゼッタが吐き捨てるように言った言葉に、すれ違うローマンズランドの兵士たちが敵意の籠った視線を向けたが、ロゼッタは一向に気にした様子もない。
「それに気になることはもう一つある」
「何?」
「城攻め屋の本隊がいねぇ。どこにいやがるんだろうな」
傭兵団、『城攻め屋』プラフィールモロト。クライアとヴィーゼルとの戦で邂逅した彼らだが、大陸でも高名かつ大規模な傭兵団。戦場を専門とし、特に難しい城塞攻めをかってでる稀有な連中。
数々の戦術や攻城兵器に苦戦したが、アルフィリースは彼らに勝利した暁にその飯の種とでもいうべき、攻城兵器の理論をいただいてしまった。掟破りだとして随分な言われようもしたが、あの時相手には本隊がいなかったことも聞いている。
その本隊を合従軍はやっていることも知っている。先の魔物相手には活躍の場面もなかったようだが、今使わずしていつ使うのか。ロゼッタとアルフィリースはそれを訝しんでいるのだ。
「いや、ちらちらは見かけるんだぜ? 以前戦ったことのある兵器や城に取りつく道具はみかけるからよ。正直、アタイらの武器だって連中のものを見よう見まねで取り込んだものだってあるわけだし」
「小さな井闌車や、梯子車くらいかしら?」
「そこからさらに梯子をかけるのは、普通の城攻めなら有効だわな。だがイェーガーには魔術士が多い。ただ油をぶっかけて火をつけるだけなら対抗策はいくらでもあるが、普通の材質は魔術には対抗できねぇ。無駄なのはわかっているはずだ」
「地下坑道を掘っている可能性は?」
「ローマンズランドの岩盤は鉄を多く含んでいるからな。塩気が多くて、水分も少ないから堅い。それに、こんな巨大な城壁なんだ、基礎もしっかりしてんだろ。んなもん堀り進めている間に、本格的な冬が来ちまわぁ」
ロゼッタの言ったことはいちいちもっともで、当然将軍たちが集まる会議でも同じような意見は既に交わされていた。城門の内側には水路もあるので、万一敵が地下坑道を掘ってきても、水が流れ込んで水没するだろう。それに、城門前は見渡す限り荒野で、そんなことをしている様子もない。
そんな議論を交わしているうちに、敵が撤退の合図をした。まだ陽は傾き始めたばかりだが、先に敵の方が撤退を始めたのだ。妙な流れに、アルフィリースやロゼッタだけではなく、一般兵士や傭兵たちまで顔を見合わせた。
「・・・妙だな」
「そうね。ごり押しするなら、徹底的にやらなきゃあいけないはずだけど。夜襲かしら?」
「間違いねぇ。だけど攻め手を減らして、夜に攻勢をかけるだけでもいいはずだぜ? 敵の手が読めねぇな」
「秘策があると見るべきかしら」
「だが、その秘策がわからねぇ」
怪訝な表情をする2人の元に、クラウゼルが出現した。
「ふむ、ここで攻勢が止むとはよくない徴候ですね」
「どう見る?」
「相手の準備が整ったとみるべきでしょう。それが何かは私にもわかりませんが」
「策士様にもわからんのかよ」
「全知全能になったつもりは毛頭ありませんよ。そんなものはつまらないですし」
眉間に皺を寄せる仕草が、出会った頃のカザスのようだとアルフィリースは思った。
「ともあれ、今のうちに主たる面子は休息をとっておくことをお勧めします。夜襲があるのは確実でしょうから」
「もちこたえられると思う?」
「厳しいでしょうね。彼らは三か所のうち、一つでも突破すれば勝ちだ。この城門が落ちた時に備えておきましょう」
「前線から逃げるのかよ?」
「人聞きの悪い、あくまで備えをしておくのですよ。そちらのアルフィリースだって、備えをしているのでしょう?」
クラウゼルの言は嫌味ではなく、事実だった。アルフィリースとて、何も備えをしていないわけではない。だが、準備期間が圧倒的に足りない。
「・・・2日早いなぁ」
「そうか。まだ雪は本格的になりそうにねぇぞ。いけるか?」
「無理でも、やるしかないでしょう。これは戦争なんだから」
「ちげぇねぇ。戦争ってのは、より脳筋な方が勝つからよ。知性派のアルフィには厳しいかもな」
「いつ私が知性派になったって?」
「そういや、アタシをやったときはこれ以上ないくらい脳筋だったな。懐かしいぜ」
へへっと笑って前を歩くロゼッタを見て、少し昔を懐かしむアルフィリース。一段と冷たくなった風が彼女たちに吹き付けたが、まだ雪が本格的に降り始めるのは先のように思われた。
続く
次回投稿は、4/9(土)17:00です。