開戦、その6~城門前⑥~
「おらぁ、バカウサギ! 何勝手に動いてやがる!」
「いったぁ! ジジイ、セクハラだぞ!? 嫁を2人も手に入れておきながら、欲求不満か?」
ミレイユが涙目で不満を訴える。かつて三月ウサギとして全力で戦い、仕留められなかったのはヴァルサスだけだが、このベッツにはそもそも戦いにならなかった記憶がよみがえる。戦おうとして間を外され、そして暴走しそうになると足をかけられ、尻を叩かれ、散々な目に遭わされてきたミレイユ。だからこそ、このブラックホークにいまだ所属しているし、完全にイカレてしまっていないことも自覚できている。
親にも一族にも疎んじられたミレイユにとって、ベッツは信頼のおける親以上の存在だった。そのベッツがカンカンになって、ミレイユの前にいた。とはいえここは戦場なのだから、広大な戦場から戦いに巻き込まれることなく、脱兎のごとく逃げ出したミレイユを見つけ出したということになるのだから、やはり頭が上がらない。人間のくせに獣人以上に戦闘の勘が働き、間を読むことができるのだ。
「獣将から連絡があったから来てみりゃあよ、ローマンズランドの本陣が後退しているじゃねーか! 予定と違うだろが!」
「知らないよ、予定なんて!」
「お前、会合の時に居眠りしてたな? あれほど聞いとけって言っただろ!」
「そうじゃなくて、『戦争の予定』なんて知らないって言ってんの! 戦争で大事なのは、これ以上戦争を激化させないことなんじゃねーのかよ!」
ミレイユが吠えたことに対し、ベッツの眉間に皺がよった。戦場ではあるが、その喧噪のせいか、ほとんどの者がこちらを気にしてはいない。ベッツは周囲でこちらを気にしている者がいないことを確かめると、そっとミレイユの肩を手繰り寄せて耳打ちした。
「お前の勘がそう告げるのか? 戦争を終わらせるなら、あのアルフィリースを殺すべきだと?」
「そーだよ。あの女、絶対ろくでもないことを企んでいるね。放っておいたら、凄い数の死人が出るよ?」
「どっちにだ。こっちか、それともローマンズランドか」
「どっちにも。この戦いが終わった時、下手すりゃ何も残ってないんじゃねーの?」
ミレイユの言い方にはある種の確信があるようだった。ブラックホークのセンサーはカナートだが、勘がもっとも冴えているのはミレイユだ。特に団が全滅しそうな時や、厄介な敵が出現した時にはミレイユの勘は超常的な冴えを見せる。依頼においてさえ独断専行をしても、多くは仲間や依頼主を守る方向に転がることが多い。グルーザルドでは、それが理解されなかったために彼女は軍を離れた経緯もある。
その行動は、多くは仲間のため。そのミレイユがアルフィリースを排除しようとした。それも、戦争を止めるためだと言う。戦争を止めるために、中核となる人物を狙うのはわかる。だがそれが一介の傭兵だとは。ベッツにすら初めての経験だったが、ミレイユは真剣なようだ。
ミレイユの肩に回す手にも、力が入る。
「・・・あの女を排除すべきだと思うか?」
「そう思うけど、もー無理だね。同じ失敗を2回するほど迂闊じゃないだろうし、そもそもあのタイミング以外で奇襲は無理だった。戦争は継続されるさ」
「そうだな。それに、どのみちアルフィリースをやるのは道義に反する」
「なんで?」
「俺たちへの依頼主だからだ」
ミレイユが一瞬目を見開き、どこか納得したような表情になった。
「あぁ・・・だからヴァルサスとグロースフェルドは別行動なのか。戦争なのに、グロースフェルドやカナートがいないのはおかしいと思った」
「アマリナやグレイス、それに1番隊と3番隊はこっちだけどな。ゲルゲダやファンデーヌにもまた別行動をさせた。適宜入れ替えるが、ヴァルサスの方は少数がいい。あまりおおっぴらにはしたくないからな」
「どこに行ったかは、アタシたちにも教えてもらえないんだ?」
「それはルイたっての希望だ。今回ばかりはルイが正しい。アルフィリースの依頼がなくても、行っただろうしな」
「ふーん? 不器用だよね、ルイもさ。傭兵に身をやつしたくせに、まだ故郷に未練がある」
ミレイユが流れ矢を蹴り落としながら、ため息交じりに呟いた。ベッツはアレクサンドリアには未練がないが、ディオーレにこだわっていたので、何も返す言葉がない。
「じゃあ副長、この戦争でアタシたちはやることがないのか? それとも適当に過ごしておくべき?」
「いや、それがそうも言ってられなそうだ。俺たちには俺たちで、やることがある」
「それ、アタシが知らない方がいいやつだね?」
「お前は嘘が苦手だ。余計なことは知らない方がいいだろう」
「じゃあそうする。副長がいるなら、それなり以上に重要な案件なのはわかるよ。でも、アタシはマジでやるよ? 戦場は久しぶりだし、グルーザルドがいる以上、アタシの実力の誤魔化しもきかないだろうし」
「お前はそれでいいぜ」
「7日だ」
ミレイユがスカイガーデンの門を指差しながら告げた。
「7日あれば、あの門は落とせる。城攻め屋の本隊が来てるから。さっきの地上軍で全部に近いなら、どうやったってそれが限界だね。それ以後のことはまた別だけど」
「7日か・・・ヴァルサスの野郎、大丈夫か?」
「中の様子と、それ以降の敵の奮戦に期待するんだね。でも、この戦力差。後方でアルネリアが積極的に回復や支援もしてくれる状態じゃあ、損耗を気にせずに攻めまくれる。ローマンズランドの物資や備蓄次第だけど、どうあがいてもこの戦いはこちらが勝ちそうだ」
ミレイユの言葉はおおよそ正しい。この戦いは合従軍の圧勝で終わらなくてはいけない。対するローマンズランドには備蓄も物資も乏しく、本来戦いにならないはずなのだ。
だからこの先の戦いが行き着くとしたら、それは泥沼の消耗戦かつ殲滅戦にしかならないとベッツも考えている。
「(あるいは、それが狙いなのか――? いや、あのアルフィリースがただそんな戦をするはずはないか。どうなるのか、お手並み拝見だな)」
ベッツはそう呟きながら、今回の雇い主となったシェーンセレノの下へと足を向けていた。
続く
次回投稿は、4/7(木)18:00です。通常ペースに戻るはず、です。