剣士の邂逅、その4~進撃する剣帝~
「そういえば」
「何です?」
サイレンスが突如として口を開く。既に歩みを始めていたティタニアは、虚をつかれたように、中途半端に空中で足を止める羽目となった。
訝しむティタニアが振り返る。
「まだ何か?」
「ティタニア、なぜ貴女はブラックホークと接触を?」
「ああ」
それがどうしたとでもいわんばかりに、ティタニアがやや面倒くさそうに返事をする。
「気になるではないですか。今の時代で最強と呼ばれる者が、どのくらいの実力なのか」
「それは、貴女が最強の名を冠する剣士だからですか?」
「そう・・・ですね」
ティタニアが軽く微笑みながらサイレンスに話しかける。
「少し違うでしょうか」
「どのように?」
「私が彼に会いに行ったのは、我が一族の義務です」
ティタニアが大剣をすらりと抜き放ち、コネリトの木の前に立つ。
「義務・・・とは?」
「貴方に話す義理はないと思いますが?」
「これはつれない」
サイレンスが至極残念そうな顔をする。その表情がまたわざとらしく、ティタニアは気分を害するのだった。
「で、彼らはどうでしたか?」
「そうですね」
サイレンスの質問に、ティタニアがブラックホークの面々の顔を一つ一つ思い出す。そして、最終的に彼女がつまらなさそうに口にした言葉は。
「大したことはありませんでした」
「ほう?」
その言葉には、サイレンスも興味をそそられたようだ。
「大陸最強の傭兵団が、大したことはないと?」
「いえ、少し語弊がありますか」
ティタニアが掌を木に当てる。樹齢1000年に及ぶその木は、ティタニアのはるか頭上までその背を伸ばしている。
ティタニアはそっと目を閉じ、集中力を高めながら語る。
「もちろん彼らは強いです。人間などという寿命の短い種族にしては、ですが。しかし彼らは既に完成されている。これ以上は強くならないでしょう。どうあがいても、私の腕の一本を奪うのが精一杯だ」
「それは十分強いのでは?」
「団の全滅と私の腕一本では割に合わないでしょう。私は不死身ではありませんが、落ちた腕元に戻す方法くらいは知っている」
「なるほど」
「私を越えるほどの剣士は現れないのでしょうか・・・」
サイレンスが納得すると同時に、ティタニアが悲しみを口にした。その悲しみを紛らわすかのように、ティタニアは木を掌底で押す。まんべんなく木を伝う衝撃は、幹から枝へと伝わり、まだ緑の若い葉を多数宙に舞わせる。
ティタニアは木の葉舞う中に立ち、剣を正眼に構える。そしてティタニアの剣が一瞬揺れた直後、宙を舞う木の葉乱舞が一瞬止まったかと思うと、ティタニアは剣を収め再び歩き出した。何事が起きたのか理解できないサイレンスは、彼女の後を慌てて追いかける。
「今のは何を?」
「剣の鍛錬の一環です。昔、『宙を舞う葉を切ってみろ』と兄に言われ、ずっとその鍛錬を行っているのですが・・・勘が鈍っているようです」
「?」
サイレンスが何のことやらわからず振り返って木の葉を見ると、100を超える木の葉が一斉に真っ二つになったのだった。信じられない光景に目を見張るサイレンス。
「まさか・・・これを全部斬ったと?」
「いえ、3枚ほど3回斬ってしまいました。全て真っ二つにしなければならないのですが。粗いですね、技が」
「・・・恐ろしい事を」
「そうでもありません、この手法には一応タネがあります。また、子どもの頃より900年近く続けた日課です。このくらいはできて当然ですよ」
サイレンスもまた、こともなげに100枚の葉を別々に斬ってみせるティタニアに恐れを抱く。そうして二人は互いにそれぞれ何ともいえず複雑な感情を抱きながら、目的地へと進むのであった。
***
「さて、着きましたよ」
「ここですか」
転移を完了したティタニアとサイレンスの眼前に見えるのは、リヒトン砦。ここは辺境ではあるものの、常に堅固に守備兵が守っているとされる要塞である。常駐する兵士は500以上。堀は深く塀は高く、かなり堅牢な砦だと言っても過言ではない。
塀の上には、武器を持って巡回する兵士達の姿が見える。
「どうされるのです?」
その堅固な守りに、サイレンスが難色を示す。いくらなんでも、ここを正面突破するのはかなり骨が折れるだろうと彼は想像するのだ。だが、
「当然、正面から突破します」
大かた想像通りの答えがティタニアから返ってきた。その彼女に向けてため息をつくサイレンス。
「想像通りですけどね。もうちょっと策とかはないのですか?」
「ありません。オーランゼブルからの指示は、『強奪しろ』でした。それは『派手にやれ』と同義では?」
ティタニアが背中の黄金の剣を抜き放つ。
「それにこっそりやるならヒドゥンでよいのです。私が呼ばれた意味は・・・そういうことでしょう?」
「そうだとして、あの要塞の中にどうやって入るのです?」
「城壁ごと、門を斬ります」
あまりといえばあまりの答えに、さしものサイレンスも開いた口がふさがらない。
「いや、それは・・・しかし」
「何をもごもごと言っているのです?」
「あの門を突き破るには、どのくらいの魔術を用いる必要があるとお思いで?」
城壁には大抵、対魔術処理が施してある。サイレンスが全力で魔術と使っても、城門を破ることはできないだろう。
だが、そのような疑問はティタニアには無用だった。なぜならば。
「魔術など、不要。この剣一本で、全てが足りる」
「なんですって?」
「呪印、解放」
ティタニアの右腕が光り輝く。文字は彼女の心臓から右腕に向けて出現し、右腕に螺旋を描くように走り、手首で先端が一致する。彼女の着ている服は一見普通の服だが、特殊な加工が施された服である。物理防御は並の服と同じだが、特に対魔処理能力に優れ、彼女が呪印を解放しても焼き切れないようにと配慮して作られたものだ。
その右腕に輝く呪印が、服の下から透けて見える。その様子を見て、サイレンスが驚嘆する。
「それは・・・」
「見ての通り呪印です。もっとも、私の場合アルフィリースのように封呪だけでなく、強化の意味合いもありますね。彼女の呪印に比べ、より発展したものと受け取っていただいて間違いないかと」
ティタニアが剣を腰に構え、先を地面につける。いわゆる居合いの構えだ。
「さて、呪印を使うのは久しぶりですからね。加減がわかりませんが、一発・・・いや、二発か?」
ティタニアがぴくり、と反応する。そして剣を居合いのように腰に構えるが、鞘ではなく、少し足を横に開き、腰を落として太腿を剣の支えとする。当然切っ先は大地に沈むが、これがティタニア流の居合いの構えである。
大剣を使っての居合い。まずその発想自体が普通の人間にはない。だれに教えられたわけでもなく、彼女は気の遠くなるような年月の鍛錬の中、この技術を完成させた。
「一撃必殺・・・はああ!」
ティタニアの静かな気合から、殺気と共に発せられた斬撃が衝撃波となって地面を走る。同時に、剣を振り抜きざま大上段に構えなおし、今度は剣を振り下ろした。
「せあああっ!」
先ほどの地面を走る衝撃波を、宙を飛ぶ斬撃が追いかける。抵抗のない分空中の斬撃がやや速いのか、ちょうど城壁の所で斬撃が追いつき、同時に城壁に直撃した。もちろんティタニアがそうなるように狙って放ったのである。
そして、凄まじい衝撃音と共に、厚さ数mはあろうかという城壁は、見事に打ち貫かれていた。その成果を遠目に見て剣を一振りし、鞘に収めて歩きだすティタニア。
「行きましょうか、サイレンス」
「・・・はっ」
その後に大人しく続くサイレンス。名のごとく、あまりのティタニアの斬撃に彼は言葉を失くしていた。
「(なんという女だ。城壁を剣で貫くとは)」
「む、不覚ですね」
ティタニアがぴたりと足を止める。
「どうしました?」
「いえ。一撃でなく、二撃でしたから。『二撃必殺』と言うべきでした」
そのどこか的外れなティタニアの懸念に、またしても驚かされるサイレンスである。
***
城壁に中にティタニアが足を踏み入れる頃、城の中はパニックだった。突然城壁が粉砕され、多数の死傷者が出たのだ。何事が起こったのかと上官達は原因を追及するも、まさか女が剣で貫いたなどわかるはずもなく、見張り台から見ても周囲に見当たらない敵影に、あたふたとするばかりだった。
軍にいるセンサーに周囲を探らせようにも、当然敵兵の姿など見当たるはずもない。センサーはこちらに近づくティタニアとサイレンスの事は捕えていたのだが、上官に「敵影を探せ! どこかに魔物か軍隊が潜んでいるはずだ!」などと血走った目で叫ばれて、こちらに歩いてくる人間2人がいるとは言いだせなかった。センサー達もまた、まさか二人でこの砦に攻め込んでくるとは思いもよらなかったのである。
兵士達は兵士達で突然の出来事に右往左往し、ある者は城壁の崩落に巻き込まれた仲間を助けようと必死になり、ある者は逃げ出し、ある者は意味もなく鎧兜に身を固め、またある者はその場で呆然として佇むだけだった。
そのような混乱した砦の状況において、崩落した城壁のせいでもうもうと土煙りが立つ中、その中に仲間を救出に向かった兵士達から叫び声が聞こえた。何事かと思った兵士達が動きを止めて土煙の方に注目すると、続いて煙が風に押されるように消し飛んでゆく。その中から悠然と姿を現したのは、当然のごとく、ティタニア。
突然の女剣士の出現に全員が息をのむも、その理由は様々だったかもしれない。出現自体に驚く者、ティタニアの美しさに目を奪われる者、剣についた血糊に気付いた者。だが、理由はどうあれ誰しもが彼女に目を奪われた事は間違いない。そして、彼女はゆっくりとだが、確かに全員に聞こえるように声を発した。そう大声を出したわけでもないのに、不思議な事である。
「この場にいる皆様方に申し上げる!」
凛とした声が響きわたる。
「私はティタニア。故あって、この砦で保管されているグラムロックを頂きに参上しました。なお、皆様方には真に遺憾ながら、今から死んでいただく。10秒待ちましょう、各自遺言と祈りを済ませなさい」
そうするとティタニアは地面に剣を刺し、目を閉じる。その言葉に一同唖然としたが、隊長格らしき壮年の兵士がいち早く我に返り、反論する。
「ふざけろ貴様! 何の権利があって、そのような事をほざく!?」
「7・・・6・・・」
「なんとか言え!」
だがティタニアは微動だにしない。たまりかねたその男が、ティタニアに大股で歩み寄り、彼女の肩をつかむ。
「2・・・1・・・」
「何とか言え、女!」
ティタニアが剣の柄を握り直す。
「0」
その言葉と同時に、兵士達の中を衝撃が駆け抜けた。そして、彼女の半径20mにいたものは、一言も発することなく上半身と下半身が泣き別れることとなる。
一時に血の海と化した門の前の広場に、生き残った兵士達の絶叫がこだまする。武器を取る者、逃げ出す者、状況が理解できない者。それらを尻目に、ティタニアは冷静にサイレンスを呼び付けた。
「サイレンス」
「なんでしょうか?」
サイレンスがふわりと黒のローブをたなびかせながら現れる。ティタニアは彼の方を一切見ない。それは彼を疎んじているからだけではなく、既に彼女が戦闘態勢に入ったことを示していた。
ティタニアは剣で地面を刺すと、衝撃波をセンサーのように利用して砦の人間をおおよそ把握する。1km程度なら彼女も気配を逃さないが、戦闘中では万一の事もありえる。彼女もここまでの大立ち回りをするのは久しぶりなので、万全を期したかったのだ。そのためのサイレンスでもある。
「今からこの砦の人間を全滅させます。およそ500人というところでしょうか。逃げ出す暇すら与えないつもりですが、万一私の手を逃れる者がいたらお願いいたします」
「いいでしょう」
「では」
それだけのやりとりで、ティタニアは大股に砦の方に歩いていった。そしてサイレンスは後ろから、彼女が無人の野を行くかのごとく人を蹴散らす様子を見つめるのだった。
続く
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