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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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開戦、その3~城門前③~

***


「出陣だ、準備をしろ!」

「整列させながらついてこい、遅れると致命的になるぞ!」


 チェリオが指揮を執る前に、さっさとドライアンは一人で駆けだしていた。南方の戦線

に最近でこそ自ら赴くことが少なくなったドライアンだが、自ら出撃していた頃はまず自分が駆けだし、それに軍が続くということが多かったそうだ。

 チェリオも話には聞いていたが、ここにはドライアンと戦場を駆けた古参の獣将はいない。カプルは別の方面を任されることが多く、リュンカは守備や後方での出番が多く、チェリオは獣将となってから初めてにも近い本格的な戦だった。

 ゆえに、その配下もドライアンと戦場を共にすることは初めての者が多い。若い兵士はそれに感動し準備もしていたが、いざ動き出すとなるとどうしても遅れてしまう。


「ちくしょう、隊列は走りながら整えるのかよ!」

「だからこそ、奇襲になる。王が走る時は、それなりに急ぐ時よ。しっかりついていって――」


 リュンカが走りながら、突然あらぬ方向を凝視した。よそ見をしたまま走り続けるなどリュンカらしくない行為をチェリオが指摘する前に、もっと彼女はらしくない行為に出た。


「チェリオ、私の部隊を少しだけ頼むわ」

「え!? おい、どこに行く――」


 チェリオの返事を待たずして、リュンカは部隊に向けてチェリオについて行くように合図をすると、一人だけ隊列から外れた。その足は、ある獣人の方向に向いていた。


「・・・どうしてここにいるの、ミレイユ」

「なーんだ、リュンカか。獣将になったんだってね、おめでとー」


 まるで気持ちの籠っていない褒め言葉にも、リュンカが苛立つことはない。少しだけリュンカより入隊が早い、ほぼ同世代の戦士だったミレイユ。獣人の中では戦闘に向かない種族として三指に入り、多くは輜重隊や、よくて後方支援。中には従軍娼婦とされることの多いウサギ族出身の戦士。

 それが軍属になるやいなや、入隊して初日で十人長を叩きのめし、3日後には懲罰に呼び出した百人長を半殺しにし、入隊して一月後には五百人長でも適わなくなっていた。普通なら獣将補佐となる逸材だが、誰も補佐として希望しなかったことから五百人長として功績を上げ続け、それでも問題行動の多さから功が帳消しとなり1年が経過する頃、最前線にいた獣将2人をまとめて打ち破るとそのままグルーザルド軍から姿を消した、鮮烈な女戦士。

 狂ったウサギを象徴する『三月ウサギ』の異名を与えられながらも、それを喜んだ狂戦士ミレイユ。かつて軽蔑し、密かに憧れもした女戦士がリュンカの前に立っていた。


「10年以上ぶりだわ。ブラックホークにいるとは聞いていたけど、どうしてここに?」

「それ、部隊の足を止めてまで聞くことかなー?」


 ミレイユがひらりと飛んで、少し高い幌馬車の上から戦場を眺める。リュンカの方は、まだ一度も見ていない。

 だが、質問をするリュンカの背筋に、汗が一筋流れた。覚えがある感覚。それは、ミレイユが獣将2人を叩きのめすさまをただ眺めるしかなかった時のこと。目の前で直属の上司が再起不能にされるのをただ眺めていた時の、リュンカの恐怖そのものだった。


「・・・あなたの眼が真っ赤じゃなきゃあ、ここに来てない。盛ってるんでしょ、血の匂いで」

「ははっ、数少ない友達の目は誤魔化せないなー」

「友達? 私が?」


 確かに同期だから食事を共にすることはあったし、戦闘訓練や部隊訓練でもよく一緒になったが、そこまで親しかったか。ミレイユは遠くを眺めるように、太陽の光を手で遮りながら背を向けたまま答える。


「アタシ、こんな性格じゃん? 友達いないからさぁ。まぁそこそこにでもお話ができるのは、当時からリュンカくらいのものなんだよ。ブラックホークに入ってからは友達が増えたけど、あいつらは全員私と同じでイカレ野郎ばかりだからさ。まともな友達はリュンカくらいだよ」

「・・・それって褒めてるの?」

「もちろんだよ。アタシのこの眼を見て、逃げ出さないのもリュンカとドライアンだけだった」


 くるりと振り返ったミレイユの眼は、見たこともないくらい血走って充血していた。三月ウサギ――狂った獣。全身が眼と同じく赤く染まるまで、決して止まることのない人格破綻者。

 けっしてミレイユの本質がそれだけじゃないことをリュンカは知っていたのに、去りゆくミレイユに一言もかけられなかった。そのことを後悔しない日はない。あの日、自分がもっと強ければ――暴走するミレイユを止められただろうかと思う。


「でも、止められないよ」


 リュンカの内心を読んだかのような言葉に、どきりとするリュンカ。血走った眼が、悲しそうにリュンカを射貫いた。


「アタシは止まらない、絶対に止まれない。アタシは行き着くところまで走っていって、どこかの戦場で野垂れ死ぬのがお似合いなんだ。それがもっともアタシらしい」

「そんな――ことはない」

「リュンカはそう言ってくれると思ってた」


 振り絞るように出したリュンカのなけなしの勇気は、あっさりと否定された。


「アタシは自分に死に場所をくれる人を求めている。ヴァルサスもそうだけど――彼には彼でやることがあるみたい。アタシはアタシの死に場所を求めてる。彼女は――アタシに死に場所をくれるかな? 興味があるんだよね、ヴァルサスも一目置く彼女にさぁ」

「彼女・・・?」


 それが誰のことを意味するか、リュンカは思い至り、はっとする。


「待て、ミレイユ! それは駄目だ! 彼女は――アルフィリースは!」

「この前まで味方だったからさぁ、戦えなくて欲求不満なんだよねぇ。やっぱり女同士は特別に盛り上がるじゃん? アタシさ、盛ってんだヨ。ワカる?」


 口調が変わると同時にミレイユの首がぎ、ぎ、ぎと軋むように動き始めた。同時に隆起する大腿の筋肉と、見開かれる瞳孔、そしてあふれ出る殺気。

 それでもなんとか止めようと手を伸ばして――済んでのところでミレイユが飛び出した。


「追いついたラ、殺ス。たとえリュンカでモ、殺ス!」

「――やっぱり恐ろしいな、お前は。だけど私だって、変わった――変わったはずなんだ!」


 個人では暴走するミレイユを止められないことを悟り、リュンカは部隊と合流すべく走り出した。自分はミレイユにはなれないし、求めた強さは彼女とは違う。そのことを証明すべく、またチェリオに言われたように獣将としての矜持と覚悟を示すためにリュンカは動き出した。



続く

次回投稿は、4/1(金)18:00です。

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