大戦の始まり、その68~西部戦線㉝~
「アルフィ、先ほどのやり取りは打ち合わせにありませんでしたよ?」
「でも、話の流れとしては予想通りだったでしょう? 多少は予定外のこともあるわよ」
「そうかもしれませんが、彼らと同盟を組んでもよいので?」
「まずいことはあるわね。もし彼らが本当に敗北して、その団員がまるごと我々の傘下に入った場合――イェーガーの総勢は5万を超えるわ」
五万の傭兵団。それが何を意味するかを理解できる者は、アルフィリースとリサ以外にはいなかった。歴史上最大規模の傭兵団。そして、小国の保有する常備軍を軽く上回り、レイファンとの交渉で自分の領地すら確保していイェーガーにとっては、新しい国興しにも等しい現実。当然、諸国に風当たりも厳しくなり、これから様々な国との関係性がまた変わってくることが予想される。
リサはその現実を指して、「これでいいのか」とアルフィリースに問いかけたのだ。さすがのアルフィリースにも、躊躇いは少々あった。彼らを引き受けるとなると、どこに居させるのか、あるいは分散して支部を作るのかなど考えることは山ほどあったが――それよりも、単純に彼らの今後が心配だということが先にあった。
アルフィリースは思案顔でリサに告げた。
「正直、考えなきゃいけないことは山のようにある。決して安請け合いをしたわけじゃないけど、彼らの不審を買うよりはましだったはずだわ、この場においてはね」
「・・・ミュラーの鉄鋼兵の総規模は1万5千から、3万とも言われます。フリーデリンデ天馬騎士団は総勢5千程度ですが、ロックハイヤーの人口は10万人を超えるとも言われます。よく考えて以後行動してください」
「ええ、少し考えをまとめて来るわ」
そのまま部屋の外に出て行こうとするアルフィリースを見て、ルナティカがすっと背後に立ち、リサが苦言を呈する。
「ただの散歩だから、すぐに帰るわ」
「敵の本拠地ですよ? 護衛くらいつけなさい。それに立場的にも、一人でふらふらするのは変でしょう」
「少し考えをまとめたいのよ、一人の方がいいわ」
「私が邪魔になると思う?」
ルナティカが無口であることを自ら主張したので、アルフィリースは可笑しくてくすりと笑い、同行を許可した。
「いいわ、背中はよろしくね」
「心得た」
アルフィリースが部屋の外に出ると、空気はしんとして冷たく重く、暗い王宮内と相まって何とも不気味だった。見回りの兵がいないわけではないが、燃料が貴重な王宮内では明かりも最低限となっている。
夜歩きの際はカンテラを使うように言われているので、アルフィリースは魔術で火を灯した。どうやら小さな魔術であれば使うことはできるようだ。ルナティカは片目を瞑って歩き、灯りが消えた際に備えている。
ふー、と長く息を吐いてアルフィリースは歩き出した。自分で言いだしておいてなんだが、確かに散歩するにも勇気と覚悟の必要な王宮だった。アンネクローゼもこの王宮内に嫌気がさして、度々第三層や二層で過ごすそうだが、その気持ちもわかる。スウェンドルの王妃が病んでしまったのも、環境のせいもあったろうと考えるのだ。ずっとこの閉鎖空間の中にいると、よからぬことを考えることもあるだろう。それとも、かつてここにいたという魔王の邪念や負の残滓がまだ作用するのだろうか。
アルフィリースは傭兵たちにあてがわれた部屋の前を通過すると、ふと妙なことに気付く。それぞれの傭兵団に一つあてがわれはずの部屋だが、一つ余るのだ。使っていない部屋は封鎖されているので、ゼムスたちが2つ使っていることになる。そういえば先ほどの軍議でもゼムスはみかけなかったが、別の部屋にいるのだろうかとふっと考えた。
そして廊下を挟んで反対側には、王族の私的空間がある。アンネクローゼやウィラニアもこちらにいる。スウェンドルの側妃たちはここ数年で皆死んだか体調を崩して療養中とのことで、今はオルロワージュとその取り巻きくらいしかいないそうだ。王族の私室につながる廊下にはさすがに警護の重騎士が何名も詰めていて、通してもらえそうにない。
彼らは微動だにせず、また漆黒の全身鎧を着ているので、魔物か幽鬼にしか見えないから困ったものだ。
「通れないかな?」
「・・・さすがに非常識」
「だよねぇ」
無表情に返事するルナティカに、アルフィリースが苦笑いで返す。オルロワージュやアンネクローゼなら謁見を申し込めば通してくれそうだが、さすがに明日に響きそうだし、何より迷惑になりそうだった。
そこに突然かかる声。
「止まれ」
アルフィリースの姿を見かけた重騎士たちが、微動だにしないまま声を発したのでさすがのアルフィリースの心臓も跳ねた。彼らのうち、どのくらいカラミティの手勢と化しているのか。カラミティの虫は隊内に入ると臓器と同化して、リサのセンサーでも見分けがつかないと教えられた。よって、その本性を出す直前まで、判別する方法はない。ただ、誰彼となく寄生できるわけではなく、相性のようなものがあることは想像ができた。そうでなければ、既に大陸はカラミティに席巻されているだろう。
重騎士は少しだけ厳しい口調でアルフィリースに質問した。
「アルフィリース殿と見受けるが、こんな夜更けにどこに行かれる」
そりゃあ不審者だよねと、隣のルナティカからの批判的な視線があることも想像しつつ、アルフィリースは悪びれることなく答えた。
「えーと・・・明日の軍議のための考えをまとめたいから、散策などをしながらやろうかと?」
「夜の宮中は冷える、外套を羽織られるがよかろう。またみだりに扉などを開けないようにな」
「ありがとう」
思いのほか親切だった重騎士たちから外套を受け取り、そのまま王宮内を探索するアルフィリース。
続く
次回投稿は、3/24(木)19:00です。