大戦の始まり、その66~西部戦線㉛~
「ここと、ここと、この都市と・・・進軍経路はここを使って、ここで補給して・・・あ、ここも使えるか・・・なら・・・」
アルフィリースが描きこんでいったのは、仮に物資の調達が事前に済んでおり、飛竜の疲労を考慮しないで良い場合の進軍経路。各主要国の主要都市を灰にするのに、どのくらいの速度でできるかという仮定の物語だった。
だが、恐ろしいのはその内容。ドードーは呆気に取られて見ているだけだったが、ミストナは思わず5番隊ダミアーの隊長パルパルゥの方を見た。5番隊ダミアーは、輸送の仕事を請け負う部隊。当然、各国の地理的状況や、どこが輸送に適しているなど彼女たち以上に詳しい傭兵はいないだろう。その隊長であるパルパルゥが青ざめていた。つまりは、アルフィリースが凄い速さで書き込む内容は妄想ではなく、現実に起こり得る作戦ということになる。
アルフィリースが書き終えると、ふぅとため息をついた。
「灰にするだけなら・・・ざっと45日ね」
「一ヶ月で行うというのか? 早すぎる!」
「ろくな抵抗がなかったとする、仮の話よ。でも、思ったよりも現実とは乖離していない可能性があるかな」
アルフィリースがパルパルゥの方を見たので、蒼ざめたパルパルゥははっとして俯いた。その反応が、何より如実に現実を語っていた。
そしてドードーが、ミストナに要求して2本目の酒を出させた。酔っ払いというよりは、酔ってしまいたい心境なのだろう。飲み方が昨日の宴会のように楽しむ酒ではなく、強引な飲み方だった。
「・・・結果がどうあれ、俺はこの戦を降りるつもりはねぇ」
「ローマンズランドが大陸を制覇する、あるいは滅びるとしても?」
「結果がどうあれと言ったぞ?」
聞き返したアルフィフリースを、ドードーがじろりと睨む。その瞳に映る意志の強さに気圧されかけるアルフィリースだが、同時に悲しそうでもあった。
「ローマンズランドとは、スウェンドルの前からの付き合いだ。あいつの父王――ヘイムダルに引き立ててもらったのが、俺の傭兵として名を上げたきっかけだからな」
「父王のことを、本人は小者で愚物だと言っていたわ」
「スウェンドルが実の父をどう思っていたかは知っているさ。たしかにスウェンドルから見れば凡庸で、取り立てて才のない王だったろうな。平穏な時代で治世を行うのであれば、ヘイムダル王で十分だったし、スウェンドルのような傑物が現れるとは、ヘイムダル王も考えちゃあいなかったんだろう。スウェンドルの才能を感じ取ったヘイムダルは、様々な下準備を行った。それがミュラーの鉄鋼兵への援助でもあり、フリーデリンデ天馬騎士団の重用でもある」
「そうね。フリーデリンデとローマンズランドは建国時からの関係でもあるけど、前王が特に我々に依頼を回してくれたように思うわ。それまでは正直、定期的な雇用契約以外には特に関係があったわけではない。竜騎士たちは天馬騎士を侮ることが多かったし、見下されている雰囲気は拭えなかった。だけどヘイムダル王の時には、食糧難の折にもひっそりと援助があった。今から思えば、こうなることを見越してのことだったのかしら」
「だとしたら、先見の明があったということね。流石にスウェンドル王も気付いているんじゃあないかしら」
「だが、決定的な改善策を打ち出せなかったという点では同じさ。スウェンドルが言いたいことはそれだ。この国はどのみち滅びの道を歩んでいる――お前らは、気付いているだろ?」
ドードーの言葉に、ミストナもアルフィリースも無言で頷いた。その反応に、へらりと笑うドードー。
「なんだ、知っていて沈む船に乗ったのかよ。損な性分だな、お前ら」
「ドードーに言われたくはありません。傭兵において、時に義理は契約を上回る意味を持つことがありますから。我々はそれぞれこの国に恩義がある身分。ですがアルフィリースは違うでしょう? アンネクローゼ殿下との縁だけで、こんな危険な依頼を受けるとは思えませんが」
「たしかにね。黒の魔術士のこともあるけど」
アルフィリースがさらりと出した言葉に、ドードーとミストナが嫌な顔をした。2人とも、やはりその名前を知っているようだ。
「やっぱり噂は本物か?」
「噂?」
「ローマンズランドが、魔王の発生源ではないかという話です」
アルフィリースは静かに驚いた。そこまで知っていてローマンズランドに来たのなら、2人は本当にローマンズランドとは心中するつもりなのだろう。
アルフィリースは慎重に言葉を選んだ。上手く巻き込まないと、イェーガーの被害が広がる。だが、死なせたくもない。最悪なのは、彼らが敵になること。アルフィリースはどこまで腹を割って話すべきか悩み、慎重に切り出した。
「――1つ、はっきりさせておくわ。私はアノルン大司教とは親友だけど、アルネリアの意向を受けて動いているわけじゃない。私には私の意志があり、イェーガーの最大利益になるように動く。その上で、アンネクローゼ殿下との関係も大切にしたいし、あなたたちも蔑ろにするつもりはない。それは信じてほしい」
「そいつは、ローマンズランドの優先順位はそこまで高くない。そう受け取っていいのか?」
「そう受け取ってもらって構わないわ。大切にしないわけじゃない。だけど、残すべきは国じゃなくて人。そう思っているから」
アルフィリースの言葉に、ドードーとミストナはしばし顔を見合わせ、頷き合った。
「信じましょう。私たちはイェーガーに部隊を派遣しているし、ターシャが上手くやれていることからもどのような傭兵団かを知っているつもりです。そしてアルフィリースという人物についてもね」
「疑り深いミストナがそう認めるなら、俺に異論はねぇ。なんせこいつときたら疑り深過ぎて、俺の息子との縁談をおじゃんにした女だからな」
「ドードー! 今はそんな話をする場面じゃないでしょう!?」
ミストナが珍しく声を荒げたのでアルフィリースはちょっとびっくりしたが、ドードーはからからと笑い声をあげ、面白がっていた。どうやら浅からぬ因縁があるようだが、それは横に置いておきたいようだった。
続く
次回投稿は、3/21(月)19:00です。不足分は連日投稿します。