大戦の始まり、その65~西部戦線㉚~
「で、アルフィの中の人はなんと?」
「黒緑鋼には、純度によって段階があるそうよ。知っている範囲で11段階。純度が高いほど、魔術をより吸収し、硬度も増すと」
「なるほど。玉座の後ろにある岩盤が、最高純度の黒緑鋼ということですか」
「おそらくは。そして、ティタニアの大剣は純度でいうと、上から2番目か、3番目だって。最高純度の黒緑鋼の精製方法は、かなり厳しい条件を満たして初めて達成できるそうね」
「ティタニアの大剣――あれでも最高純度ではないと?」
ティタニアを見たことがある者は、その背中の黒剣を思い出した。家屋や砦、太古の魔獣を斬ってすら刃こぼれしない大剣。もちろん使用者の技術ありきとはいえ、それほどの剣の素材が間近にあるとは。
当然の如く、興味は尽きない。ダロンが質問を重ねる。
「団長、製法というのは?」
「詳しくはわからないわ、だけど、火竜、ドワーフの協力があればなんとかなるかもって」
「どちらも縁がありますね。素材さえあれば、あのレベルの大剣が量産できるのでは? これは天運でしょうか」
「そんなに簡単じゃないと思うけど――」
その時、扉をノックする者がいた。リサが扉を開けると、フリーデリンデ天馬騎士団の部屋に泊まっているターシャがいた。彼女は、やや他人行儀で躊躇いがちに声をかけた。
「あの――うちの総隊長が、用事があるって」
「それは好都合、こちらから出向く予定でしたから。これから行っても?」
「ええ、もちろん」
ターシャに連れられて、部屋を後にするアルフィリースたち。大した荷物はないので、全員で部屋を出た。短い距離の間に、ラーナがそっと耳打ちする。
「アルフィ、魔術が上手く使えません。その黒緑鋼とやらの影響でしょうか」
「私も感じているわ。特に玉座の間よ。気づいてた?」
「いえ、そこまでは。まさかあそこで魔術を使おうとしたのですか?」
王を前にして恭しく頭を垂れていたと思っていたのに、とんだ行動をするものだとラーナも目を丸くした。アルフィリースはぺろりと舌を出す。
「念のため、確認程度よ。王宮内では魔術を使った戦闘も思うようにできないかもしれない。あなたとクローゼスは人選ミスだったかもね」
「足手まといになるようなら、切り捨ててください」
「選んだのは私よ。そうならないように祈るし、するつもりだわ」
アルフィリースがラーナの肩に優しく手を添えると、ラーナは恥ずかしそうに赤らめながらもじもじしていたが、すぐにフリーデリンデ天馬騎士団の部屋についたので、さすがに居住まいを正していた。
そして部屋に入ると、部屋着に着替えた彼女たちは凛とした華ではなく、庭園に咲く慎ましい花となった。ラーナの鼻の下が伸びそうになるのを、リサがその尻をつねって無理矢理矯正した。
その部屋には、既に酒を片手に一杯やっているドードーもいる。アルフィリースは微笑みながら、彼らの前に座っていた。
「軍議お疲れさまでした。疲れているところさっそく悪いんだけど、用事があるわ」
「それはこちらもです。というか、我々の意思統一をまずはしておいた方がいいでしょうと思い、ここにお呼びしました」
「ふん、俺はさっさと酒を飲んで寝たいんだが」
ドードーはちびちびと酒をやりながら、気怠そうにソファーに座っていた。一見横柄に見える態度も、宴会での飲みっぷりを見る限り、彼なりにかなり制限しているようだ。ミストナは苦笑しながら、議題を打ち出す。
リサとラーナが反射的に防音の結界を張った。
「皆さん、どう思いました?」
「どう、とは?」
「ローマンズランドの印象、そしてクラウゼルの印象」
「想像通りだな」
ドードーがいの一番に答えた。彼の酒は既に底をついたようで、つまらなさそうにテーブルの上に空瓶を置いた。
「スウェンドルはおかしくなっちまったとばかり思っていたが、どうやらまだ若い頃の情熱を失っていないようだな。それがクラウゼルと意気投合しちまった」
「意気投合?」
「あいつら、天下統一をやるつもりだ」
その言葉に息を飲んだ者、呆れたように鼻で笑った者、茫然とした者の数は丁度同じくらいだった。
4番隊隊長のカンパネラが、小馬鹿にしたように笑っていた。
「ありえない。天下統一だって? 数百年前からどの国一つとしてできたことのない大事業だ。それを今更する必要があるとも思えないし、どうやってやる?」
「仮にローマンズランドの飛竜が休みなく、補給線も関係なく空を飛び回れるとして、それでも大陸の主要都市を灰にするのに、一年以上はかかるなぁ。それに空戦部隊だけでなんとかなるものじゃないしなぁ。占拠した土地を統治する人材も必要だよぉ」
5番隊隊長のパルパルゥがへらへらしながら相槌を打った。3番隊隊長のエマージュは黙ってそれを聞いていたが、2番隊隊長のヴェルフラは真面目な表情で彼女たちに反論した。
「――お前たちは正しい。だが、それは相手が『人間の』軍隊の話だ。魔王が相手なら、黒の魔術士が協力していたなら? 最悪の想定はそこのアルフィリースの方が上手そうだが。ターシャ、お前はどう見る?」
「え、私ですか? なんで私?」
「アルフィリースの下で学んだのだろう? たまにはその見通しを説明してみろ」
ヴェルフラのその横で、マルグリッテが意地悪そうににやにやと笑っていたが、ターシャはちょっと唸りながらも自身の思い描く最悪を説明してみた。
「――いや、攻め落とした都市を占拠する必要があるかなぁって思って」
「何を言っている。陥落させたら占拠するだろう?」
「蝗はしませんよね?」
その言葉に呆然とした者と、笑った者がいた。アルフィリースは後者である。なるほど、ターシャはさすがイェーガーの目として活動してきただけある。自分なりの思考の仕方を、いつの間にか学びつつあったのだと納得した。
アルフィリースが微笑みながら、ターシャの説明を補足した。
「つまり、前提が違うということね?」
「そう、それ! 防衛の要の土地と、思考の要の人間だけを排除するなら、さほど時間はかからないはず。その場所だけを絞ってローマンズランドの飛竜で急襲すれば、あっという間に決着がつくんじゃ。全体の占拠なんて、その後考えればいいわけだし」
「強引に破壊するだけなら、数日で自律的に自滅する魔王を使えば、なんとでもなる――占拠すべき都市だけを人間で陥落させて――政治を動かすのは人形やカラミティの虫でやる。できなくはないかしら?」
アルフィリースが恐ろしい妄想を呟きながら、簡易の大陸地図を広げた。そこにペンで書き加えていく。
続く
次回投稿は、3/18(金)19:00です。