大戦の始まり、その64~西部戦線㉙~
「何か心配事でも、アルフィリース殿?」
「いえ、それだけの部隊の展開となると、さすがに情報が漏れているのではと思うのだけど・・・」
「まぁ、そうでしょうね。情報とはどこかから漏れるものです。まして、10万の軍を動かすのにあたって、関係するのは彼らだけではない。武器防具や食料を準備する者、彼らの家族、それぞれにどんな繋がりがあるかまで、その全てを把握することは私にも不可能だ。
だからどこかで必ず、情報は漏れていると仮定します。その上で戦略を練り、成功させてこそ、策略。私の腕の見せ所です」
まるでアルフィリースが自分の策を見破っていることを知っているかのように――そして、知っていても構わないかのように話すクラウゼル。その自信がどこから来るのかアルフィリースは不思議な気もしたが、その根拠が自分の想定通りかどうかで戦局は決まるだろうと思っていた。
クラウゼルの頼みが、竜と賢人会にしかないのなら勝てる。だがそれ以外にも隠し玉があれば、戦局は泥濘と化す。蓋を開けて見なければわからないこの状況に、さしものアルフィリースも、胃が縮み上がる思いだった。
「さて、本日はここからが詳細です。夜半までに、外の部隊に通達する命令書を作り上げる必要があります。まずはそこまでお付き合いいただきますよ?」
クラウゼルの挑戦的な笑みに対し、なるほど確かにしばらく王宮には泊まり込みになるなと、アルフィリースも他の者も、納得したのだった。
***
「こちらでございます」
傭兵の世話をまとめて任されるモロテアと女中長カーネラの案内で、イェーガーの面子は王宮内の宿泊部屋に通された。男女の別までは当日決まったので、部屋が少なく、ダロンと他5人の女性は同じ部屋の中で、扉一つ隔てただけの割り当てとなった。
だがそれもダロンが紳士であることを知っている面子なので、さほど嫌だとは思わなかった。ダロンは巨人だが、王宮内な大柄なローマンズランド人に合わせた部屋の構造をしていたので、それほど苦労はしなさそうである。
「ダロン、奥の部屋は私たちでいい?」
「それは構わないが――手前の部屋の方がやや大きい。俺が独りで占拠するのもどうかと思うが」
「見張りを交代で立てるわ、その間取りも含めてのことよ。あなた一人に見張りと盾をさせるつもりはないわ」
「ならばそれでいい」
部屋割りを決めると、モロテアが簡単に部屋の説明を行い、一礼して去っていった。女中としては有能らしいが、やや不器用でたどたどしい彼女がいなくなると、アルフィリースとラーナ、リサは早速部屋の下調べを行う。しばし他愛ない会話をしながら部屋を調べていた彼女たちだが、一通り調べて何もないことを悟ると、互いに首を横に振って肩透かしをくったような表情となった。
「何もない・・・わよね? 拍子抜けしちゃうな」
「何もありませんね。魔術的な仕掛けは零です」
「リサのセンサーでも、隠し扉になるような隙間はありません。というか、この壁一面が巨大な岩盤となっていて、角部屋なので脱出のしようがないことが気になりますか」
アルフィリースたちが案内された部屋は角部屋で、北と西は壁。南はバルコニーになっていて、東はフリーデリンデに割り当てられた部屋だがこちらも岩盤を隔ててかなり距離がある。バルコニーはといえば、この時季、この高さである。凍り付いて、窓や扉を開けることも一苦労だった。暖炉にくべる燃料もままならず、とても絶景を堪能するどころではない。
「結局外は見えないし、他の部屋のバルコニーから来るのも命がけ。侵入者対策は完璧、なのかな? もっと私たちを監視下に置きたいのかと思っていたけど」
「ローマンズランドは元々、魔術士がほとんどいない土地と聞きました。尚武の土地では魔術士の地位が低いこともそうですが、魔女狩りが積極的に行われた過去もあります。魔女は魔王の協力者としてみなされ、この土地から姿をほとんど消してしまいました。精霊も乏しい土地が多く、大地として枯れ地に近い状態です」
「あるいは、監視する必要がないほど、相手の懐が深いか。また、置きたくても置けないのかもしれませんね。この岩盤、材質はなんでしょうか?」
リサが壁をこんこんと叩きながらセンサーを這わせている。そしてダロンにくいと顎で合図をすると、ダロンが突然壁を全力で叩いた。普通の家屋の壁なら倒壊する威力。なのに、部屋が揺れもしなかった。
ダロンは壁を改めて叩きながら、首を傾げた。
「・・・なるほど、初めて触る材質だ。巨人の棲む集落近辺の山でも見ない鉱物のようだ。衝撃を吸収、拡散しているな」
「センサーも同じくです。通らないわけではありませんが、馬二頭分も奥にも横にも進みませんね。まるで暗闇に向けて釣り糸を垂らす感覚です。何の手ごたえもない。どうやらこの岩盤が、ローマンズランドの秘密の一つですか」
アルフィリースなら何か聞いているだろうと、視線を送るリサ。アルフィリースはどこまで話したものかと、思案してようやく話す。
「・・・玉座の後ろの岩盤を削ってみろ、とスウェンドル王に言われたわ。やり方はフリーデリンデが知っているとも」
「フリーデリンデが? なぜ」
「私もそこまでは。ただ、私たちに必要になるかもしれないと言われたわ」
「なら、フリーデリンデなら何か知っているかもしれませんね。ちょっとお部屋に訪問してみませんか」
ラーナがやや興奮気味に告げたので、ここにいる面々は少し危険を感じていた。美人の園に飛びこんで、ラーナが粗相をしそうで怖い。
すると、クローゼスがため息をつきながら説明した。
「昔読んだ書物では――これらは黒緑鋼と呼ばれる特殊な鋼ではないかということだった。魔術を減弱し、打っては粘り強く、寒冷地では非常に硬くなる。そんな性質の鋼だと」
「これを、ローマンズランドは武器や防具で運用しているの?」
「どうだろうか。かつてはこれらを加工する技術があったと書いてあったが、本物なら魔女の全力の魔術にも耐える代物となるそうだ。それほどの武器防具が量産されているとは思えない。事実、ローマンズランドの陸軍はグルーザルドに一敗地に塗れたわけだから」
「製法は失われた、と」
「おそらくは」
クローゼスの言葉を受けて、アルフィリースは頭の中で影に話しかけてみた。その記憶に、覚えがないかと。しばらくして、返事があった。その返事は、思いがけないものだった。
「(・・・あるぞ)」
「え、本当?」
アルフィリースの頓狂な声に反応する面々。アルフィリースは影に言われたことを頭の中で整理していたが、さすがに驚いたように表情が二転三転する。それが収まってから、リサが促した。
続く
次回投稿は、3/16(水)19:00です。連日投稿です。