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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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大戦の始まり、その63~西部戦線㉘~

「地上軍は捨てましょう。なんなら、第一層も全部」


 アルフィリースの告げた言葉に、ドードーもミストナも、クラウゼルも動揺しない。動揺したのは、他の面子だけだった。指揮官たちは、全員がこの作戦をどこかで考えていたようだ。

 クラウゼルが静かに質問する。


「その心は?」

「防衛できるだけの拠点はあっても、物資と戦力がない。ならば、絞ればよいだけのこと。この戦、守るべきは何かしら? まずはそこを明確にしなくては」

「スカイガーデンでは?」

「いや、スウェンドル王の身柄では」


 口々に発言した者はいたが、クラウゼルとアルフィリースは首を振った。


「違いますね」

「ええ。守るべきはこの王宮と、ローマンズランドの王家の血筋。もっと言うなら、スウェンドル、アンネクローゼ殿下、ウィラニア殿下の御身と、この王宮にある何かでしょう? だから、ドードーに第二層までは捨ててよいと言った」

「――ああ、そうだろうな」


 ドードーが重苦しく口を開いた。気怠そうな口調は、口にするのは憚られているのか。


「スウェンドルはその何かについてほのめかしてはいたが、俺は何も聞いていねぇ。だが、他の国には知られなくない何かがあるんだろうぜ。ひょっとしたら、ここにいる連中の中には心当りがあるかもしれねぇが、俺は何も聞かねぇでおく。知らないならその方がいいだろうし、必要のある奴にはスウェンドルが何らかのヒントを出しているはずだ。少なくとも、俺には必要のないものだろうよ」

「ふむ――私も同意見ですね。知りたくはありますが、戦略上は優先されません。では守るべきものをそう仮定したうえで、とるべき戦略が地上軍と、第一層の放棄だと」

「そうよ。少なくとも、民衆に選択肢を与えることができる」

「選択肢?」

「戦場となるこの都市に残るか、疎開するか、あるいはこのきっかけに南に降るか」


 アルフィリースは提案した。まずは地上軍と合従軍を睨み合わせながら、スカイガーデン第一層にいる民衆を移動させる期間を設ける。人道的配慮を旨とする合従軍なら、10日以上は稼げるはずだと。

 その間に第一層を簡易の罠だらけの土地とする。少しずつ相手を削りながら、第二層の門の前を要塞化し、本格的な防衛戦を行うことにする。地上軍がどのくらい必要になるかは不明だが、現状の軍では多すぎるし、空戦師団は活躍の場が少ないだろう。そうこうするうちに冬将軍が到来し、戦況はこちらに有利になる――そうアルフィリースは提案した。

 ミストナはこれに賛同した。フリーデリンデの部隊が全て呼ばれたのは、寒冷条件での機動運用と、物資の運搬などを考慮した運用だろうと。飛竜はそもそも小回りがきかないが、寒冷下ではさらに脆くなるので、自分たちの方が効率的に戦えるだろうとのことだった。

 そして小国家なら下手をすると国家予算が傾きかねないアフロディーテの全員召集かつ長期雇用は、長期間の防衛戦で不満がたまらないようにするためだろうと、名言したのだった。その時のカトライアは静かに微笑みをたたえていたが、それが一種の壮絶な覚悟だと言うことにアルフィリースが気付くと、思わずごくりと唾を飲み込んでいた。

 ドードーも同意見だった。スカイガーデン自体は防衛戦に向いた構造をしているが、ローマンズランドの陸戦部隊は長らく防衛戦を経験しておらず、相手に城攻め屋のプラフィールモロトなどもいることを考えれば、防衛戦が得意なミュラーの鉄鋼兵を雇うのは自然な流れだろうとのことだった。

 だが、勝ち筋が見えない。やがて春が来れば合従軍が有利になることは明白だったし、合従軍の我慢次第ではローマンズランドはやがて降伏せざるをえなくなる。それはドードーもミストナも、口々にそう告げた。クラウゼルもその意図を否定することはなかったが、さらに彼は壮絶な提案をする。その内容はアルフィリースも予想がついていたし裏も取っていたので、どこまで驚いて見せるかが難しいと感じていた。


「こと、ここに至っては隠しもしませんが、実は我々は二方面作戦を展開する予定です」

「二方面だぁ?」

「ええ。ここスカイガーデンでの戦闘を囮とし、我々は東側に討って出ます」

「はぁ?」


 ドードーが退屈そうに、そして思い悩むようにどっかりと腰かけていたソファーから身を乗り出した。ミストナの表情も、俄に曇る。アルフィリースは驚いた演技をしようとして、やはり止めた。自分の役者ぶりに自信がないし、クラウゼルの眼力相手にそれは無理だと思ったからだ。

 クラウゼルはそんなアルフィリースの様子に気付いたようだったが、それより先にドードーが唾を飛び散らせながら質問する。


「どういうこった? 確かにこのスカイガーデンから東に出る街道はあるが、そっちは軍が運用できるような道じゃねぇ。崖みたいな切り立った細い道が延々と伸びているだけだ。いつから出撃しやがる?」

「道は既に整備していますよ、それこそ一年以上前からね。私が長らくローマンズランドに雇われているのは、その道を整備する役割もあったのです。私の知識は戦略だけではなく、建築などにも活かされますから。このスカイガーデンから、ひっそりと軍を移動させることも可能です」

「そんな道が・・・俺たちは東側から来たが、まったく気づかなかったぞ?」


 ドードーの疑念に、クラウゼルは得意そうに答える。


「ええ、そのように部隊を展開させていますから。既に10万近い軍勢を、紛争地帯の各所に展開しています。こちらの戦闘が本格化すれば、紛争地帯を通って東側の諸国に戦争を仕掛けます。自らの国元に火がつけば、彼らは遠征どころではなくなるでしょう。そうして、初めて我々の勝ち筋が見えるのです」

「たしかに、それなら勝てるかもしれませんね。しかし、紛争地帯を移動するとなると、それだけで大変では?」

「そう思って、紛争地帯の平定をここ十年で進めていました。それこそがスウェンドル王の本当の戦略。ドードーも、その一端を担ったことはあるはずですよ?」

「そりゃあ紛争地帯は常に諍いがあったが・・・いや、最近じゃあ少なくなっていたのは、そのせいか? ちくしょう、やりやがるぜスウェンドルめ」


 ぱしん、と拳と掌を合わせるドードー。その表情はどこか嬉しそうでもあり、そして腕をぶすようでもあった。一方、ミストナは安堵した表情を浮かべる。彼女にしてみれば、アフロディーテの負担が心配だったのだろう。年単位での戦ともなれば、彼女たちの身の安全が保障できるとも限らない。

 一方、アルフィリースは内心穏やかではなかった。そのローマンズランドの二方面作戦を事前に知り、潰そうとしているのだ。いうなれば、この場の全員を裏切っていることにもなる。勝ち筋を自ら潰す。そのことに対する不安は、さしものアルフィリースといえども、完全に隠せるわけではない。また、どの段階でこのクラウゼルに気付かれるのか。それが心配でならなかった。

 クラウゼルが、そんなアルフィリースの様子に気付く。



続く

次回投稿は、3/14(月)19:00です。

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