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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第二章~手を取り合う者達~
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剣士の邂逅、その3~畏怖の対象~

「何者です」

「へへへ、あんた別嬪だなぁ」

「そうそう、中々見ねぇほどの美人だ。剣なんか握らせておくのはもったいねぇ」

「そんな剣より、俺のを握っちゃくれねぇかい?」

「けっけけけ」


 ティタニアの行く手を阻むように立ち塞がったのは、一人の男ではなかった。いつの間にか彼女を取り囲むように、多数の男が彼女に立ちはだかる。どれもが足の運び方から察しても素人ではない。それも当然、彼らはゲルゲダ率いる五番隊の面々だった。ブラックホークの嫌われ者達であり、汚れ仕事を一手に請け負う連中である。

 そして、彼らの後ろからゆっくりと隊長であるゲルゲダが、赤髪をいじりながら姿を現す。


「くっくく。女、肝だけは座ってるな。それとも鈍いのか?」

「要件は一応予想がつきますが、念のため伺っても?」

「決まってる。今から俺達全員で、てめぇを犯す。こんなところに女が一人でのこのこと来た事を後悔するんだな」


 ティタニアが周囲を見ると、その数は既に10人を超えていた。その数を確認してもなお、まだ彼女の余裕は崩れない。

 そのティタニアを前に、ゲルゲダはその残虐な本性を剥き出しにする。


「どうした、声も出ないか?」

「ある意味では。出す必要が無いといいますか」

「余裕だな、アマ!」


 ゲルゲダの部下の一人が、ティタニアを突き飛ばし、その衣服を強引に引き裂く。黒いローブの下から露わになるのは、雪原のように傷のない真っ白な素肌。闇にもわかるその白さに、周囲から歓声が上がる。


「おい! この女、見た目より豊満だぜ?」

「こいつは楽しめそうだ」

「だけどよ、反応がねぇな。捨て鉢か?」

「そいつは困るな。俺は抵抗される方が好きなんだが」

「変態がよ!」

「ケツにしか興味のねぇてめぇよりマシだ!」

「ひゃっははは」


 男達はティタニアが抵抗しない様子を見ると自分達の絶対優位を確信したのか、めいめい勝手に下卑た笑いを上げる。

 そしてティタニアの服を破いた男が乱暴に彼女の乳房を握るが、彼女はいたって冷静で、まるで自分の体をまさぐられていることすら気にとめてもいないようだった。その目線は、あさっての方を向いている。


「なんだ、この女。うんともすんとも言いやがらねぇ」

「不感症じゃねぇのか?」

「まさか乙女で、あまりの恐怖に声も出ないとか?」


 さんざ勝手な事を言う5番隊の面々に、何の感慨もわかない顔でティタニアが宣告する。


「・・・まああまり感じない方ではありますが、別に何も感じないわけでもありません。経験が無いわけでもありませんし。それよりも、こんなことをしていてもよいのかと」

「?」


 男達がティタニアの言葉の意味をつかみ損ねた瞬間、一番後方にいた男が前の男に覆いかぶさるように倒れた。


「なんだてめ・・・」


 だが振り返った男の声は、噴水のような血が顔面に浴びせられたことで遮られた。既に首のない仲間の体を突き飛ばし、剣を抜き放つ男。


「な、な、何だと!?」

「私を襲うために、防音と気配遮断の結界を張ったことが仇になりましたね」


 ティタニアが悠然と答える。


「何だ?」

「隊長!」

「うろたえるんじゃねぇ!」


 ゲルゲダが声を張り上げる。だが、防音と気配遮断の結界は一定の時間が経つまでは消えない。彼らがたっぷりティタニアを嬲ろうと、かなり強めに結界を張ったことが仇になった。彼らの周囲をさらに囲む者がいるのだ。


「まさか・・・昼間の魔王がまだ?」

「運のない人達だ。この魔王さえいなければ時間もあることだし、暇つぶしに貴方達の相手をすることもまんざらではなかったのに」


 ティタニアが背中にある黄金の剣を抜き放つ。


「本来なら誰が死のうが気にかけはしません。特に貴方達のような下衆は。死んだ方がいいとさえ、私にも思えますが・・・この団には望まぬとはいえ、一飯の恩がある。それなりに返させてもらうとしましょう」


 ティタニアがゆらり、と剣を担ぐような格好で構える。すると、その体からは見るもおぞましいほどの殺気が膨れ上がる。先ほどまで悠然と酒を飲んでいた可憐な女性の姿は、既にどこにもなかった。在るのは剣鬼。少なくとも、ゲルゲダにはそう感じられた。


「しゃがむことを勧めます」

「! 全員しゃがめ!」


 ゲルゲダの声に全員が反応すると同時に、彼らの頭上を一陣の風が吹いた。その中でゲルゲダだけは、しゃがみながらもティタニアの姿をじっと見ていた。見なければならないような気がしたのだ。

 それは彼女が美しかったからだけではない。それ以上にゲルゲダは目がティタニアから離せなかった。ゲルゲダは特に大きな感動などしない人間だ。もちろん良い女を見れば抱きたいと思う。美しい宝石を見れば欲しいとも思う。だがそれは手に入れた瞬間にゴミへと変わる。より強い刺激、より自分を楽しませる物へと興味の対象を移していくうちに、彼の行動はいともたやすく人としての一線を越えた。

 そのように飽きもせず繰り返され、激烈の一途を辿る彼の犯罪行為の中、ゲルゲダは自分に差し向けられたヴァルサスと対峙して、初めて「恐怖」を感じた。くしくも、それは彼にとって人生で感じた一番強い感情でもあった。以後彼はそれより強い感情を得る機会はないだろうかと、ヴァルサスに付き従っている。

 だが。今ゲルゲダがティタニアへ感じる恐怖は、ヴァルサスへのそれとは比較にならない。


「(俺が・・・この俺様がっ! 指先一つ動かせないだと!?)」


 ゲルゲダは、生まれて初めて恐怖のあまり震えた。なぜなら、彼はティタニアが剣を振るう時の目を見てしまったから。底なしの闇、果てのない狂気、妄執。そんな生きながらにして深淵を感じさせるだけの目を、眼前の美しい女がしたのだ。ゲルゲダは生きながらに、地獄をその体に内包する人間に出会ったのだった。


「・・・化け物め」


 ゲルゲダがやっとの思いでうめくように出したその声に、剣を収めたティタニアは自嘲とも異論ともとれない表情をわずかに歪め、闇の中へと消えていった。

 そして、夜が明けた後。ブラックホークの面々が見るのは、音もなくなぎ倒された一面の木と、完全に横一文字に切断された、昨日の魔王達の死体だった。

 だが、その有様を見てもほとんどの団員は驚かなかった。


「ゲルゲダ、何があった?」


 聞いたのはカナートだった。センサーでもある彼は、昨日の夜ゲルゲダ達が何をしようとしたのかくらいは気が付いている。一部だけセンサーが通らない場所があれば当然だ。だが、カナートはあえて何も言わない。そんなことを言ったとしても、ゲルゲダに何の効果もない事を知っているから。むしろ昨日の魔王達が彼らの結界に侵入していくのを感じて、死んでくれさえすればいいと思っていた。


「・・・言いたくねえ」

「ゲルゲダ。てめぇが何をしようと勝手だが、俺達まで巻き込むな。そうなるんなら、俺が先にてめぇを殺すぜ?」

「チッ!」


 カナートはてっきりゲルゲダが言い返してい来ると思っていたのだが、唾を吐きながらそのまま去る彼に、あてが外れて肩すかしを食った気分だった。

 その倒れた木々を眺める一同に、ヴァルサスが話しかける。


「昨日は御苦労だったな、マックス、レクサス」

「・・・戦場よりも覚悟が必要だったよ」

「まったく。生きた心地がしなかったですよ」

「やはりか」


 ルイがヴァルサスの代わりに答えた。その言葉にレクサスが意外そうな顔をする。


「あれ、姐さん気づいてたんですか?」

「当然だ。お前の態度がおかしかったからな。どのくらい顔を付き合わせていると思っている?」


 その言葉に、レクサスは少し感激を覚える。


「姐さん・・・」

「そうだな。なんといっても、昨日は鼻の下が伸びていなかった」


 その一言に、ルイに抱きつこうとしたレクサスがこけた。周囲は4番隊を中心に大爆笑である。


「だけど、真面目な話よぅ」


 こういう時に一番に茶化すマックスが、真剣な面持ちで笑いを遮った。


「昨日のあの女が暴れてたら・・・どうなったかな」

「それは俺も同感です」


 レクサスがむくりと起き上がり、こちらも真剣な顔をする。


「昨日のティタニアとかいう剣士、酒を飲みながらどうやったら俺達を効率よく殺せるか、ずっとそのことばかり考えてましたよ。目を見ればわかります。あいつは異常だ。強さも、その思考も。どんな美人でも、地獄を一人で連れて歩くようなあんな女、ごめんこうむります」


 レクサスの言葉に、全員が黙る。普段は軽い彼の言葉も、こと戦いに関しては誰よりも真剣だということもよく全員は知っている。


「もし奴が戦おうとした場合、お前達が真っ先に止めるつもりだったんだろ?」


 ゼルドスが腕を組みながら木を背にし、話した。その言葉に顔を見合わせるマックスとレクサス。


「それは・・・最初はそのつもりだったがな」

「無理だったでしょうね」


 二人が同意見を出した。


「果たして何秒止められたでしょうか」

「一瞬だったかもなぁ・・・」


 マックスが大きくため息をついた。その彼は少しすがるように、団長の目を見る。


「ヴァルサス、お前なら勝てるか?」


 そして続けられるマックスの質問。その言葉に、ヴァルサスは天を見上げた。


「・・・どう答えれば、お前達は満足する?」


 ヴァルサスがゆっくりと答えたその言葉に、全員が黙って下を向いた。ヴァルサスは、暗に「無理だ」と言ったのだ。ヴァルサスがこうまではっきりと敗北を口にするのを、団員は初めて聞いたのだ。しかも戦わずして。

 そんな彼らを見て、ゼルドスとベッツがそっと会話する。


「・・・あんな化け物がこの世にいるなんてな。二度と出会いたくないもんだな」

「ああ。だが、もし出会った時は・・・」

「わかってる。命を捨てても俺達が止めないとな」

「うむ。若い者は生かしてやらないとなるまい」

「いつかの戦場で、俺達の先達がそうしたように、か」


 そうして二人はゆっくりと頷き合ったのだった。


***


 その頃、夜暗いうちにヴァルサス達の元を去ったティタニアは、山頂に一本立つ一際大きいコネリトの木の下で瞑想をしていた。家屋の材木として使われるコネリトは、新芽の芽吹きを想像させるような、とても若々しく命に満ち溢れた匂いを発する。

 そのティタニアの元にふわりと舞い降りる黒い影が一つ。


「お待たせしました、ティタニア」

「サイレンスですか」


 ティタニアがゆっくりと目を開けると、仰々しくティタニアの前に膝まづき、淑女に対する礼を取るサイレンスがいた。


「・・・何の真似です」

「いえ、お待たせしたのでお詫びを、と思いまして」

「やめなさい、反吐がでます」


 ティアニアがおっとりとした口調で厳しい事を言ってのけたので、サイレンスが驚いたような顔をした。


「これはあまりなお言葉・・・私の何が貴女のご機嫌を損ねたのです?」

「存在全てが、です」


 ティタニアは澱みなく言い切った。


「サイレンス、確かに貴方は美丈夫だ。見てくれに興味のない私ですら、そう思います。ですが、貴方の内面は一番醜い。それこそ、ドゥームやアノーマリーなど比較にならないくらい」

「これはこれは。大層な嫌われようだ」


 サイレンスは顔を伏せたが、それはティタニアに向ける憎しみを悟られないようにするためだった。サイレンスとて、ティタニアに喧嘩を売る程愚かではない。そのサイレンスのうつむいた意味も、ティタニアは理解していたが。


「しかし、なぜそこまで私を嫌うのです?」


 平静を取り繕ったサイレンスが、笑顔でティタニアに質問する。


「・・・ドゥームは、ある意味では生まれた時にあのように規定された者。おそらくはアノーマリーもそうでしょう。彼らはその行動の過程において残酷な事もするが、彼らには選択の余地がなかった。だがしかし、貴方は違う」

「・・・」

「貴方には他の選択肢もあったはずだ。その中で、あえて貴方は憎悪に身を焦がすことを選んだ。進んで、望んで、貴方は人の敵たることを望んだのです。その存在に百害あって一利なし。人はそういう者を悪魔、魔王と言うのだ」

「・・・フフフ」


 サイレンスが顔を歪めた。その表情に、先ほどまでの美しさはない。元が美しいだけに、彼のひきつった笑いは見る者に異常な恐怖を抱かせる。彫刻が突然こちらを振り返って笑い始めたら、きっと彼のような顔になるのだろう。

 ティタニアですら、少しうすら寒いものを感じるのだ。


「驚きました・・・そこまで私の事を理解しておいでとは。私の事など、誰も知らないはずなのですがね」

「・・・私もお前のことなど知らない。ただ、そういう気がするだけだ」

「なるほど」


 サイレンスは納得したように頷く。


「剣士の観察眼。そういうわけですか」

「・・・私は恐ろしい。悪魔はかくも美しきものなのかと」

「そうですねぇ。そう考えれば、私の造形が美しいのもなかなか恐怖を増長する効果になる」


 サイレンスがにこりと微笑み、ティタニアはこれ以上の議論が無駄な事を感じた。仲間でさえなければ今この場で斬った方が良い事は確実だったが、そういうわけにもいかない事をティタニアは悔やむ。


「(口惜しい。こやつを切ることができぬとは。いずれこいつは誰に対しても災いをなす。おそらくは我々にも。今斬れば、後の憂いを断てるというのに)」

「さて、そろそろ行きませんか? 用事もありますから」


 サイレンスがティタニアに礼をして促す。その仕草にティタニアも頷いた。既に頭の中は仕事のために切りかえられている。ティタニアがいかにサイレンスが気に食わなかろうと、そのために任務に支障をきたすような性格ではない。


「私は場所しか知らされていませんが、ナゴステラ王国のリヒトン砦でよろしいので?」

「ええ、そこで間違いないです」

「武器の強奪と聞きましたが、一体何の?」


 サイレンスの質問に、ティタニアは素っ気なく答える。


「魔剣グラムロック。『竜殺しの魔剣』と呼ばれる、伝説の剣です」



続く


次回投稿は6/4(土)6:00です。

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