大戦の始まり、その62~西部戦線㉗~
「一つだけ言っておきます。スウェンドル王の機嫌だけは損ねないでください。その意味がわからない人は、貝のように口をつぐんでください。何かあっても、私はかばえませんからね?」
「そこまで彼の王が暴君だとは思いませんが?」
「ミストナ殿、あなたの知っているスウェンドル王とは違うのです。機嫌次第では私も近寄れない時がある。そして同時に、彼でなければ決断できないこともある。正直、スウェンドル王でなければ、依頼とはいえ国の軍事最高顧問なんて引き受けませんでしたよ。そのくらいは彼は賢明であると同時に、この上なく緊張する相手でもあるのです」
反論仕掛けたミストナも、クラウゼルの緊張した表情に黙り込んだ。アルフィリースもクラウゼルの緊張感から、只事ではないと感じる。そのスウェンドルが告げた。「俺自身すらも信じるな」、と。人としての、そして父としてのスウェンドルとは先ほど話したが、王としてのスウェンドルはまた違うのだろう。
そして玉座のスウェンドルに相対した時、アルフィリースは素直に膝をついて臣下の礼をとった。傭兵だから臣下の礼を取る必要は本来ない。だが、スウェンドルの発する王としての威圧に、素直に敬服した態度を示した。
玉座に座ることの重圧、その意味、歴史。全てを知り、体現する紛れもない王がそこにはいたのだ。レイファンともミューゼとも、ドライアンとも違う。スウェンドルには覚悟があった。そう、悲愴な運命に立ち向かう覚悟が。そのような状況になってなお、これだけの威圧を失わないスウェンドルの内面を推し測り、アルフィリースは自ら敬意を示したのだ。
そのことに一番驚いたのはドードー。そしてクラウゼルが紹介を終えるとすぐに、ドードーが口を開いた。
「今回はちっと趣が違うようだな、スウェンドル王?」
「――ああ、そうだ。貴様とは長き付き合いになったな、紛争の巨王よ」
「よせやい、俺なんて所詮好き勝手やっているだけのならず者だぜ! 王なんて呼ばれる程、高尚なもんじゃねぇ――俺たちの仕事は、あんたの槍か、盾か?」
「盾だ。貴様たちには、決して壊れぬ盾になってもらう」
ドードーはその一言で、全てを察したようだった。
「・・・そうかい。そいつは大変な仕事だ」
「そうだ。貴様の経歴をもってしても、一番の大戦になるかもな」
「かも、じゃなくて、なること請け合いだろ。だから、フリーデリンデも全部隊召集したのか」
「そのつもりだ」
「なら、一つ言質をとっておきてぇ。そこの小僧の考えじゃなく、スウェンドル王としては『どこまで』捨てていいんだ?」
「二層だ。それ以上が必要なら、貴様らには相応の代償を払ってもらう」
その言葉に、ドードーがしばし俯く。
「・・・思い切ったもんだ。だが、承知したぜ。やり方は任せてもらえるんだろ?」
「そのために貴様には若い頃から色々と話してきたし、優遇してきたつもりだ」
「かっ、怖ぇ王様だぜ。出会った時からそのつもりだったのかよ! ならとっとと軍議に行くか。策士の小僧、準備はできてるんだろ?」
「・・・さすがドードー、話が早くて助かります。ではスウェンドル王よ、我々は軍議に入ってようございますか?」
スウェンドルが無言で頷くと、クラウゼルは大股に歩くドードーの前に出て、先導するように歩いて行った。それにフリーデリンデ天馬騎士団も続く。
アルフィリースはちらりとスウェンドルの方を見たが、スウェンドルが表情と態度を変えることはなかった。もう話すべきことも、伝えることもないのだろう。アルフィリースはそれだけ確認して、彼らと共に軍議を始めることとなった。
***
「――以上が、作戦の全容です。頭に入りましたか?」
軍議まず、クラウゼルの大弁論から開始された。クラウゼルはまずローマンズランドの資源、戦力、補給状況などを一挙に説明し、そして地理的優位性、これまでの作戦の推移と効果、これからの侵攻戦略、防御戦略を一挙に話した。
ここまでで丸一刻。次に予想される敵の戦力と進行経路、防衛となる要衝と戦略を話す頃には傭兵たちの頭は混乱していた。基礎知識がある軍人ならともかく、これほどの機密を一挙に話されても頭に入るはずはない。そう思っていたのだが――
「最高軍事顧問殿、質問!」
勢いよく手を挙げたのはアルフィリース。そしてミストナと、ドードーも続く。その様子に、クラウゼルはその怜悧な表情を少しだけほころばせた。
「どうぞ呼び捨てにしてください。我々は傭兵同士ですから、その方が遠慮がなくていい」
「じゃあクラウゼル。まずその作戦が上手くいくとして、この城は春までもたないでしょう?」
「おっしゃるとおり。私の計算では、どうあがいても晩冬で陥落です」
「その理由は防衛人数と、食料の配分ね?」
「素晴らしい! スカイガーデンは堅牢ですが、良くも悪くも広大過ぎます。防衛人数が足りなければ、必ずどこかから突破される。そして防衛人数を揃えるとしても、今度は物資が足りない」
「広大な都市が仇となるのね」
ミストナの感想に、フリーデリンデの天馬騎士団の面子が難しい表情となる。そしてアルフィリースはドードーに水を向けた。
「ドードーはわかっていたようだけど?」
「・・・スウェンドルとの付き合いはこう見えて長くてよ。多くは領内の魔物討伐で依頼を受けたが、奴が若い頃に与太話をしたこともあるわけさ。もしこのスカイガーデンで防衛戦をしたらどうなるかってな。スカイガーデンは度々魔物に襲撃されるから、防衛軍を充足させるために軍が巨大化したが、それが今は枷になっているって奴が言ってたよ。それでもこの軍の規模に喧嘩を売る連中は今までいなかったわけだが、ローマンズランドは実は難しい立場にいるって奴は口癖のようにぼやいてた」
「そのあたりの理由がアルネリアを中に入れない――つまりは戦力として拮抗しうる立場の集団に弱みを見られたくはないと言うことでもありますが、今はそれはさておき。斥候の報告ではここから10日ほどのところに既に合従軍は迫っています。アルフィリース殿のイェーガーが時間を稼いでくれたとはいえ、グルーザルドがその気なら数日で寄せて来てもおかしくはありません。陸軍がスカイガーデン前面に展開してはいますが、いかにして守るべきか。現実的な案を求めますが、いかに?」
「求めるまでもなく、ここにいる人は既に同じことを考えていそうだけど・・・言いにくいなら、私から言いましょうか?」
アルフィリースの言葉にイェーガーの仲間はまだ理解が追いついていない表情をしていたが、ドードーとミストナの表情は曇っていた。緩慢にこの国は詰んでいる。スウェンドルが王に即位する時には既にどうしようもなかったのだろう。
だが、ここまでは「予想どおり」だと、アルフィリースは逆に自信を深めていた。
続く
次回投稿は、3/12(土)19:00です。