大戦の始まり、その61~西部戦線㉖~
「ふぅ、間に合いましたね。皆様、お揃いのようで」
大仰に礼をしてみせた男が誰かは、アルフィリースにはすぐに想像がついた。ただ、その印象は思っていたものとかけ離れていた。
男は痩身で背が高く、都会的で端正な顔立ちだった。学者というよりは、貴族の優男とでも言われた方がしっくりくる。ローマンズランドの軍属にいる貴族よりも、こちらの方がよりアルフィリースの頭の中にある貴族らしかった。事実、その挨拶の仕方も鼻にはつくが貴族的で優雅だった。ただ、その獰猛な光を帯びた眼だけは、彼がどのような人物であるかを如実に表していたかもしれない。
その彼の背後には、重鎧に身を固めた大柄な男と、平服に短めの剣を佩いた男が控えていた。護衛なのだろうが、平服の男がアルフィリースもリサも、そしてルナティカも気になったようだ。なんというか、特徴がない男だと思う。まるでその顔も印象に残らないような――とらえどころのなさが不気味だと思ったのだ。
視線が集まっていることを察して嫌がったのか、前の男が言い訳をぺらぺらと話すのを後ろから小突いて止めた。
「おっと、自己紹介がまだでしたね。傭兵として面識がある方もいらっしゃいますが、私はクラウゼルと申します。雇われではありますが、現在はローマンズランド軍事全体の最高顧問ということになっていますよ。高名な同業者と大陸の命運を懸けた一戦に向かい合えることを、光栄に思います」
「かーっ、たく嫌な野郎だ。傭兵が国やら大陸やらの運命をかけた一戦を左右しようとするんじゃねぇよ。虫唾が走らぁ」
「既に自分の国を持っているも同然のドードーには言われたくありませんよ。一国一城の主は、男ならいつでも夢では?」
「さんを付けろよ、小僧が。一国一城の主程度なら我慢してやらぁ。テメェのは夢じゃなくて、欲望だ。それも一国一城の主なんて可愛い物じゃねぇだろうが。断言してやるぜ、テメェみてぇなのが国王になったら、間違いなくお前以外の誰もが夢を見ることのできねぇ国になる。そんな国なら、俺がぶっ壊してやるぜ?」
ドードーの口調は冗談交じりだったが、決してその兜の下の目が笑っていないことにアルフィリースも一同も気付いている。ちょっとしたことで一触即発――その空気を感じ取ったのか、クラウゼルの背後の2人も殺気立ち始める。
それを制するのはミストナ。
「おやめなさいな、2人とも。今は共闘する立場。一流の傭兵を自負するなら、それのみに邁進なさいな」
「私は別に何もしていませんが?」
「そういうところですよ、クラウゼル坊や。貴方がそ知らぬふりをして他人を煽っていることがわからぬほど、ここにいる者は誰も凡庸ではありませんよ?」
「坊やと来たか、懐かしい。さしもの私も、ミストナさんには頭があがりませんね」
ため息をついて引き下がりながらも、その口の端が嫌味たらしく上がること。そしてミストナの苦い表情が、何かがあったことを物語っている。
ドードーもそれを察したのか、それ以上は何も言わないが、明らかに不機嫌になってソファーに深く腰かけた。なるほど、たしかに他の者を連れてくれば腹を立ててクラウゼルにつかみかかりかねない。これがわかっていたから、誰も連れてこなかったのだとアルフィリースも理解した。
その人となりはカザスとコーウェンから聞いていたが、一筋縄でいかないどころか、これから嵐が訪れるのは確定事項だと想像できる。
クラウゼルは続けた。
「我々の挨拶も済ませておきますよ。ここには私、背後の重騎士ガイスト、軍団、そしてリーダーのゼムスしか来ていません」
「聞いたぜ? 他の連中、全員死ぬか離反したらしいな? 賢者シェバも、破戒僧エネーマすらいなくなったらしいじゃねぇか。ゼムスのカリスマにも、ついに翳りが見え始めたなぁ?」
「あら、呼んだ?」
背後から、黒の法衣に身を包んだ艶めかしい女性が現れた。その出現に、クラウゼルも驚いた表情を一瞬だけ浮かべたことをアルフィリースは見逃さなかった。
エネーマは余裕たっぷりに、笑みを浮かべながら胸を強調するように腕を組んで彼らを眺めた。
「こんなところで懐かしい面子が雁首揃えるものね。一席設ける?」
「はっ、冗談よせよ! 底なし同士じゃ酔えやしねぇ。それにそこのクソ野郎どもが一緒じゃあ、酒がまずくしかならねぇよ。お前も含めてな!」
「あらあら。あなたはともかく、あなたの奥さんたちには私がいくつか貸しているわ。それはどこかで返してもらわないとねぇ? それともそんなことも忘れるほど、その兜の下は実はスカスカになったのかしら、ドードー?」
「む・・・」
ドードーを一言で黙らせるとは、流石只者ではないとアルフィリースは改めてエネーマを認識した。
そしてミストナの方を見て、少し申し訳なさそうにするエネーマ。
「悪いわね、ミストナ。今年は辺境での狩りが少ないから、保湿剤の原料があまり獲れていないわ。薬師ライフリングもいなくなってしまったし」
「構いませんよ、今まで卸してもらったものを備蓄してあるので。しばらくはなんとかなるでしょう」
「それに、アッチの薬もないのではなくて?」
「・・・それも何とかなっているわ。心配しないで」
ミストナだけでなく、カトライアの表情が険しくなったのをアルフィリースとリサは見逃さなかった。どうやら、S級に分類される傭兵たちにはやはり繋がりがあるらしい。それもそうかもしれない。大陸に数十人しかおらず、数年に一度召集があるという、辺境での特別依頼で顔を合わせることもあるだろう。
そしてエネーマはアルフィリースの方を見ると、ふっと笑って挨拶した。
「アルネリアでは軽く挨拶したけど、もう再開したわね。お手柔らかによろしくね?」
「こちらこそ、あまり虐めないでください」
「なんだ、君たちは知り合いか?」
クラウゼルが興味深そうに聞いたので、エネーマはにこやかに答えた。
「ええ、気を付けなさいな。彼女、怒らせると私よりも怖いかもよ?」
「それは怖い。気を付けましょう、私も再起不能になりたくはない」
「再起じゃなくて、あっちの不能かもね?」
「ちょっと、何か誤解がありませんか?」
「下ネタに交ざるんじゃありません、デカ女。品格が下がる!」
リサに窘められ、ドードーとミストナにも少し笑顔が出たところで、スウェンドルから玉座に来るように下知があった。クラウゼルが改めて、真面目な表情で彼らに告げる。
続く
次回投稿は3/10(木)20:00です。