大戦の始まり、その60~西部戦線㉕~
「お待たせいたしました!」
「王はもう少し時間がかかるとのこと。それまで皆様、粗茶ではございますがゆるりとお楽しみくださいませ」
ローマンズランド人は、総じて大柄で無愛想とされる。だがこの女中たちは人種もそれぞれ。東の大陸に多い黒髪や、大陸の東側に多い繊細な顔つき。南方に多い浅黒い肌の持ち主や、西側に多い鼻の高い者など様々な顔つきだった。
ああ、花が咲いたようだ、とアルフィリースは感じた。草花も生えぬ寒冷の高地において、女性こそが花足り得るのかとアルフィリースは素直に感心した。総じて女中は美しい女が揃っていたが、並みの容姿の者もいて、おそらくは様々な地域から意図的に集められたのだと思われた。
王宮の女中にしては姦しい。好意的に受け取れば、場を和ませる女たちだった。彼女たちの登場を見て、ミラの手が止まる。ヴォッフはそれを見て挑発的に口の端を吊り上げたが、もうミラがヴォッフを相手にすることはなかった。
アルフィリースにお茶を持ってきた女中長らしき、ブロンドの女性が声をかける。見た目からすると、アンネクローゼにどことなく似ていなくもない。
「ご不便がありましたら私にお声がけください。本日のお部屋の手配もさせていただいています」
「まだ泊まるかどうかは決めていないわ。この後の都合次第ではお願いするかもしれないけど」
「どちらでも構いません。私が女中長のカーネラです、どうかお見知りおきを」
けっして優雅とは言えない仕草で挨拶する女中長を見て、若いな、というのがアルフィリースの印象だ。どう見ても30歳手前なのに女中長とは、些か早すぎる気がする。宮廷の礼儀作法がどうかはアルフィリースには詳しい部分は理解できなくても、上流階級の出自ではないことくらいはわかった。
だがそんなアルフィリースの考えなど知るべくもないのか、彼女たちはばたばたと慌ただし気に準備をすると、部屋の隅で控えていた。そして同時に、いつの間にかヴォッフもいなくなっている。
アルフィリースは出された茶を手に取りながら、隣にいたミストナの表情を盗み見た。
「ミストナ、彼女たちのことをご存じ?」
「ええ、数年前にこの王城を訪れた際にも彼女たちはいたわね。女中長のカーネラは、私とほぼ歳が同じよ。彼女だけは、私がこの王宮に初めて参内した時からいるはずだわ」
「もっと若そうに見えたけどなぁ」
「階級は高くないけど、ローマンズランドの貴族よ。没落した家系から、平民に落ちるのは忍びないと誰かが進言して、王宮勤めになったと聞いたわ。他の人はともかく、彼女の所作はわざとじゃないかしら」
「自然過ぎて、町娘にしか見えなかった」
「本来は、武家の出身らしいから。女中らしい振る舞いは苦手なのかもね」
「軍属になればいいのに」
気軽に言ってのけるアルフィリースに、ミストナは何とも言えない微笑みを見せた。
「本来、ローマンズランドでは女性軍人は珍しいわ。アンネクローゼ殿下が出世してからは風潮は変わったけど、そこの女性のような親衛隊も初めて聞いたわ。例外的に優秀か、アンネクローゼ殿下の根回しか。いえ、後者かしらね。そうでなければいかほど優秀でも出席できないはずだもの。ブラックホークの彼女のように」
「ブラックホークの彼女?」
「知らないかしら、最初の最高位竜騎士になるはずだった女性騎士の物語。機会があれば聞いてみるといいわ。アンネクローゼ殿下とも仲が悪いわけではないはずだから、貴女なら教えてもらえると思うわ」
「そうかなぁ」
自分がどのくらい大切にされているかアルフィリースには自覚がないようだと、くすりとミストナが笑うと、彼女に応えるようにカーネラが微笑んだ。どうやら互いに顔見知りで、ある程度気心も知れているらしい。
そのカーネラが好機と見たのか、一人の女中を紹介する。華やかな女中の中にあって、比較的地味と言ってしまえば失礼かもしれないが、特徴にかける凡庸な女性だった。年齢はそれでもアルフィリースよりも上だろうが、何歳なのかわかりにくい見た目をしている。癖のある栗毛で、やせぎすの女中。おどおどした態度は緊張からなのか、よくこの場にいさせられるなという様子だった。まかり間違えて粗相をすれば、相手によっては手打ちになりかねないほど落ち着きがない。
その栗毛の女中は90度に近い礼でアルフィリースにお辞儀をしてしまい、カーネラが眉を顰めて窘めた。
「モロテア、その礼の仕方は無礼だわ。何度言ったらわかるのかしら。優雅さを忘れないで、と言ったはずよ?」
「で、ですけど」
「だからいつまでたっても平の女中のままなのよ。貴女にはもっとしっかりして私の補佐をしてほしいのだけどね」
「カーネラ、そちらは?」
見かねたミストナが促すと、カーネラがはっとして我に返った。
「ごめんなさいね、つい。彼女はモロテア、ローマンズランドの王宮には私の次くらいに詳しいわ」
「そ、そんなことないです! ベテランの方々が疎開して、残ったのが私というだけで――」
「それでも、私の補佐をするはずの経歴だわ。貴女にはお客様方の接待をお任せします。ウィラニア様とガル様のお世話に加えて、粗相のないようにね」
「そ、そんなぁ~」
客人の前で遠慮なく泣き言を言う忌憚のなさに、アルフィリースもミストナも思わず苦笑した。長い滞在になりそうなのだ、このくらい気の置けない相手の方がいいかもしれない。そんな予感があった。
そんな彼女ですら、次に部屋を訪れた相手に対して緊張して背筋が伸びた。スウェンドルが来たのかと思ったが、部屋に入った瞬間にさっとローマンズランドの者たちの表情が変わった。それだけの威圧感――というよりは、危険な臭いを漂わせる相手だったから。ルナティカとリサの顔色が変わったことでも、どのくらい危険な相手かは想像がつくというものだ。
続く
次回投稿は、3/9(水)20:00です。更新不足分を合わせて連日で投稿します。