大戦の始まり、その57~西部戦線㉒~
「そなたがウィラニアの友か、真竜の娘よ。名はなんと言う?」
「イルマタルだよ、あなたがウィラニアを攫った悪い王様?」
「悪い王様ときたか。酷い言われようだが、そう思われても仕方がないかもしれんな」
スウェンドルは愉快そうに笑ったが、アルフィリースとしてもスウェンドルの腹の内が読めなかったので、なんと言うべきか迷っていた。
「イルマタルよ、我が娘を友と思ってくれるか」
「うーん・・・まだ知り合って時間がないから何とも言えないけど、一緒にいると楽しいよ? それにあそこにはいたくないみたいだから、お話をしに行こうと思って」
「そうか。それでこっそりとアルフィリースのあとをつけたのか?」
「そうだよ」
「同行する6名に加えればよいものを」
スウェンドルがちらりとアルフィリースの方を見たが、アルフィリースは何とも言えない表情で、少々悪びれるように答えた。
「何がいるかわからない魔窟にこの子を連れて行きたくなかったわ。いかに真竜でも、身を守れるかどうかは別よ。それに、ウィラニアにどうしてカラミティの手が及んでいないと言い切れるの?」
「それは大丈夫だ、竜の紋章は特性でもかり加護でもある。いかなる洗脳や浸食をもってしても、これをなかったことにはできないのだ。俺の体をここまでいじくりまわしながら意識を完全に支配できないのも、この加護があるからだ。同じくアンネクローゼとウィラニアが完全に支配されることはない」
「なるほど。ではウィラニア殿下はお守りすればいいのね」
「そうだ。では行くぞ」
スウェンドルに促され、ドゥフェストに再度乗って王宮に向かうアルフィリースとイルマタル。その途中、スウェンドルが背を向けたまま呟いた。
「――ローマンズランドは、もうすぐ鉄鉱石が尽きる。資源が枯渇するのだ」
「――やはりそうなの。だから焦っていたのね?」
「ああ、どのみち俺の代でこの国は終わりが見えていた。あとはどう幕を引くかが問題だった。俺はよくとも、国民は何も知らぬし罪もない。新たな領土や産業がこの国には必要だったが、あてもない。そしてこれだけの数の国民を受け入れる余力なぞ、どの国にもなかろうよ。どの国でも食料が資源が減ってきていて、奪い合いが収まらないのだから。紛争地帯や西側が良い例だ」
「だから、黒の魔術士やカラミティに協力して戦争を?」
「少なくとも、今の枠組みを壊す必要があった。強引にでもその土地を占拠すれば、いずれ血は交わり、数十年もすれば誰がどうなのか、追及する手も少なくなるだろう。代償は、流れる血で贖うしかないだろうがな」
「罪は自分で被るつもり?」
「ああ、暴君にはお似合いだろう?」
スウェンドルがどんな顔をしているのか、アルフィリースには見てはいけないような気がした。その顔が朝陽の方を向いても、アルフィリースはそちらを見ないようにした。
朝陽が霧を払う。あとで知ったことだが、朝と同時に眼下に大地が見えるのは珍しい事らしい。その光景は、どこまでも広く優雅だった。
「――やはり、この国は美しい。荒れ狂う冷たい風が吹き荒ぼうと、ろくな作物が育たなかろうと、資源が枯渇しようと――この国は、我々の国だ。我々がその魂と犠牲――流れた血と涙と汗の上に、我々の力で作り上げた国だ」
「――そうね。たしかに、人間がその力で勝ち取ったものだわ。協力した人や種族はいたかもしれないけど」
「そうだ。本当は、種族を超えて手を取り合って作った国だ。叶うならば、このままでいたかった。戦争なんぞ、愚か者が行うことだ。今は必要でも、次の世代は平和であってほしい」
「平和と戦争は繰り返すと聞いたことがあるわ――でも確実に言えることは、いずれは全てがなくなるわ。人の想いはうつろいやすいけど、どれだけ盤石に見えるものでも、千年も同じ物などありはしない。山は崩れ、谷は埋まり、湖は干からびるものよ。だけど――」
「だけども?」
「何を成したか、人が何を思って生きたか。そのことまで消え去るわけじゃない。できれば、その物語を残したいと思っている。いずれ、歴史の編纂を手掛けてみたいわ。私の夢の一つよ」
「壮大だな。だが、素晴らしい。永遠に消えぬものとは、そこで生きた者たちの想いと痕跡か。よい、とてもよい考えだ」
スウェンドルが手綱を引き、ドゥフェストの鼻先を上空に向けた。ドゥフェストは旋回しながら、徐々に上昇していく。
「まともな俺が話せるのはこれが最後だ。以後、俺の言葉は信用してくれるな。俺自身が話しているかどうかも、もうわからん」
「ええ、了解したわ。でも、私が最後の話し相手でよかったの?」
「告げたとおりだ。俺の周りにはもう信用できる者がいなくなった。傭兵が最後に信用できる相手とはなんとも皮肉なものだが、俺の不徳の致すところだから仕方がない――アンネクローゼとウィラニアを、くれぐれもよろしく頼む」
「頼まれずとも承ったわ。私の生きざまにかけて」
アルフィリースの力強い宣言に、スウェンドルが笑った。
「褒美とは言わぬが、機会があれば王の間にある背後の壁から鉱石を持っていけ。掘り出し方は、フリーデリンデの総隊長が代々知っている。ドワーフと火竜が知己にいるなら、有効に活用することができるだろう」
「鉱石――剣にする?」
「いや、盾にするがいい。初代国王がそうやって使用したそうだ。あらゆる災厄と祝福を飲み込んだと言われている」
「それ、呪われてない?」
「そうではないらしい。詳細は知らぬが、王のみに伝わる口伝だ。人間が、それ以上を相手にする時にはきっと必要になるだろうが、そんなことがないことを祈ると言っていたらしい。初代国王は、その盾をグレーストーンの火口に落として二度と使うことはなかったそうだ。人間の手には余ると言ってな」
「・・・逆に言えば、それほどの魔王がここにいた?」
「さぁ、どうだろうな。ここを使っていた魔王の正体に関する口伝はほとんどないのだ。ただ決戦の場にたどり着いた数百名のうち、戦いで生き残った者は数名しかいなかったということしか――着いてしまったか」
スウェンドルが惜しむような声を出したが、そこには飛竜が何頭も着陸することができる広場があった。これが飛竜の発着場を兼ねた、王宮の庭園なのだろう。小さな草原を思わせる柔らかい草でできたその場所は、周囲を美しい花に覆われ、とても優美な造りをしていた。
その場に並ぶは、重装備の騎士たち。屈強で壮年、そして身分の高そうな騎士たちが、一斉に並んでいたのだった。
続く
次回投稿は、3/2(水)20:00です。