表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
2313/2685

大戦の始まり、その56~西部戦線㉑~

「大人しく、耳をそばだてねば聞こえぬほどか細い声の女だったが、芯はどの側妃よりも強かった。ただ心を痛めすぎたのと、無理をしてウィラニアの産んだのがまずかった。あの時ばかりはアルネリアの比護も受けたくなったが、こればかりはどうしようもない。俺からアルネリアにすり寄るなど、ありえぬ」

「そんなにアルネリア教は信用できない?」

「正直、ミリアザールの女狐は信用できなくもない。あの大司教アノルンとかいう、お前の友人もまぁ信用できるだろう。だが、大きすぎる組織というものはえてして腐るものだ。紛争地帯のアルネリアの支部を見たことはあるか?」

「あ・・・ええ」


 レイヤーが仲間になった街での出来事は、後程聞かされている。もちろんどんなことがあったかは知っていた。


「それ以上に、ローマンズランド建国時よりしばらくして、アルネリアは我々の協力を断っている。それはミリアザールではなく、おそらくはその配下の者が原因だと睨んではいるが、少なくとも当時のローマンズランドと関係が悪化したのは事実だ。それに、あの回復魔術というものが、どうもな・・・」

「おかしいって?」

「思わぬか? 俺は魔術に詳しくないし、直感でしかないがそう感じた。あんな便利なものが世の中にあってたまるかとな。傷が治るのはわかる。だが疫病も腑の病も、果ては家系に特有な病気すら治すのだぞ? 快癒に至る理屈が違うのは、俺でも想像がつく。なのに、どうして同じように治る? それに奴らは医術の進歩に興味がない。いつぞや貴様がアンネクローゼの竜にやってのけたような医術を、なぜ並行して進歩させないのか。魔術を秘匿するだけではない、それが気に食わぬ」

「それは・・・そうかも」

「ほかならぬ、俺自身がアルネリアの魔術そのものを信用できない。お前はどうだ、アルフィリース。あの回復魔術を、魔術士としてのお前は信用できるのか?」


 アルフィリースもいつか質問したことがある。アルネリアの回復魔術について、その理論はなんなのかと。アノルンをもってして、その修得は秘中の秘だと伝えられた。そしてほかならぬミリアザール自身が、理論を理解していなかった。

 最初の使用者は、聖女アルネリア本人。彼女は生来不思議な力を使えたらしいが、その力を使用できるように教え、継承できる形で残した『何か』があることは聞き出すことができた。だがその『何か』を、アルフィリースは見せてもらうことができなかった。こればかりはアルネリアのシスターだけの専売特許と言われた。

 その時は冗談めかして「アルフィに解読されたら、歴代のアルネリア関係者の嘆く顔が目に浮かぶから駄目だよ」とミランダに言われたが、もう少し問い詰めるべきだったのか。だが自分にすら教えてもらえないとなると、当然ローマンズランドの王たるスウェンドルに教えるはずもない。


「間者を放ったのだ」


 スウェンドルの言葉にはっとするアルフィリース。


「俺に限らず、歴代の王は同じことをしていた。当然だな、諜報戦は国家間の基本だ。身分を偽って、グローリアを卒業させた者も多くいる。だが、その全てが『たどり着けない』か『よくわからない』か『連絡が取れなくなった』か『裏切った』かのどれかだった。誰も正解にはたどり着けなかった」

「それは――」

「魔術協会も同じことをしただろうな。もちろん、他の国も。回復魔術がなければ、アルネリアの優位性はゆらぐ。だがあれだけ使用者がいるにも関わらず、その修得方法が一切わからない。アルネリアのシスターやクレリックといった回復魔術の使用者は堅く守られ、所在不明になることは終生ない。もし所在が知れなくなれば、奴らは血眼になって探し回る。かつてアルネリアのシスターが攫われたことがあった。行方不明から発見まで、数日が経過していた」

「・・・どうなったの?」

「攫った連中ごとシスターも殺された。跡形なく、周囲一帯焼き払われた。執念としかいいようのない、念の入れようだった。いったい、何なのだろうな? 情報が漏れた可能性があるだけで、そこまでやるのかと思ったよ」


 スウェンドルの言葉にアルフィリースは愕然とした。そこまでのアルネリアの忠誠心を、アルフィリースは見たことがない。かつてリサは、「ジェイクにはどうやら回復魔術の適性はないようです」と語ったことがあるが、もっと重要なことだったのか。リサが面倒を見ていた子どもの中には、回復魔術の使い手がいなかったか。彼女から事情をもっと聴いておくべきだったのか。

 アルフィリースが唸る様を見て、スウェンドルもまた真剣に悩んでいた。


「そうか、お前もとっかかりすら掴んでいないのか。それは由々しき事態だな」

「ごめんなさい、迂闊だったかもしれないわ。もちろん、知っていても言えない可能性もあるけど」

「いや、いい。その表情はより信用に値する。さて、下の連中もそろそろ飛び立つだろう。真竜の子よ、姿を見せよ」

「え?」


 アルフィリースはどきりとしたが、スウェンドルは真面目な表情でドゥフェストの近くを睨んでいた。


「俺もドゥフェストも、一人分の重みが増えて気付かぬほど愚かではないぞ? どさくさに紛れて、王宮に潜入しようとしたな? それとも、アルフィリースにすら内緒か?」

「・・・ばれちゃった」


 イルマタルが隠形を解いて姿を現す。その表情は悪戯がばれた少女のものでしかなかった。アルフィリースはなんとなく気付いていたが呆れた表情となり、同時にスウェンドルの表情を窺った。怒っているのかと思ったスウェンドルは、思いのほか優しい表情だった。



続く

次回投稿は、2/28(月)20:00です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ