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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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大戦の始まり、その55~西部戦線⑳~

「色恋については疎いようだな?」

「へ? そ、そ、そんなことはありませんからね! 恋愛についてだってS級だし!」

「そんな分野の等級があるか。そもそもお前は、A級に申請してまだ受理されていないだろうが。公にできる個人の実績や、ギルドへの貢献実績がないせいでな」

「げっ、そこまで知られているの?」


 アルフィリースが狼狽えたことに気を良くしたのか、スウェンドルが饒舌に話す。


「俺も色恋について達人とは言わぬがな、年長者として経験を話してやる」

「お願いします!」

「そこは素直なのだな・・・まぁ、与太話とでも思っておけ。それはいつも、思わぬところから話は始まるということだ。恋はかくあるべし、などというものは存在せぬ」

「ほうほう。それは、最初のお相手もそうだった?」

「そうだな」


 最初の想い人、後にフリーデリンデ天馬騎士団の総隊長になった天馬騎士のことを話し始めるスウェンドル。


「最初に出会ったのは互いに14歳の時か。まだ俺はいち仕官で、中隊長昇格間際。相手は中隊長に昇格したばかりだった。立場も近いせいでよく任務で顔を合わせ、会話をする機会も多かった。今から思えば、仕事の話ばかりで口論の方が多かった気がするな。とにかく、真面目一辺倒で融通がきかない、生意気な女だった。そのくせ、泥を被りたがる」

「責任感が強いだけでは?」

「それはそうだが、中隊長の地位にある者が妙に泥を被ると、結局被害は部下に及ぶ。時に責任逃れをすることも必要だが、それもできない女だった。何度配慮してやったかしれぬが、俺にだけは恩を着せられたくないと言い張ってな。余計な世話を焼いてくれるなと言っていた」

「よくもまぁローマンズランドの王族にそんな図抜けた態度を・・・」


 呆れたような表情をするアルフィリースに、スウェンドルが呆れ返す。


「それをお前が言うのか・・・もっとも、最初は俺を王族と知らぬようだったが、正式に名乗った後も態度が変わることはなかった。その頃かな、好ましいと思うようになったのは。媚びを売る相手よりは余程好感が持てた。だいたいが、フリーデリンデ天馬騎士団はそのような誇り高い戦士たちが多くはある」

「そうして、どのくらい?」

「2年ほどか。俺は連隊長に出世し、空席が出れば師団長に就任する手筈となっていた。あの者は大隊長に出世していて、やはり会話する機会が増えていた――が、突然奴は総隊長に就任した。部隊長を飛び越してのことだ。これには驚いたが、代々の総隊長はそのようなものだと後で知った。その前の総隊長は例外的に任期が長く、気にしたこともなかったがな」

「突然の抜擢・・・条件があるのね」

「そうらしいな。その条件だけは、俺も詳細を知らぬ。フリーデリンデの中でも、秘中の秘だろう。実績などではないことだけは、たしかだった。あの者が総隊長となってからは、ほとんど任務で顔を合わせることはなくなった。総隊長はロックハイヤーで全体の指揮を執ることが多く、自ら戦場に赴くことはほとんどない。俺も幸か不幸か、間もなく出た空席に師団長として就任した。そのまま継承権の騒動に巻き込まれ、ついに顔を合わせることはなかった」

「手紙のやりとりくらいはしていたの?」

「それもできなかった。お前とアンネクローゼとは、時代が違う。継承権争いに巻き込まれれば、フリーデリンデの総隊長とて弱みにしかすぎぬ。相手にかける迷惑を考えれば、自粛しようというもの。だから、次に聞いたのは訃報だった。王として就任した時、違う者が挨拶に来て初めて知ったという間抜けぶりよ」


 スウェンドルが自嘲した。さしものアルフィリースもこれには何も言えなかった。


「腹いせに、と言ってはなんだが、詳細を調べた。名も知らぬ紛争地帯の小国の争いに巻き込まれた小隊を探しに行って、部下共々散ったそうだ。本来なら荒事専門の部隊アテナも、その時だけは人手が足らなかったそうだ。同行した仲間が精神を病んで人間の暮らしに戻れぬほど苛烈な拷問を受けながら、最後まで気高くあろうとしたと聞かされた」

「あろうとした?」

「人間の尊厳を壊す手段など、何百通りもあるということだよアルフィリース。拷問に耐える訓練というものもあるが、どんなに我慢強い者でも限界はある。自死を封じられた時点で、末路は悲惨なものだ。まして、女ならな。その意味がわからぬほど幼くはあるまい?」

「・・・ええ、理解しているつもりだわ」

「だろうな。だからお前は部隊アフロディーテとも懇意にしているし、万一に備えてターラムの娼婦どもを同行させているのだろう。俺がお前を認めている理由の一つだ」


 この人は、とアルフィリースは足元が泥沼にはまったような陰鬱な気分になった。傲岸不遜、大胆不敵に振る舞いながら、実に細かいところを見ている。もしこの王が本格的にイェーガーを潰しに来ていたら、自分たちの運命は苛烈なものになったかもしれないと、今更冷や汗が出る思いだった。

 スウェンドルは続ける。


「紛争地帯を制圧する方法は簡単だ。より強い暴力で、徹底的に。結果的に一部の軍部の暴走だったとわかったが、俺の怒りを恐れた国は姫を人質に差し出した。その女が、アンネクローゼの母になった女だ。花に群がった虫も傷つけぬようにそうっとどかすような、優しい女だった」

「アンネとは――ちょっと似ているかも」

「あれも激しい気性の割に、妙に優柔不断な時もある。まさしく俺とあの姫の子どもだと思う」

「だから、大事にしたの?」

「・・・かもな。俺も人の親だったということだ」


 スウェンドルが正直に認めることは、おそらくはアルフィリース以外にはありえまい。ローマンズランドの臣下たちの前で同じ発言をすれば、継承権騒動の元になる。ローマンズランドでは竜を操る特性持ちの継承権が優遇されると、アンネクローゼから聞かされた。

 現在の第一皇子アウグストは、生下時に皇太子として任命されている。スウェンドルがどれだけお家騒動を嫌ったか、わかるというものだ。それにしては大陸平和会議に同行させるあたり、例外的にアンネクローゼは重宝されていることを、アルフィリースも理解した。おそらくは、当のアンネクローゼ自身が自分の扱いに戸惑っていただろうことも知っているが。

 スウェンドルがドゥフェストに乗るように促した。どうやら時間が迫っているようだ。



続く

次回投稿は、2/26(土)20:00です。

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