剣士の邂逅、その2~剣士の語らい~
「グレイスだけ料理が多くない!?」
「アタシは体がでかいからね。当然さ」
「あんまり食べるとお腹が出ますよ、ミレイユ?」
アマリナが自分の夕餉を食べながら、ミレイユに忠告する。そんな余裕を見せるアマリナに、ミレイユが喰ってかかる。
「アマリナ! ちょっと自分が太らないからって」
「私はちゃんとトレーニングを欠かしませんから。ミレイユは食べた後、すぐに寝るからいけないのでしょう?」
「ぎくっ!」
図星を突かれたのか、ミレイユの目線が泳ぎ、少し腹の肉をつまむ。といっても、ほとんどつまめるほど太っているわけでもないのだが。
「そ、その~・・・」
「知らないぞ~? そのへそを出したお腹が、三段腹になっても」
「うっさいよ、カナート!」
ミレイユの露出した腹をつつくカナートの手をぱしりと引っ叩き、機嫌を損ねたミレイユが鍋から離れて行く。からかわれてへそを曲げたミレイユが、どの席に行ってこの憂さを晴らしてやろうかときょろきょろと周辺を見渡すと、妙に盛り上がる一画があった。
「うはは! ねえちゃん、イケる口だな!」
「いえ、私は・・・」
「まあまあ、そう言わないで! こんな美人さんと酒飲めるなんて、そうそうないんですから。ここだけの話、うちの隊長は美人だけど怖くって」
「はあ」
マックスとレクサスに酒を勧められるまま、次々に酒を飲み干す黒髪の女性。先ほどからかなりの酒が空いているのだが、彼女は一向に酔う気配が無い。マックスやレクサスも決して酒は弱くないのだが、共に飲むうちかなり限界が近づいてきているのか、顔が既に真っ赤だった。
そして並々とご飯を食べるための丼のような椀になみなみと注がれた酒を、一口に飲み干す女性。その度にラバーズの面々が囃し立てる。
「おねえさん、つよーい!」
「ねえねえ、私と飲み比べしようよ!」
「いえ、もうそろそろ」
だが黒髪の女性が断る間にも、次の酒は注がれていく。もう注ぐ酒もなくなった頃合いだろうと思えば、既に次の酒をラバーズの面々が用意しているところだった。
「盛り上がってんねぇ」
「フン」
ミレイユが感心したその言葉に反応したのはルイ。普段滅多に話す事のない二人だが、ルイはどことなく不機嫌なことくらいミレイユにもわかる。
「ルイは混ざらないの? お酒好きでしょ」
「ああいう酒は好かん」
「そう?」
ルイのその反応を見て、ミレイユは何か気づいたことがあるようだった。良く見れば、遠巻きにその宴会を眺めている者は意外に多い。なのに盛り上がっているのは一角だけで、他の面々は一向に酒を飲もうとすらしなかった。酒盛りは団のほとんどの連中が大好きで、ほぼ年中戦場にいる彼らにとって、楽しみと言えば酒か女だと公言する者も多い。
そして、少し妙な酒宴を見守るルイの傍にはヴァルサスがいた。ルイはヴァルサスを苦手としているので、これは珍しいことだとミレイユは思うのだ。その二人はどうにも真剣な話し合いをしているようだった。
「ルイ、ではお前はローマンズランドが?」
「ああ。一度調べる価値はあると思う」
「なるほどな。だが、あの国はお前にとっては鬼門だろう?」
「アマリナにとってもな。だが、そう言ってばかりもいられまい?」
ルイが手酌で酒を飲み干す。徳利に酒が無いのを確認すると、ルイは最後の一滴まで飲み干そうと徳利に口をつける。ルイは暗躍する黒いローブの魔術士達の事を含め話すべき事を全部話したのと、酒がなくなったことでその場を離れる。やはりヴァルサスは特別の用事が無い限り、彼の傍にいづらいのがルイの本音らしい。
そして話し相手のいなくなったヴァルサスが、マックス達の輪に向かって歩いていく。
「俺も混ぜてくれ」
「お、ヴァルサスが来たか!」
「ヴァルサスさんもスケベっすね~美人にはやはり目が無いんですか?」
レクサスが肘で冗談交じりにヴァルサスを小突く。だがヴァルサスは気にする風もなく、ラバーズ達に自分の椀にも酒を注ぐように促した。
黒い髪の女は、興味深げにヴァルサスをしげしげと見つめる。
「ヴァルサス・・・貴方が?」
「ああ、俺がこの傭兵隊の団長をしているヴァルサスだ。よろしく頼む」
ヴァルサスは挨拶代わりに酒をなみなみと注いだ椀を差し出した。黒い髪の女性も応えるように椀を差し出す。
「女、お前の名前は?」
「ティタニアと申します」
「ふむ」
ヴァルサスが何かを思い出すように、目を細める。
「昔そのような名前の英雄がいたな。良い名前だ」
「それはどうも」
ティタニアはぺこりとお辞儀をする。黒い髪がふわりと揺れる。
「それで、こんな山奥に何の用だ? 見た所、杣でもあるまい」
「はい。人と待ち合わせを」
ティタニアは背中に大剣を二本担いでいる。誰がどう見ても剣士の恰好だ。だが、女性の細腕であのような大剣が振るえるのかどうかは非常に疑問である。
そのティタニアは、暗闇に溶け込む様な静かな声でヴァルサスと会話をする。隣ではしゃぐマックスとレクサスの言葉など耳に入らぬように、ヴァルサスとティタニアは会話をしていた。
「ブラックホークと言えば、大陸でも有名な一団。その団長ともなれば、さぞかし強いのでしょうね」
「それなりに自信はある。だが、その自信も揺らぐがな」
「なぜ?」
ティタニアのその問いにヴァルサスは応えない。その代わり、彼の視線はティタニアを捉えて離さなかった。
またティタニアもその視線を真っ向から受け止め、しばし二人は見つめ合った。が、やがてヴァルサスが沈黙に飽きたのか、質問を投げかける。
「なぜ女が剣など背負って、一人旅を?」
「確かに常識からすれば珍しいかもしれませんね。ですが、これは私が物心ついた時からずっとやってきた事なので。習慣ですね、もはや」
「ずっと?」
「はい」
ティタニアが座ったまま剣を抜き放ちながら、2本の刀身をヴァルサスに見せる。その瞬間、騒いでいたマックスとレクサスがぴたりと止まる。ティタニアは一向に気にかけない。
「見事な剣だ」
ヴァルサスは素直に感嘆した。それぞれ漆黒の刀と黄金の刀。どちらもヴァルサスが見た事もないほど立派な剣だった。
「お褒め頂き光栄です。この剣は、それぞれ父と兄の形見」
「形見?」
「はい」
ティタニアが剣を鞘に収めながら答える。
「私は父と兄と共に旅をしていました。母の顔は知りません。父はそれなりの腕の剣士でしたが、やがて彼が倒れると私が黄金の剣を背負うようになりました。兄はかなりの腕の剣士でしたが、やはり戦いに倒れると、漆黒の剣も私が背負うようになりました。それからずっと長い間、私はこの2本の剣と共に旅をしています」
「難儀な事だな」
ヴァルサスが酒を飲み干しながら答える。ティタニアはその様子を静かな目で見つめている。かがり火に照らされるその顔は、やはり剣を振るうようには戦士には見えない。レクサスですらそう思うのだ。
椀に残った酒を行儀よく飲み干しながら、ティタニアが少し昔を懐かしむ様な目をする。
「いえ、そうでも」
「他に仲間や家族は?」
「昔はいましたが・・・今は」
「そうか、つまらん事を聞いた」
ヴァルサスはラバーズ達に、酒の酌をさせながら詫びた。今度は逆にティタニアが質問する。
「貴方は?」
「何がだ」
「いえ、御家族などはおられないのかと」
「こいつらが俺の家族だ」
ヴァルサスの答えには淀みが無い。
「俺の家族は団の人間だ。俺の故郷は戦場だ。戦場で生まれ、父も母もいない俺は、そう思うことにしている」
「疲れたりはしませんか?」
「なぜだ」
ヴァルサスはまたしても杯を空にしながらも、鋭い目でティタニアを見る。ティタニアの目は先ほどから浴びるように酒を飲んだはずなのに、澄みきっていた。
「人間であれば安らぎが欲しいと思うのは道理。常に戦いの日々では、心がすり減ってゆくのでは?」
「それが俺の場合そうでもない。そういった点では、俺は人間ではないのかもな。いや」
「?」
ヴァルサスが遠い目をした。
「あるいは寂しいのかもしれんな。だから常に剣を振るう。そう考えれば、なんと俺は情けない人間だと思うよ」
「そうですか・・・私と同類ですね」
「うん?」
ティタニアが最後に呟いた言葉は、ヴァルサスには聞き取れなかった。その声が聞こえたのは、非常に耳のいいミレイユと、センサーであるカナートだけ。
そうしてまたマックスとレクサスは盛り上がり、ティタニアとヴァルサスは一言も口を聞かなかった。互いに聞くべきことは聞いたとでも言いたげに。
そして適当なところでヴァルサスが立ちあがる。
「ティタニアとか言ったか、もう寝た方がいい。こいつらは朝まで騒ぐだろう。付き合っていたら身が持たん。寝る時には我々と共に寝るがよい。そうすれば魔物が来ても事前に気付くだろう」
「お気遣い、いたみ入ります。それでは私も用を足した後、お言葉に甘えさせていただきましょう」
そうしてティタニアも席を立つ。そんな彼女にマックスもレクサスも気づきながらも、あえて引き留めようとはしなかった。
そしてティタニアが少し離れた所で用を足し、戻ってくる途中で自分の行く手を遮る影があることに気がつく。
続く
次回投稿は6/3(金)7:00です。