大戦の始まり、その52~西部戦線⑰~
「精霊剣――なのね?」
「正確には槌、だな。ロックハイヤーを開闢したと言われる、『天地を割る槌』シャルアフラウ。それが私の本当の名だ。二番隊アテナの隊長というのは、仮の姿でしかない」
「そう。その正体は代々総隊長と、各部隊長、そして二番隊副隊長しか知らない。時にアテナの隊長として、そして定期的に世界を周遊しながら、姿や名を変え影からフリーデリンデの天馬騎士団を守る。それがフリーデリンデの天馬騎士団の守護者、シャルアフラウなのよ」
「私にも、かつての記憶はほとんどない」
ヴェルフラは厳かに語る。
「神話の時代から存在していたような気もするし、誰かに作られたのかもしれない。ただ私の最初の記憶は、まだロックハイヤーの大地がただの岩肌でしかなく、初めての雪が降り積もる頃、私を手にした少女のことだ。少女は魔物に追われて行き場を失くした一族の、最後の生き残りだった。命からがら生き延びたその先で、私は彼女の願いに手を貸した。この何もない不毛の雪の大地に、人々の安息の地を作り上げると。私を手にした少女は強く美しい戦士へと成長し、彼女の高潔さに応えるように天馬は魔物たちを裏切って彼女に寄り添って契約をした。天駆ける乙女に憧れ、少女たちが一人、また一人と集まりやがて人の住める土地を開拓した。それがロックハイヤーとフリーデリンデ天馬騎士団の始まりだ」
「ロックハイヤーの大雪原を思わせる、薄くて青とも銀ともとれるような髪色は、ロックハイヤーに愛されし証拠。初代も、その髪色だったそうよ。あなた、髪色が徐々に変化しているのではないかしら? 元々ミストナ様に近い色だったとは思うけど、最近は特に」
「そういえば・・・」
マルグリッテに指摘されて、はっと思い至る。そこまで鏡をまじまじと見る習慣もないので気にしていなかったが、部隊の誰かに指摘された覚えはある。ただそれが、そこまで重要なことだとは思っていなかった。
ヴェルフラは続けた。
「私は次の総隊長――ロックハイヤーの意志を体現する乙女を、選定する立場にある。ずっとそうしてきたし、それが最初の正式な主の願いだったから。周囲はエマージュだと思っていたようだが、私とミストナだけは知っている。そのつもりで、お前の成長を見守っていた。ターシャは、幼い時から私と縁があった。悪いことをして樽の中に隠れたターシャを、最初に拾い上げた時から不思議な縁を感じたのだ。まだミストナも健在だったのに、普通はないことだ。普通は先代が死んでから、次の適正者が生まれる。私を振るうことができるのは、常に時代に一人だけだから」
「え・・・と。それはつまり・・・どういう?」
「長く総隊長を務めることになる、あるいは歴代にないことをする。少なくとも、私をすぐに扱える者が必要になるほどの、危機が迫っている。そういうことだと思っているよ。そして同時に、ミストナの命運も尽きる」
「え!?」
「言ったろう、時代に一人だけだと。私を振るえる者が2人いると、間違いなく争いの元になる。私の使い方次第では、国を滅ぼすことも可能だ。それだけの力を持っているからな。フリーデリンデの天馬騎士団の歴史はローマンズランドよりも古い。彼らの開国にも天馬騎士団は力を貸したのだ。彼の王族は私の恐ろしさを伝え聞いている。だから、私たちを襲わない。そういう掟だ、理解しろ。納得しろとは言わん」
しばしターシャは呆然としていたが、思ったよりもその表情は早く元に戻り、そのまま天馬を駆る時のターシャの表情になった。天馬を駆る時の彼女は常に誰よりも楽しそうに、そして空の厳しさを知っているように鋭く気候を読む。それこそがターシャの下で天馬を駆る者たちが認める彼女の才能だが、ターシャはその事実を知らない。ミストナでさえ、ターシャのようには天馬を駆ることはできないと認めたことも。
ターシャはしばし目を閉じ、そしてゆっくりと開いた。その表情に、甘えや怯えは既に消えていた。
「二番隊隊長ヴェルフラ、いえ、シャルアフラウ。私は何を成せば?」
「何を成すかは自分で決めるがよい。ロックハイヤーを開闢したのが私なら、終わらせるのは私の所有者たる代々の天駆ける乙女の役目だ。信じるもののために突き進むも、ロックハイヤーを守るのも自由だ」
「二番隊アテナはそのための槍となる戦力。ターシャが成したいことを成す時に、シャルアフラウはあなたの手の中にいるでしょう。その時に二番隊を率いるのは私です。その時が来たら、躊躇うことなく私たちの力を振るうがよいでしょう。全騎天に散ることになろうとも、アテナは進軍を止めません」
「何もそこまで――いえ、それほどの覚悟があるということなのね?」
「ええ。どう使うかは、あなた次第」
ターシャは大きく息を吐いた。
「重いわ。とても重いのね」
「だからこそ天馬の羽がある。初代天馬は人語を解する幻獣だったが、初代乙女の心を何よりも慮っていた。せめて自分の背にある時は、その重き枷から解き放ってやるのが我が使命とな。その意志は今もなお天馬たちの間にある。遠慮は不要だ、躊躇うな。決めたら突き進むが良いだろう」
「そっか・・・まだよくわからないけど、その時が来たらお願いね」
「ああ、できればそんな時が来なければよいのだが、そうもいかないだろうな」
ヴェルフラはそれだけ告げてから、ターシャの下に跪いて主従の誓いを果たした。そしてターシャはこのことを誰にも告げないように2人に口止めした。さしものリサも、その時3人が何をしたかまでは気付いていないようだった。
ターシャは、今はまだ何をすべきかわからない。ただ、フリーデリンデの天馬騎士団に何が起きて、その時アルフィリースがどうするかで決めようと思うのだ。
続く
次回投稿は、2/20(日)21:00です。