大戦の始まり、その51~西部戦線⑯~
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アルフィリースがこれからの戦略に関してアンネクローゼから情報を引き出している頃、イェーガーの部隊長はおおよそがミューラーの鉄鋼兵と飲み比べをしたり、あるいはフリーデリンデの天馬騎士団の美麗さに目が眩んでいた。ただ、その中で一人だけ例外がいた。ターシャである。
ターシャはイェーガーに割り当てられた宿舎の中で、リサの告げた通り樽の中に隠れて一人で震えていた。なぜそんなことをしなければいけなくなったのか。ロックハイヤーの実家に送るべきお金を、賭けでスッたことを姉エマージュに追及される可能性があるからだ。
元々は充分足りる計算だった。だが今回の長期遠征、そして部隊の活動資金などをやりくりしているうちに、貯金が底をついていることに気付いた。既に給金を前借りした状況でまさか金欠で出撃できませんなどと言うわけにもいかず、そして団長であるアルフィリースに割当てられたローマンズランドの戦場を嫌とも言えず。自分以外の隊員たちは懐かしい顔ぶれに会えることを楽しみにしていたので、ターシャは一人悶えながらこの戦場にやってくる羽目になった。
そして案の定、フリーデリンデの天馬騎士団揃い踏みと相成った。ターシャが考える中で、最悪の状況だった。
「なんで総隊長のミストナ様までもが来ているのよぅ……私の私生活がばれちゃうじゃないかぁ」
「もうばれているぞ、随分と前からな」
そう頭上から声がしたかと思うと、ひょいと首根っこを掴まれて持ち上げられた。足台を使って樽からターシャを引き上げたのは、二番隊隊長のヴェルフラ。その隣には、いつも通りの笑みをたたえた副隊長のマルグリッテがいた。
「お・・・」
「お?」
「おっす」
「なんだ、その挨拶は」
ヴェルフラにぽいと放り投げられて、尻から着地するターシャ。痛みに尻をさするターシャを見ながら、マルグリッテは腹を抱えてけらけらと笑っている。
「さっすがターシャ、面白すぎ! よりにもよってヴェルフラ隊長に、『おっす』って! ないわー」
「えへへ、気が動転して・・・」
「マルグリッテを本当に笑わせるのはお前くらいのものだ、ターシャ。それより、ちゃんとお前の私生活は逐一報告されている。今回の件ももう漏れているし、その前の賭けで向こう三か月分の給金を前借りしていることもな」
「な、なんで!?」
慌てふためくターシャの鼻の頭に、マルグリッテが近づいて指を当てた。
「ターシャの金使いの粗さは有名だからね。ちゃんと見張らせているわよぉ?」
「あいつら、裏切ったな!」
「裏切るも何も、端からお前の部隊には元アテナの者もいる。というか、全ての部隊から数名ずつ、お前の部隊に入れているだろう」
「やっぱりそうなんですか? 経歴書には何も書いてなかったけど、完全な新米ばかりじゃないだろうとは思っていましたが」
「試作運用部隊だからねぇ、ターシャの部隊は」
マルグリッテがにやにやしながら頷いた。ターシャは一瞬呆気に取られていたが、その意図するとこは理解できなかった。
「試作運用・・・何の?」
「今の天馬騎士団だけでは対応できない事態への、だ。適正を見て5つの部隊に編成する旧来のやり方だけでは、多様性をなくすのではないかとの指摘は以前からあった。現に、魔王の出現頻度が上がってから、部隊の損耗度合は上がっている。そこにお前が率いる派遣部隊の話だ。これは良い機会だろうと、各隊長が合意して派遣したのさ。だから、お前の動向は全ての体調が逐一報告を受けている。当然、ミストナ様もだ」
「げえっ!? それで、私は失格ですか? 死刑ですか?」
「ロックハイヤーに死刑があるか? 安心しろ、及第点をちゃんと出しているよ」
ヴェルフラは控えめに言ったが、実際は各隊員からの報告は良好で、試作運用部隊は充分な成果を出していた。ターシャの指揮官能力は、各隊長もミストナですらも認めるところである。ただ、私生活には誰も合格点を出していない。
そして、珍しく真面目な表情でヴェルフラを見たマルグリッテに対し、ヴェルフラは小さく頷いた。
「そして試作運用の意味は、もう一つある」
「もう一つ?」
「結論から言うわね。あなたが次の総隊長よ、ターシャ。先に私は契約を済ませておくわね?」
マルグリッテがその場で膝をつき、ターシャに頭を垂れた。その行為が信じられず、狼狽するターシャ。それはそうだ。誇り高きフリーデリンデの天馬騎士団が膝をつくのは、生涯で二つの場面しかない。自らの天馬と契約する時と、総隊長が新たに就任する時だけ。求婚を受ける時は、必ず相手に跪かせるのがフリーデリンデ流だ。
ターシャは意味も分からず狼狽えるだけだったが、その肩をヴェルフラがしっかりと掴む。
「受け入れろ、これがお前の運命だ。お前はロックハイヤーに選ばれた。もっといえば、ロックハイヤーという大地に愛されたのだ」
「そ、それはどういう・・・」
「お前を樽から拾い上げたのは、実に二度目のことだ。覚えているか?」
「二度目・・・昔隠れていた時に釣り上げてくれたのは、背の高い絶世の美人の天馬騎士で・・・あ」
ターシャは思い至った。その姿は、統一武術大会で見たフラウとそっくりではなかったか。そして目の前で、ヴェルフラの姿がフラウに変化した。ターシャはその姿の変化を見て、なぜだか彼女の正体を理解してしまった。
続く
次回投稿は、2/18(金)21:00です。