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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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大戦の始まり、その50~西部戦線⑮~

 アンネクローゼがアルフィリースに、唐突に言い放った。


「父上が妙だ」

「それ、今に始まったことじゃないんじゃ?」

「アルフィ・・・あまりといえばあまりの言い様だな。一応私の父上は一国の王だぞ?」

「ええ、今それを言っちゃう? だって、アンネが自分から言ったんじゃない」


 誘導されて咎められたような気がして、アルフィリースは慌てて取り繕った。いくら親しくしているといっても、アンネクローゼはやはり王族で、そしてここは相手の本拠地なのだ。あまりに不敬が過ぎれば、いかにアルフィリースといえど危機に陥る。

 滅多に見せないアルフィリースの慌てた様子に毒気を抜かれたアンネクローゼが、ふふっと小さく笑った。


「結構重要な話をしようとしていたのだがな。どうしてアルフィはいつもそうなのだ?」

「どうしてといわれても、こうだからとしか言えないけど・・・変と言うのは、様子が良い方向に変わったということ?」

「感じるか?」

「ええ」


 アルフィリースは素直に頷く。なぜなら、スウェンドルの様子は聞くのと見るのでは、かなり違ったからだ。


「暴虐で人の言うことを聞かぬ暗君、というのが最初の評判だったけど、会って話した印象だと半分くらいは違ったわ。暴虐だけど他人の言に耳を傾けないわけではないし、大陸平和会議での議題の出し方や話し方を見ていて、強引ではあるけど有能――名君かどうかまではわからないけど、他国の使節に比べればかなりマシ、というのが正直なところだったわ」

「――まさに同じ印象だ。幼少の頃より見てきた私でさえ、我が目を疑った。目の前にいる王は誰なのだろうかとな。常に酒に溺れて色欲に耽り、国政などそっちのけで佞臣を蔓延らせた王とは思えない。もっともオズワルド爺やに言わせれば、かつての王の姿そのものだそうだが」

「さらに何かあったのね?」

「滞っていた国政の裁可を一気にやってのけた。数年分の裁可を、たった数日で終わらせたのだ」


 アンネクローゼには困惑の色が見えた。それはそうだろう、突然自分の父が見たこともない変貌を見せたのだから。

 アンネクローゼは戸惑いながらも続けた。


「今父上の裁可をそれぞれの部署に下ろして実行させようとしているが、あまりに多くの命令が一斉に出たので、軍部も国政も機能不全に陥っている。ただ、文武百官からも民衆からも、嬉しい悲鳴が聞こえ通しだ」

「・・・ねぇ、一つ聞いていい? じゃあ、戦争の総指揮はどうしているの? ローマンズランドはスウェンドル王が軍事の最高権力者も兼ねているはずだけど。そこまでの裁可を実行しておいて、軍部の采配まで執っているはずがないわよね?」

「各方面軍に一任されている。それぞれ第一皇子、第二皇子だから何も問題ない――あ」


 アンネクローゼはそこまで言ってから、アルフィリースの顔を思わず振り返った。そこには、友人としての無邪気なアルフィリースはどこにもいなかった。一軍を、そして一傭兵団の命を預かる統率者としてのアルフィリースがそこにはいた。


「第一皇子――アウグスト殿下だったかしら? どちらの方面の軍を率いているの? 私は一度もお顔を拝見していないんだけど」

「それは――言えぬ。軍事機密だ」

「私たちの間に隠し事はなし。そう契約内容に盛り込んだわね?」

「それでも言えぬ! 察しろ、私よりも上から出ている命令なんだ!」

「じゃあ言わなくていいわ、どうせわかっていることだし。東ね?」


 ひゅうっ、とアンネクローゼが息を飲む音が聞こえた。それで返事は充分だった。


「規模は? 一万、二万なんてことはないでしょう。こちらに軍よりも多いはず――五万かしら?」

「・・・」


 アンネクローゼの視線は動かない。アルフィリースは違うと踏み、さらにかまをかけることにした。


「それでも少ないか・・・それもそうか。アレクサンドリアを落とすんだものね。じゃあ十万――それに、第一皇子が出陣しているから、空戦第一師団もついているだろうし、第二師団もついているとしたら・・・総勢12万かな?」

「な・・・おまえ、アルフィリース! い、いや・・・」


 ほとほと嘘がつけない性格だなと、アルフィリースは少し憐れむくらいの感情でアンネクローゼを見た。契約に嘘はなしと盛り込んだのは、アンネクローゼに対する牽制と揺さぶりだ。それでも軍事機密を傭兵如きに話す必要がないことを、アルフィリースは知っている。ただ、後ろめたさから必ずアンネクローゼは表情に出すと読んだ。果たしてその通りなのだが、それでもこうまではまると罪悪感がある。

 アルフィリース盛大にため息をついた。


「アンネ・・・困るわ。私の雇い主がそこまで正直だと」

「う・・・うぐ。わ、私は何も言っていないぞ!」

「口だけはね。でも、もういいわ。私の予想を出ていないから。指揮を執っているのは策士クラウゼル。そして、その事実を我々傭兵には言うことはできない。それでいい?」

「好きに想像してくれ。明日、王宮に行けばわかることだ」


 それきり、アンネクローゼは背を向けて何も言わなかった。何か言えばアルフィリースには隠せないと思ったのか、それとも罪悪感があるのか。アルフィリースもそれ以上は問い詰めることはなく、むしろ言い過ぎたかとやや心配になっていた。



続く

次回投稿は、2/16(木)21:00です。

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