大戦の始まり、その49~西部戦線⑭~
「総隊長はロックハイヤー大雪原から動かないとターシャから聞いていましたが、なぜここに?」
「たしかにロックハイヤーから出たのは部隊長の時以来ですが、別段そうしなければならない理由はありません。今回は全ての部隊を一つ所に派遣する大戦。真冬のロックハイヤーに侵入する愚か者はいないでしょうし、私が直接戦場の空気を見ておきたかったのです」
「なるほど。では、総隊長の見立てはいかがでしょうか?」
アルフィリースの見立てに、ミストナの眼光がとても険しくなった。穏やかな視線から、猛禽の眼光へ。たしかに彼女が歴戦の強者だとわかる、非常に鋭い視線だった。
そしてそのままアルフィリースの手をしっかり握ったまま離さないことが何を意味するかを察し、アルフィリースはリサに目配せをすると、リサがその場でフリーデリンデの隊長たちまで巻き込んだ簡易の結界を瞬間的に作り出した。
「ミストナ殿、お話いただいても大丈夫です。この話、どこにも漏れることはないかと」
「ありがとう、アルフィリース殿。察しが良くて助かります。時間もないので手短に。この戦、私は途中で離脱せざるをえないでしょう」
「なぜゆえに?」
「私がいては、ローマンズランドはフリーデリンデの天馬騎士団を自由に運用できないからです」
ミストナに言葉に、隊長たちは皆目を一瞬伏せた。
「フリーデリンデの天馬騎士団の創設は、ローマンズランドの創設とほぼ同時期です。彼らの建国の祖を我らが支援し魔王を打倒したことが、ローマンズランドとの友誼の発端です。ローマンズランドの竜騎士は唯一といってよいほどロックハイヤーを滅ぼすだけの力を持ちながら、決して暴力的にそれらを行使することは今までけっしてありませんでした」
「だけど、この戦は違う。そうお感じなのですね?」
「その元凶が誰かは、直にわかることでしょう。ですが、今までとは同じではいられないかもしれない。もしそうなった時に、次の手を打っておくことは必要です。アルフィリース殿。もしも――もしもの時、彼女たちが羽を休める場所になっていただくことは可能ですか?」
ミストナの口調は頼りなさげに頼んでいたが、その視線の鋭さは変わっていなかった。対して、他の隊長たちは不安そうな表情である。もし断れば、ミストナは自決しかねないほどの覚悟でこの話を切り出していると感じた。
即答するには重すぎる問題。だが、返答に時間はかけられない。アルフィリースはドードーをちらりと見たが、ドードーは全てを察しているように頷いた。どうやら、彼は事情を察している様だ。
アルフィリースは目を閉じてしばし悩んだ後、たしかに頷いた。
「大樹とは言い難いかもしれませんが、ひと時彼女たちが休むことができるくらいの木にはなってみせましょう」
「その言葉で十分です、ありがとう」
ミストナは堅く両手でアルフィリースとがっしりと握手をした後、リサの方を向いて結界を解くように促した。
いかに傭兵たちの集まりとはいえ、いつまでも声が聞こえないでは怪しむ者も多く出るだろう。ドードーがそっと周囲から見られぬように大隊長たちを配置していたことを考えても、彼らの連携は緊密に取れているようだ。
そして順々に天馬騎士団が挨拶をして回った。
「改めまして、一番隊アフロディーテの隊長カトライアよ、よろしくね。こちらは副隊長のディアーネよ」
「よろしくお願いします」
カトライアに勝るとも劣らぬ美女がアルフィリースの手を握った。その手は騎士とは思えぬほど柔らかく、カトライアと揃いの金の柔らかい長髪から香しい匂いが漂ってきて、アルフィリースは思わずとろけそうになった。
その次に、挨拶に来たのは懐かしい顔だった。
「久しぶりだわ、アルフィリース。本当にクラン、いえ、レギオンとでも呼ぶべき巨大傭兵団ね。ここまでのものをここまで短期間で作り上げるとは、驚きだわ。それに私の妹だって上手く扱っているようだし――」
「エマージュ隊長。懐かしいのはわかりますが、まずは挨拶を」
「あら、いけない。三番隊ラスワティ、隊長のエマージュです。いつもターシャがお世話になっているわ」
「改めまして、副隊長のネスネムです。その節はまともに挨拶もできず、すみませんでした。まさかここまでのことを成し遂げる御方だったとは」
「そんな大層な者じゃないわ。エマージュの助言と、ターシャには本当に助かっているわ。そういえば、ターシャがいないわね、リサ?」
「会が始まる直前に、逃げましたよ。私のセンサーも考慮した見事な逃げっぷりでした。どの樽の中に隠れているか、教えましょうか?」
リサの冗談とも本気ともとれる言葉に、エマージュとネスネムが苦笑いする。
「まぁ・・・変わらない部分もあって何よりだわ。でも、彼女の下には二番隊アテナのヴェルフラとマルグリッテが向かっています。彼女にも、大切な役目と言伝がありますから」
「そうなの?」
「ええ、そうなんです。とても、とても大切な言伝が」
エマージュの表情が複雑に澱んだ。嫉妬と歓喜。両方の感情をアルフィリースは見た気がする。
続いて、小柄な女性が挨拶に来た。口元をフェイスヴェールで覆い、茶色の髪を一つ括りにしたまるで口無しのような女性だった。隣の女性も同じく、髪をくくってこそいないが同じいでたちだ。
「4番隊イーリス、隊長のカンパネラだ。噂はかねがね」
「同じく4番隊副隊長のミルセラです。我々は主に速さに優れた天馬を駆ります。伝令などが必要とあれば、我々をご指名ください」
「承知しました、よろしくお願いします」
そして最後に、ぽわぽわ頭の癖っ毛の女性が挨拶に来た。その柔和な表情は、まるで戦いと無縁のようで、体格も少女のようでありながら、妙に主張の強い胸を持っている女性だった。
「はじめまして。五番隊ダミアー、隊長のパルパルゥです。よろしくねぇ」
「同じく五番隊副隊長のドルチェです。我々は主に空輸が仕事になります。戦いはそこまで得意としていませんが、重い物でも運ぶことができます。輸送の際はお声がけを」
隻腕の副隊長が、きびきびと説明した。ほんわりした隊長と、良いコンビを組んでいるようだ。アルフィリースは彼女たちともしっかりと挨拶し、しばし女子同士の話で盛り上がった。
それらが一通り終わったころ、アンネクローゼがアルフィリースの元にやってくる。
「楽しんでくれているか?」
「ええ、たしかに料理はアレだけど、有意義な夜会だわ」
「言ってくれる! ・・・が、少しいいか?」
「もちろんよ。リサも外させる?」
「頼む」
アルフィリースがリサに目配せをすると、2人でテラスに出た。リサはテラスに出る入り口から、見張りも兼ねて簡易の結界を張って2人きりにする。
アンネクローゼにしては珍しく、不安そうな表情で切り出した。いや、思えば背中を見せていることが多かったせいで気付かなかったが、スカイガーデンに入ってからずっとこうではなかったのか。
続く
次回投稿は、2/14(月)21:00です。