大戦の始まり、その47~西部戦線⑫~
三の門は思ったよりも簡素で、攻め寄せれば簡単に破れそうだった。一の門、二の門とは全く違う。ただ、ここまで攻城兵器をもって攻め寄せられるとは思わないので、やはり破るのは苦労するかもしれない。
その門をくぐると、久しぶりの平地にほっとする一同。その目の前にはいきなり上品に作り込まれた建物が出現した。アンネクローゼの説明では、どうやら迎賓館であるらしい。
「門をくぐっていきなり迎賓館とはね」
「余計な情報を与えないためでしょう。それに、ここまで敵が攻め込むことを想定していないのでは?」
「まぁここまでの経路を軍が登ってくることは想定しがたいよね。何より、心が折れるわ」
「攻めろと言われても、拒否したくなりますね」
「今日はここで一泊してもらう」
アンネクローゼの言葉に、意表を突かれるアルフィリース。確かに、日は既に傾きつつあるが。
アンネクローゼはさも当然そうに、続けた。
「急激に高所に行くと、肺や脳がやられて病気になる者も出る。竜騎士として訓練をした者はよいが、そうでなければここらで一晩か二晩、体を慣らすべきだ。そろそろイェーガーにも体調不良者が出ているだろう」
「あ、聞いたことがあるわ。リサ、全員の体調を確認。その後休息を」
「わかりました」
リサが伝達し、彼らは一層内にある駐屯施設に案内された。アンネクローゼの言葉通り、たしかに体調不良者は何名も出ていたのだ。
そしてこの第一層には、ミュラーの鉄鋼兵や、フリーデリンデの本隊も駐留しているらしい。ただ高地であるこの第一層には薄ぼんやりと雲や霧がかかっていることが多く、見晴らしがかなり悪い。そのためその駐屯地を見ることはできず、他の貴族の住まいやまして飛竜の営巣地などはどこにあるのか皆目見当もつかなかった。
幹部たちは迎賓館に通され、そこで簡素ではあるが、イェーガー歓迎の宴が開かれた。そこにブラウガルド殿下やその周辺の将軍の姿はなく、アンネクローゼとその麾下の将たちがほとんどだった。その代わり、ミュラーの鉄鋼兵とフリーデリンデの天馬騎士団の隊長たちが集結していたので、賑やかではあった。
アンネクローゼが歓迎の挨拶を述べる。
「さて、諸君。我々の軍に協力してくれる君たちに感謝しよう。ささやかではあるが、歓迎の宴を用意した。駐屯地にいる仲間たちにも、酒くらいは用意させてもらっている。質素な国ゆえ、中央程のもてなしは期待してくれるな」
アンネクローゼの言葉に、傭兵たちが軽く笑う。おそらくは他の無骨な将や王族ではこういった形で笑いを誘うことは不可能だろう。アンネクローゼは王族の中でも社交的で砕けた性格との評判だった。良き出会いをしたと、アルフィリースも彼女との縁に感謝する。
そして並ぶ料理に目を落とすと、たしかに彩りや食材も、イェーガーの厨房と比べてすら劣る始末だった。この高地では素材を運び込むこともままならないだろうし、田畑を作るのも一苦労のはずだ。イェーガーの料理人たちは腕が良い者も多く、最近では頭角を現してきたラックが常に新しい料理や素材に挑戦しているので、飽きることがない。まぁどんな無茶な食材採取の依頼にも、ルナティカがおおよそ応えてみせるせいということもある。
アンネクローゼの挨拶で乾杯をすると、それぞれが挨拶を交わし合った。アルフィリースもミュラーの鉄鋼兵の隊長たちとは初めて出会う。彼らは団長のドードーの血縁者がほとんどだそうだが、一様に大柄で、その容姿は誰もが異なっていた。
ドードーの妻が全部で十数名いるというのは、本当なのだろう。ドードーがいならぶ幹部を端から紹介してくれた。
「右から順に、ガッサム、レイフ、ドライツ、ガノッサ・・・」
「ちょ、ちょっと待って。覚えられないわ!」
「がっはっは、それもそうか。じゃあ適当にたのまぁ!」
その言葉に、多くの鉄鋼兵幹部が不満を連呼した。
「そりゃあないぜ、親父!」
「これでも俺ら、部下を百人以上引き受ける大隊長だぞ?」
「るせぇ、俺だってお前らの名前が曖昧なんだよ!」
「なんてクソ親父だ!」
喧々囂々(けんけんごうごう)とした挨拶が終わると、統一武術大会でも顔を見た面子がある程度挨拶に来た。
サティラとゼホは律儀な面を見せたが、サティラはきょろきょろとイェーガーの方を見渡した。
「彼女は・・・いないようですね。戦場では活躍したと聞きましたが」
「エルシアのこと? 彼女はまだ幹部ってほどじゃないから」
「俺をおちょくってくれたあいつもいないようだ。まぁ、幹部って柄じゃないか」
サティラもゼホも残念そうな顔となったが、エルシアもレイヤーもこの場にいたら少々面倒になったかもしれないので、丁度よいと思われた。
そして宴会の最中に、リサがアルフィリースにそっと耳打ちする。
「リサの知る限り、ミュラーの鉄鋼兵のほぼ全戦力がここにいるようですね」
「全戦力・・・相当な規模よね?」
「そうですね、総勢は五千とも、一万とも。彼らの本拠地は紛争地帯の一画ですが、ドードーはその地域の英雄です。巨人族の血を引くドードーはかつて鉱山奴隷といて働いていた経歴があり、不当な扱いに激怒した彼は身一つで傭兵団を興し、一代で巨大傭兵団を築きました。奴隷を解放し、虐げられた者たちを仲間につけ、味方を増やしていったのです。弱気を助け、強きを挫く。まさに英雄を地で行く男でしょう」
「それでも、腕っぷし一本じゃのし上がれないでしょう」
「紛争地帯ではありますが、複数の国から貴族位を授かっています。中には亡国の王女が妻となっていたり、その気になれば本当に王位を継ぐこともできるのでしょうね。彼の勢力圏はそれこそ国より広いです。紛争地帯の半分には、彼が何らかの影響力を持つとか」
「そんなに? いえ、それだからローマンズランドは彼を味方にしたのか・・・」
アルフィリースが呟くと、そこにドードーが歩いてきて、ぽんとその肩を叩いた。
続く
次回投稿は、2/10(木)22:00です。