表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
2301/2685

大戦の始まり、その44~南部戦線⑮~

「大丈夫っすかね、ロアの奴」

「あいつは味方の隙を埋めるのが上手い。特に小隊や中隊を使ってゲリラ戦をやらせたら天下逸品だ。あいつが小隊3つを運用しただけで、敵国の師団を追い返したのを覚えてるだろ?」

「覚えてますよ。最少の行動で最大の効果を上げるのが得意な奴でしたね。当時の俺にゃ理解できないことだったけど、改めてとんでもねぇ奴だ。だけど、足が心配ですね」

「本人が動けなくとも、アルフィリースのところに派遣していた獣人たちが半数帰ってきている。あいつら、相当鍛えられているみたいでな。運用しやすいし、作戦を落とし込むのがやりやすいんだとさ。それにカザスとかいう人間の小僧も来ているそうだ。あいつがロアと一緒に、獣人の部隊を動かすんだとよ」

「へっ、人間が? そりゃあ時代も変わったもんだ」


 ラッシャが唸ったが、もう一つの部隊の方がゼルドスには気にかかっていた。こればかりはアルフィリースを信用するしかないのだが、まだ確証が持てないでいる。ただ信頼できるのなら、ゼルドスとしてもこの上なく頼りにできる男――いや、オネェなのか。

 ラッシャはほぼ同世代、そして最前線ではなく、少し引いた場所から自分たちが暴れる場面を冷静に分析することの多かった2人の顔を思い出した。


「アムールの奴、操られていたんでしょ? しかも自覚もなく。そんな奴に一軍を貸し与えるなんて、ドライアンも隊長も何を考えているんだか。本当に大丈夫なんでしょうね?」

「どうだろうな・・・アルフィリースはアルマスとの契約において、ウィスパーに約束させたから、まず大丈夫だと言っていたが」

「アルマスなんて、信用できない代名詞でしょ?」

「だが大陸最大の商人でもある。その代表に『契約』という言葉を使わせたんだ。それに、ここで嘘をついてもアルマスに益がない。アルマスは益があると信じて黒の魔術師に武器や素材を提供したが、黒の魔術士にとっては人間もそれ以外もどうでもよかったんだ。まして、この人形遣いからは怨念のような感情しか感じないよ。ウィスパーもそう判断したからこそ、この戦に関しては少なくとも俺たちの味方だと思っている」

「その心は?」

「人間が全て死んだら、武器が売れない」

「そりゃあ説得力がある」


 ラッシャは納得した表情で立ち上がると、後方の連中を促した。


「ミーニャ、ゼット、ダイス。それぞれ200人ずつ預けるぞ、連中の側面を突く」

「「「応っ」」」

「ゼルドス隊長、弱い所を見つけました。徹底的にやりますよ、いいですね?」

「もちろんだ。存分にやれよ、血まみれラッシャ」


 ゼルドスがお墨付きを出すと、ラッシャは凶暴に笑って応えた。


「いや、加減しなくていいのは楽っすね。若い時みてぇに滾りやがる。いつも相手を殺さないように、やり過ぎないようにって加減してたからなぁ・・・いくぜ、てめぇらぁああああ! 俺に続きやがれぇえええ!」


 ラッシャの掛け声と共に、千の獣人が丘から飛び出して敵の横っ腹に突撃した。彼らの動きを見ながら、その穴を埋めるようにゼルドスが指示を出す。

 血まみれラッシャ。かつて最も穏健な種族の一つであった、リス族に生まれた異端児。鋭い爪も牙も持たず、それでも獣将に憧れた少年はただその拳を鍛え抜いた。一撃で相手を打倒するには至らず、何度も何度も愚直にその拳を敵に叩きつけて打倒する。その過程で自らも殴られて血まみれになっているのか、相手の返り血で血まみれになっているのか。

 研ぎ澄まされた牙と爪で返り血を浴びずに相手を仕留めることを是とする獣人の世界において、ラッシャの戦い方は疎まれ、忌まれた。そして嘲りと恐れを込めて彼は血まみれラッシャと呼ばれるようになった。

 ゼルドスが自らの副官として彼を見出すまで、誰も彼に手綱をつけることはできず、獣人一の狂戦士だった頃の彼を知る者は少なくなった。そして今また、彼の獰猛なまでの武勇を多くの獣人たちが目に焼き付けることになる。

 南方戦線では多くの戦が展開されたが、後に語られたもっとも悲惨な戦はグルーザルド別動隊と、ドリストル本城での戦闘となった。軍の半数の死者を出しながらなおも降伏しないドリストルに対し、カザスの指示の下、三方の坑道から侵入したグルーザルド別動隊は、あちこちに火を放ちながらドリストル本城を攻撃。市街地の住人の2割が人形と化し混戦となるなか、最後は大将の一人が指揮官の人形であることが判明。本性を現した獣人型の人形と激戦となり、多くの死者と負傷者を出しながら、グルーザルド別動隊は勝利した。

 その先頭でもっとも活躍したのがラッシャ、アムール、そしてロア率いるイェーガーに派遣されていたレオニードなどの獣人たちだった。ドリストル王家は、多くの者が責任をとって自決。若き姫と7歳の王子だけが残され、王城は燃え落ち、住人の4割近く、兵士の実に7割が失われるという、大戦期にも類を見ない悲惨な戦争として後に語り継がれることとなった。

 遺体の埋葬と慰霊碑が立てられ追悼式が行われる頃、南方には珍しく雪がちらついた。誰かが呟く。今年の冬将軍は、一段と厳しい。北の戦線では、もっと人が死ぬのかもしれないと。



続く

次回投稿は、2/4(金)22:00です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ