大戦の始まり、その43~南部戦線⑭~
「本体・・・本体がいると?」
「当然だろう。これらの人形が自然発生するわけもない。最初に造った奴がいるはずだ。それが本当のサイレンスだ」
「本当のサイレンス。何者でしょうか」
「それを調べるのだ。アノーマリーは最初に造ったのはファーマスだとわかっているが、サイレンスの正体はまだ不明だ。ひょっとすると、魔術協会の記録にも何か手がかりがあるかもしれないが――」
イングヴィルはそこまで言って、ぴたりと手を止めた。氷漬けにしたはずの白い敵の頭部が、ニタリと笑ったからだ。
「くそ・・・全員離れろ!」
イングヴィルの言葉と同時に、征伐部隊も騎士たちも一斉に散開した。その後方の光が急激に強くなり、大爆発が起きる。もう少しイングヴィルの声かけが遅かったら、全員吹き飛んでいた可能性すらあった。
「くそっ、証拠隠滅にしては派手な奴だ!」
「イングヴィル隊長。これでは――」
「サイレンスを辿るのは無理だな。移動跡をなぞれば、奴が今回のトラガスロンの指揮を執っていたことがわかる程度か。この地域の脅威が取り除かれたかどうかはわかるだろうが」
「しかし、奴が指揮官なら配下の人形も消えるのでは」
「ああ。戦後処理といなくなった人形の痕跡を辿るだけで、冬が過ぎるだろうな! 膨大な証拠を一つ一つ追っていくだけで、どのくらいの時間がかかるか。たとえそれらが全てサイレンス本体に繋がらないとしてもだ。くそっ、やってくれる!」
「ここまで敵は考えていたのでしょうか」
「知るか!」
イングヴィルは余程口惜しかったのか珍しく言葉を荒げた。そしてエーリュアレも今後に控える膨大な作業を想像し、これだけでアルフィリースやイェーガーの動向を追うどころではなくなるのだろうなと、大きくため息をついた。
***
そしてもう一箇所。グルーザルドの首都、グランバレー周辺での反乱は既に鎮圧しつつあった。なんと、グルーザルドの完勝である。
周辺から攻め寄せた獣人たちはいらぬ損害を出し、改めてグルーザルドの強さを思い知る結果となった。
グランバレーに残る守備兵はたしかに5000名程度だったが、そもそもほぼ国民皆兵のグルーザルドにとっては、いざとなれば国民の半数前後が兵士となる。グランバレーの人口は、周辺の集落を合わせておおよそ20万人。引退した者の中から精兵だけを選りすぐっても、いつでも2、3万は追加ができる。ドライアンは最初からそれを知っていて、わざと守備兵が少ないことを周辺諸国に漏らしていた。これでおかしなことを考える国がいれば、炙り出すこともできるとすら考えていた。
「だが率いる者なしでは、軍は力を発揮できぬ!」
「なぜグルーザルドはあそこまで統一した動きができる? 残った獣将は南方戦線を維持しているのではないのか!?」
「誰が指揮していたというのか」
敗走する周辺軍の将たちが憤慨する。その意見ももっともだが、彼らは一人の獣人の存在を忘れていた。ドライアンが王となるかならぬかの頃、その畏怖を周辺諸国に植えつける戦いをしていた時、隣にいた凶悪なまでに強く、ドライアンの手綱を取れる獣人の事を。
「んー、とりあえずこんなもんか? あと一押しで壊滅だが、全滅させるとなると骨が折れるな」
「おやっさん、やりすぎじゃあ。一応、ドライアン王とは縁戚関係もあって、同盟を結んでいる国ですぜ」
敗走するドリストル軍を眼下に眺めながら、ラッシャがゼルドスに進言した。だがゼルドスは凄絶ともいえる瞳のまま、ドリストル軍を眺めていた。ラッシャが「血まみれラッシャ」と呼ばれた頃、唯一畏れた男の眼差しをゼルドスは取り戻した。
「いいや、駄目だな。敵十人長以上は全員殺す」
「そこまでやるんですかい!? そいつぁ虐殺じゃないですか」
「俺は黒髪のねーちゃんの言葉を全面的に信用しているわけじゃない。だが、その言葉には納得することがあった」
「そいつはなんです?」
「敵と戦う時に指揮官が一番考えなきゃあいけないのは、最悪の想定だ」
ゼルドスはラッシャに言い聞かせるように話す。背後にいる部下たちにも同様だった。
「今まで獣人の人形は確認されていなかった。人間に化けたサイレンスの人形が混じり込んでいるという警告を受けても、どこか獣人にとって他人事だった。だがアルフィリース曰く、人間の人形が作れるなら、獣人の人形だっているはずだと。特にセンサーや魔術士がほぼいない獣人の方が、人形は紛れ込ませやすいんじゃないかってよ」
「・・・そいつは納得ですね。獣人は単純な奴が多いし」
「アルフィリースはそこまで言わなかったがな、俺も激しく同意したぜ。そしてこの戦が起きた。人形ってのは指揮官を叩けば全部消えるそうじゃないか。なら、指揮官以上の連中は皆殺しだ。禍根はどうやったって残るだろうが、人形さえ炙り出しちまやぁ、全部そいつのせいにできる。むしろ、討ち漏らすのが一番まずい。敵の人形が死ぬまで、奴らの指揮官は片端から首を落とす」
「なるほど。それで周辺の小規模反乱を潰すんじゃなく、一気にドリストル軍を潰しに来たんですね。敵人形の首魁がいるなら、ここだと」
「じゃなきゃあ、困るんだがな。できりゃあ早めに当りを引きたいもんだ。それに、協力者もいたおかげでここに集中できたけどな」
ゼルドスは懐かしい顔を2つ思い浮かべた。ドライアンと好き勝手やっている時に、傍で支えてくれた馴染みの顔だ。まさか、この年になって戦場で肩を並べて戦うとは思わなかったが。
続く
次回投稿は、2/2(水)22:00です。