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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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大戦の始まり、その42~南部戦線⑬~

「なんだ、あれは・・・」

「生物なのか?」


 炎の中を悠然と歩いて姿を現したのは、まるで金属のような輝きを放つ人間の姿をした生物。元の色は白なのかもしれないが、炎を受けて赤く輝いているように見える。目は昆虫のような複眼で、感情を感じさせないその不気味な瞳に、魔術士たちが一歩後退する。


「あれも、人形・・・?」

「呆けるな、構えろ! 先ほどの魔術をくらって歩いているんだ、並みの敵じゃないぞ!」


 エーリュアレの一言で征伐部隊は全員が攻撃態勢に入り、一斉に攻撃魔術を放った。だが地、炎、水、風、闇の全ての魔術が白い敵の前で障壁に防がれたのだ。


「全て防がれた?」

「馬鹿な、それほど強力な魔術障壁だというのか?」

「続けて攻撃しろ! 敵に反撃の隙を与えるな!」


 エーリュアレの必死の叫びに対し、今まで口がなかった白い敵がニタリと笑った。その真っ赤な口が不気味で、不吉な予感に包まれる一同。その不安を払拭したのは、突如としてふわりと白い敵の眼前に現れた蝶だった。

 剣士たちが魔術の猛攻撃の最中、突然現れた虹色の蝶に思わず剣を握る手も緩んでいた。


「戦場に、蝶・・・?」

「どこから?」


 白い敵も同じことを考えたのか。思わず目の前を横切る蝶を目で追いかける。そしてその蝶が突然爆発してからようやく、蝶が攻撃魔術だと気付いて呆然とした。


「あれは――」

「隊長の魔術だ! 総員、伏せろ!」


 イングヴィルの攻撃魔術が蝶の形を取ることは、仲間なら誰しも知っていたことだが、問題はその威力と範囲。白い敵が怒りの奇声を上げる前に、目の前には無数の蝶が飛来していた。

 その一見して幻想的な光景に、征伐部隊の面々が一斉に青ざめた。


「まずい、隊長は本気だ!」

「馬鹿、お前らも伏せろ! 巻き添えを食うぞ!」


 征伐部隊の魔術士たちが、近くにいた騎士たちを引き倒して防御の姿勢を取らせた。直後蝶が爆発し、様々な属性の攻撃魔術へと変化した。蝶はただ爆発するだけでなく、氷を撃ちだしたり、金属の破片を撃ちだしたり、中には毒液となるものもあった。

 それらをエーリュアレは一つ一つ確認しながら、金属片や毒液が障壁の内側に飛び散って、毒液が白い敵の皮膚を焦がしたのを見た。


「物理攻撃は通るぞ! 総員、毒液の準備!」


 エーリュアレの号令と共に、征伐部隊は一斉に腰に下げていた薬液を袋の中で混ぜ合わせその口を縛ると、紐で回し始めた。エーリュアレの合図の下、一斉にそれらを白い敵の頭上に放る。

 白い敵も反応しようとしたが、今度は地面近くの蝶が爆発し、地面が沈んで体勢を崩す。そして図ったように征伐部隊は袋を風の魔術で打ち抜き、袋の中の薬液を白い敵の頭上からばらまいた。


「キィヤアアアア!」


 白い敵が毒液を頭からかぶり、黒い煙を出しながら悶え苦しんだ。魔術障壁は消え、顔面を押さえながら転がり回る。

 そこに追い討つように一斉に放たれる攻撃魔術。今度こそ敵の障壁に邪魔されることなく全て直撃し、それでも爆炎の中に敵がまだ立っていることを確認すると、エーリュアレが一直線に飛びこんだ。その手には騎士が握っていた剣があり、それに毒液をたらしながら白い敵に突き刺した。


「うああっ!」

「キィアアア!?」


 白い敵が剣を掴むが、その手も毒でぐずぐずと崩れていく。そして正面から複眼を覗いたエーリュアレは、その瞳の一つ一つにとてつもない怒りの炎が宿るのを見た。アルフィリースに対する並々ならぬ恨みをもっているエーリュアレだからわかる。この敵の怒りは、尋常ではない。自分の何倍も――十倍や百倍ではそれこそきかぬほどの恨みを抱えていることが、エーリュアレにはわかった。

 赤い口が、口惜しそうにゆっくりと動いた。


「憎しや・・・」

「何が憎い、貴様!」

「人間など、全て死に絶えてしまえ!」


 突然赤い口ががばりと開き、剣を自らに刺し込みながらエーリュアレに襲いかかろうとする白い敵。エーリュアレの反応が間に合わないと思われた刹那、白い敵の首が宙に舞った。


「最後の最後で油断したな?」

「イングヴィル隊長!」


 剣を手にしたイングヴィルが、間一髪のところで敵の首を刎ねていた。エーリュアレは跳びずさって敵と距離を取り、敵の体が崩れ落ちるところを見届けた。

 一方でイングヴァルは、敵の頭部を氷漬けにしようと魔術を発動させていた。


「これもサイレンスの人形なのだろうな。まだ未確認個体だが、指揮官の一つだろう」

「・・・こんな個体がいくつあるのでしょうか。まさか、本当にきりがないとでも?」

「さぁな。だが戸籍に登録されている数よりも、実際に活動している人間の方が多いのではないかとの噂はあった。戸籍制度が充実している国はまだ少ないし、冗談の類だと一笑に付されているが、ひょっとすると少なからずサイレンスの人形が混じっていた可能性はある。サイレンスは黒の魔術士に加わるずっと前から人間の社会に溶け込み、裏から何かをしようとしていたのだろう」

「何かとは――」

「そこまでは知らん。だが貴様は、その一端を垣間見たのではないか?」


 イングヴィルの言葉に答えるとするなら、サイレンスは人間を滅ぼそうとしているだろとエーリュアレは答えただろう。それほどの怨念と怒りを感じたからだ。


「かつてクライアとヴィーゼルとの戦――報復戦争で死んだとされたサイレンスは、本体でないことは疑われていた。テトラスティンもあまりにあっけなさ過ぎたとは言っていたが、他にも同様の個体がいるのだろう。うまいものだ、一度死んだように見せかけて、他の個体が動いているのだから。だがいつまでも好き勝手にさせておくわけにはいかん。この個体から情報を読み取ってくれる」

「なるほど、それで氷漬けに」

「人形は殺すと、すぐに劣化して崩れ落ちるからな。アルネリアにはこの手の魔術が上手い奴がいるはずだ。魔術協会で調べてもいいが、奴らへの貸しにしてやろう」

「なるほど。これでサイレンスの人形が何体いるのかわかりますね」

「本体もな」


 イングヴィルの言葉に、エーリュアレが一瞬呆然とし、そしてはっとした。



続く

次回投稿は、1/31(月)22:00です。

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― 新着の感想 ―
[一言] >エーリュアレが一直線に飛びこんだ。その手には騎士が握っていた剣があり、それに毒液をたらしながら白い敵に突き刺した。 また魔術師らしからぬことをしてる…… …………あれ?魔術師じゃない…
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