表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
2298/2685

大戦の始まり、その41~南部戦線⑫~

 そこには、たしかに娘と思しき中年の女性と、年頃の娘、それにあどけなさを残す少年が緊張した表情で座っていた。最低限の手荷物以外、余計な物は一切ない。まさに戦争から逃げる家族のようだ。


「ふむ・・・馬車は申請通りか」


 兵士は念のため後ろの荷にも回り込み、覆いをとって中身を確認した。食料、おそらくは売り捌くための品々など、おおよそ怪しい点は見当たらない。


「老人、何屋を経営していた?」

「小さな村で扱うような、日用品です」

「食料品も扱う雑貨屋か?」

「パンくらいは焼きますな」

「そうか」


 兵士は無表情で突然俵の一つに槍を刺すと、中からは小麦粉がざー、と流れ出た。老人は少し青くなりながらその様子を眺めていたが、兵士の方は何もないことに安堵するでもなく、やや不機嫌そうに老人に向けて顎で通り抜けてよいと指示した。


「隠し事はなさそうだな。よかろう、行け」

「は、はぁ・・・あの、その俵の弁償は・・・」

「通行料だと思え!」

「は、はい!」


 兵士が怒気を孕んだ声を発したので、慌てて老人は馬に鞭を入れて走り去った。そして国境を通りしばらく行くと、道案内の立て札に従って馬車を進めた。すると街道ではなく、山道の方に入っていくではないか。


「おかしいな・・・どう見ても道が細くなっている」

「お父さん、何かあったの?」

「いや、町に行くはずが山道になって――」


 そこまで告げた時、突然彼らに矢が降り注いだ。言葉を発する暇もなくハリネズミのようになる老人と中年女性。そして馬車の中から悲鳴が聞こえると同時に、火の魔術が馬車に命中して、悲鳴は火に呑まれた。

 

「どうだ?」

「普通の人間ならこれで死にますが――」


 木々の間から茶色のローブに身を包んだ魔術士たちが次々と姿を現す。彼らは油断なく炎に包まれた馬車を睨みつけ、そして彼らの傍には村人のような軽装に、剣を携えた剣士たちが彼らを守るように立っていた。

 剣士たちの中には、先ほどの検分役の男も混じっていた。剣士たちは検分役の男を胡散臭そうに睨む。


「お前が首を横に振ったからこういうことになったわけだが、間違いないんだろうな?」

「一家四人を火だるまにしたんだ。間違えましたじゃあ済まされんぞ!?」

「俺だって完璧じゃない。だがあの矢継ぎ早の質問もそうだったが、動揺したような口調のくせに、心音はまるで変っていなかった。ならば演技だ。どうして動揺した演技をする必要がある?」

「それはわからんが」

「軍人相手に演技をする必要がある奴は、須らく後ろめたい。だから看板に細工をしてまで山に誘導して、魔術でも確認した。その結果、火の魔術で襲撃したのは彼らだ。最後の判断は彼らに聞いてくれ」


 検分役の男はローブ姿の魔術士たちに水を向けた。魔術士たちの表情はローブの奥で窺えないが、一様に燃え盛る炎を凝視していた。


「どうだ?」

「重すぎるはずだ、特に前の馬車が。あの体格に対する骨格では説明できない重さだった。他にも怪しい点は沢山あるが、特にその点だな」

「人間ではないと?」

「高い確率で」

「違っていたら?」

「残念なことだ」


 あっけないその言い方に兵士たちが嫌悪感を抱くと同時に、馬車の幌が突然破れると、さきほど矢が突き立てられた老人と中年女性が跳びあがって襲い掛かってきた。火だるまになった彼らは皮膚を焼けただれさせながら、一直線に彼らに向けて、まるで蜘蛛のように関節をあらぬ方向に捻じ曲げながら襲い掛かってきた。


「うわあっ!?」

「奇怪な!」


 驚いた剣士たちが剣を構え、投げつけられた短剣を叩き落とす。跳びかかってくる本体を剣士たちが迎えうたんとしたとき、一斉に魔術士たちが魔術を詠唱した。


地縛封アースバインド


 大地が隆起し、大地の紐のようになって跳びかかってくる奇怪な生物を捕えた。同時に、馬車から少年のふりをしていた何かが飛び出してきた。体からハリネズミのように剣が生えているそれは、高速で回転しながら彼らに迫る。


風剛剣エアロスライサー


 魔術士たちが唱える風の魔術が一斉にハリネズミのような『それ』に迫ったが、風の剣すら斬り裂いてそれは迫る。

 剣士たちが盾になるべく前に出たが、その時地面が突如して坂状に沈下し、『それ』は転って沈んでできた坂の行き止まりに刺さって止まった。そこに無慈悲に投下される炸薬と、その直後に《土壁アースウォール》で蓋をされたことで、行き場を失くした衝撃が地面を少しだけ持ち上げた。そしてもう一度地面を開けると、『それ』が完全にばらばらになっているのが確認できた。

 やったのは、エーリュアレ。


「貴様ら、頭を使え。火の魔術で死んでいない段階で、魔術が無効化されている可能性も考えろ」

「貴様、魔術士の癖に邪道を!」

「何が邪道だ、敵を仕留められない征伐部隊なぞ、糞の役にも立たん。そういうことは敵を仕留めてから言え」

「何!?」

「よせ、次が本命だ」


 征伐部隊の魔術士が言ったとおり、燃え盛る馬車からゆっくりと人影が歩いて降りてきた。炎を意に介することもなくゆっくりと歩いている人影に向けて、再度一斉に魔術が放たれる。


連鎖爆裂チェイン・エクリセル


 複数の魔術士が放つ、火と土の複合魔術。征伐部隊の殺傷能力の中では五指に入る威力だが、その爆発から出現した相手の姿に、さすがの征伐部隊も目を見張らざるをえなかった。



続く

次回投稿は、1/29(土)22:00です。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ