大戦の始まり、その40~南部戦線⑪~
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「わりとあっけなく終わったな」
ヴァーゴが自分の軍の幹部と共に、戦が終わった戦場の様子を見て回っていた。魔王や人形は死ぬと燃えて灰となり、土地を汚染することは少ないことがわかっている。その点では、魔物とはまた違って楽な部分もある。
もしゴブリンやオークを大量に殺した場合は、必ずアルネリアに浄化を依頼する。そうしないと土地が汚染され、ゾンビと化したオークやゴブリンの群れが発生しうる。そうなった場合、下手をすると生前の魔物より厄介な群れとなることもある。
今は念のため大きな灰の塊となった魔王を一度崩し、さらに大きな山にまとめてもう一度火をかけて回っているところだった。
「あの女性魔術士が出て来てから、完全に流れがこちらに来ましたね」
「ああ。最初はどんな痴女が現れたのかと思ったが」
「恰好はその、あれでしたが」
幹部たちがヴァイフセラーの顔と恰好を思い出して、思わず赤面する。ほとんど局部しか隠していない格好に、ローブだけ羽織ったややくすみがかった金色の髪色の美女。見た目の衝撃もそうだが、一番はその戦闘力。魔王数体を素手と格闘術で引き裂くその戦闘力と、彼女の近くに行くほどに魔術での支援効果が強化され、戦闘力が上がる魔術。おそらくは結界の一種を応用したものだろうが、彼女に引き連れられた一団が結果として敵軍をほとんど撃破した。
敵の第四波、第五波も同様に蹴散らすと、その頃には反対から攻め寄せたクライア軍が敵軍の本陣を急襲、見事に殲滅した。ファイファーはまともに戦うことはせず、谷の上からひたすら発破や火矢、油を投げ入れ、敵軍の抵抗を最低限にして焼き尽くした。通常なら非道の手段として許されないことだが、『徹底的に』という約束をファファーは律儀に守ったようだ。
「これでこの戦いは終わりでしょうか?」
「敵の指揮官、特に想定される人形を指揮していた奴の死亡を確認できなかったのが痛いな。果たして戦場にいたのか、いなかったのか」
「本当にいるかどうかも定かではないのでしょう?」
「いるさ。不穏な気配――というか、意志はたしかに感じていた。それは直に戦った俺らだからわかることもある。お前たちも、不気味な意志の存在を感じただろ?」
「それはたしかに」
幹部たちも揃って頷いた。
「どいつこいつも何も考えていないような硝子玉みたいな目つきをしているくせに、人間に対する怨念のようなものを発していた。相対する奴は全員そうだ。それに敵の統率された動きを見る限り、近くに指揮官がいたはずだがな」
「人形が大量生産されるものだとするなら、指揮官を叩かない限り終わらないのでは?」
「そのはずだが、それもあのレイファン王女が手を打っているらしい」
「なんと!?」
幹部たちは驚きの声を上げたが、ヴァーゴもまた内心は同様だった。
「最初見た時は頼りねぇお姫様だと思ったが、人間の成長は本当に早ぇな。だから面白くもあり、末恐ろしくもある。このまま友好関係を保っていたいもんだがね?」
ヴァーゴは不安とも期待ともとれる言葉を吐きながら、自ら陣頭指揮を執って戦後の処理と負傷者の見回りに奔走するレイファンのことを遠くから眺めていた。
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「検問です。ご協力いただけませんかね?」
「こ、こんなところまで。せ、戦争ですか?」
「そう怯えなくてもいいんですよ、ご老人。トラガスロンがクルムスなんかに攻め入るから、面倒な検問が発生していましてね。ほら、どさくさに紛れて脱走兵や犯罪者がクルムスに入ってきたら大変でしょう? 我々もこんなところに駆り出されて迷惑しているんでさぁ。一応通る人間の確認を行っているので、ご協力くださいよ。なに、すぐ済みますんで」
兵士は気怠そうな態度で視線を老人とその馬車に向けたが、けっしてその視線まで気怠いわけではなかった。むしろ鋭く馬車の方を観察しており、後ろに控える兵士たちも何かあれば飛びかからんとして、油断なく構えているのが見て取れた。口調こそ農民混じりだが、戦時の徴収兵といった練度の低い兵士ではなく、職業軍人の精兵であることが老人にもわかる。
老人は卑屈で媚びへつらうようにして近寄ろうとしたが、兵士は素早く槍を向けてその行動を阻止した。その表情に一瞬で鋭さが宿る。
「許可なく近寄るなよぅ。あんたは身分と目的、それに馬車の中にいる同行者と荷を俺たちに示せばいいんだ!」
「へ、へへぇ! 戦争がおっぱじまったんで、ワシらは家族でトラガスロンからクルムスに、親戚を頼って逃げるところです。ばあさんは昨年死んじまったんで、娘とそのさらに娘と息子の4人旅です」
「娘の旦那は?」
「戦争にとられて、行方知れずで」
「孫はいくつだ?」
「今年で19と13になります」
「孫娘の旦那は?」
「まだおりません」
「農民なら、結婚が遅くないか?」
「元は商家でした。2年前からクルムスが立て直してから、金も財もクルムスに流れっぱなしで、こちらと商売あがったりなんですよ。ばあさんが体を悪くしたせいで商売にも出れないし、乗り遅れちまったってな寸法で。ばあさんも死んだし、娘の旦那も行方知れずだし、戦争はクルムスが勝つって噂でしょ? 財があるうちにクルムスに行って、一念発起してやり直そうって魂胆なんです」
矢継ぎ早に繰り出される質問に対し、澱みなく答える老人。質問をしていた兵士はちらりと後方の検分役に視線を送ったが、彼は首を横に振っただけだった。
兵士はまだ疑念が晴れないのか、馬車の方につかつかと歩み寄ると、その幌を無断でばさりとめくり上げた。
続く
次回投稿は、1/27(木)23:00です。