大戦の始まり、その39~南部戦線⑩~
「ではお時間もないようですし、最終確認を行いますわ殿下。我々魔術協会、金の派閥の精兵200名が、魔物に対する戦争のお手伝いをいたしますわ」
「その対価として、我々クルムス公国は金の派閥に対して、10年間の資金援助と活動場所の提供、そして可能な限りの素材提供をいたします」
「契約成立ですわね。ちなみに、我々の魔術が無効だった場合も考慮して理派閥も呼んでおきました。これはサービスですわ」
「ありがたく――とは思いますが、お礼は言いませんわ。だって、戦術上の必要性を考えれば、扱う魔術の種類が異なる魔術士を随行させるのは当然ですものね」
レイファンの言葉に、笑顔のマリーゴールドとレイファンの間に火花が散ったように周囲には見えた。
だがそれをおくびに出すこともなく、優雅に微笑みながらマリーゴールドは指示を飛ばした。
「金の派閥兵、前へ! 奮闘するグルーザルド兵とクルムス兵を、支援する!」
「「「はっ!」」」
マリーゴールドの指揮の下、大柄の魔術士たちが大きな足音を立てながら前線へ向かっていく。金の派閥の得意魔術は金属性の魔術。その本領は、自己強化である。
全力で走る大柄の魔術士たちがローブを脱ぎ捨てると、そこには長身の見事な体躯の闘士が出現した。彼らは一様に体を隠すほどの大きな盾を構え、魔術を唱えた。
《剛力》
「そいやぁあああ!」
「せやぁあああ!」
筋力と体の硬度を魔術で補強した彼らは、先頭で奮戦するグルーザルド兵と魔王の間に割って入ると、その攻撃を強引に受け止めた。並みの兵士の鎧ごと胴薙ぎにする威力の攻撃すら、金の派閥の魔術士たちは見事に受け止めてみせる。
「ここは我々が引き受けましたぞぉおお!」
「貴殿らは、攻撃のための力をぉおおお!」
「なんと!?」
獣人たちは驚き戸惑ったが、そこに後続の金の魔術士が飛び込んできた。
「獣人の兵士よ、魔術をかけるぞ。そこを動くな!」
「な、何!?」
【地の守り、精霊の守り、黒く光る元素よ。汝の加護を彼らに与え給へ!】
《剛鱗鎧》
グルーザルド先頭の兵士数百人を対象に、一斉にかけられた強化魔術。範囲を指定することで、強引に成功させた集団魔術である。
「これで少々の物理攻撃では致命傷にはならぬはずだ!」
「酸などの攻撃と、炎や氷、魔術そのものに対しては弱いから気を付けろ!」
「攻撃力も上乗せさせるはずだぞ」
「持続時間は四分の一刻だ。その時刻がきたら次の強化した部隊を投入する。引き時を見誤るな!」
魔術士たちが次々と声をかける。魔術を受けた部隊長が試しに攻撃を仕掛けると、まるで熱したチーズの様に相手の体表が簡単に斬り裂けた。
「おおっ!」
「これは凄い!」
「隊長に続けぇ!」
獣人たちは勢いづき、自ら魔王の群れに突撃していった。機動力は変わらず、ただ兵士たちの頑強さと攻撃力が増したのだ。そして前のめりになった陣の穴埋めは、魔術士たちがやってくれる。
そして強化された彼らでさえ苦戦する、軟体形や不定形の魔王には、理魔術士たちが直接魔術で総攻撃を仕掛けた。
《氷槍撃》
《弾岩》
《炎拳》
《樹木槌》
一つ一つは初級から中級だが、間断なく叩きこまれる魔術に撃沈されていく魔王。練り込まれた集団戦力に、満足気なマリーゴールド。
「ふふっ、やはり強引にでも魔王討伐の実戦訓練を増やした甲斐がありましたわね、代表」
「理論だけの頭でっかちなんて、使えやしないことはあたしらの時代からそうだったさ。魔術士は、実戦を重ねてなんぼさね。せこせこ部屋の中に籠るばかりが魔術士の仕事じゃないよ!」
「だからって、杖をつきながら戦線に出向いてくるのは、おやめになってくれません?」
マリーゴールドは魔術協会から離れ、前線にまで同行したヴァイフセラー代表に苦言を呈する。だがヴァイフセラーは余程血が滾るのか、引っ込みがつかないようだ。
「ふん、馬鹿にしたものじゃないよ。そもそも金属性の魔術がないと、こちとら寝たきりババァさね。なら、もう少し無理を重ねたっていいじゃないのさ」
「まさか、何か無茶をするつもりじゃないでしょうね?」
「あんたが産後の肥立ちが悪いなんていわなけりゃ、やるつもりもなかったさ。理派閥のカラバル坊やも上手くやっちゃいるが、パンチが足らないね。兵士の士気高揚には、いつだって美女が先頭を切るのが一番さね」
「ちょっと、代表?」
マリーゴールドが止める暇もなく、ヴァイフセラーは幻夢の実を口に入れ、同時に魔力強化剤で押し流すと、杖を放り出して前に出た。その曲がった背筋がみるみるうちにまっすぐとなり、枯れかけた肉体に瑞々しさが取り戻される。
ローブをはぎ取ると、そこには妖艶な肢体を惜しげもなく晒した絶世の美女が出現していた。
「さぁて、直接戦闘は50年ぶりかしらね。血が湧き立つじゃないのさ」
「ちょっと、代表! まさか、戦われるおつもりで?」
「覚えときな、マリーや。圧倒的な相手に立ち向かうには、先頭に立つ人間が馬鹿なことをやるくらいで丁度よいのさ。魔王の群れなんて、いかに準備しても完全に倒せるものじゃないだろうが、今回は圧倒的に勝つ必要があるんだ。それなら、婆の命の一つや二つ使い尽くす気概がなくてどうしようっていうのさ」
「だからって!」
「やらせときな。これからもっと大変になるだろうけど、あたしじゃ乗り切るのが無理な時代が来る。後は任せたよ、マリー」
《金剛飛翔鎧》
そう告げると、ヴァイフセラーは文字通り飛んでいった。あれば金の魔術を一大派閥に押し上げた、伝説の金の魔術の極致。本当に存在したのかという驚きと、見ることができて感激したことと、ヴァイフセラーの美しさに思わず見とれるマリーゴールド。あれなら、どんな強敵でも魔王でも砕いてみせると、見ただけで確信できる魔術の充実ぶり。
そしてあまりに鮮烈な光景をみたせいか、1周回って同時にどうでもいい疑問が湧いてしまうマリーゴールド。
「代表・・・あんな露出度の高い服、いつから着てきたんだろう・・・」
こんなつまらないことを考えてしまうあたり、この戦は必ず勝利で終わるのだろうなとマリーゴールドは直感していた。
続く
次回投稿は、1/25(水)23:00です。