大戦の始まり、その38~南部戦線⑨~
レイファンはその後ロンに再度伝令を送る。今度は全力で後陣まで後退するように告げた。
「全力で・・・? 何かありますね」
何があるかを知らされてはいないが、全力での後退となるとそれなりに被害を覚悟する必要がある。ロンはレイファンの企みを確認してみたい気持ちもあったが、迷いない指示をみていると、このやり方は勝ち筋があると確信できた。
「下がって勝つ兵法はグルーザルドにはありませんが、やってみますか。ロッハに殿軍を指示し、ヴァーゴから先に撤退の命令を出しなさい! 陣や食料は放置して構わない、後退です!」
ロンの指示の下、グルーザルドは慣れない撤退をすることになったが、ロッハの機転もあり撤退は被害が少なく行えた。既に第二波もかなりの数が減らされていたが、グルーザルド軍も少なくない被害を受けている。
そして隘路で踏ん張るクルムス軍も、防戦中心に奮闘したため、つっかえた魔王どうしが争うことがあるなどして思ったよりも被害が少なかった。彼らは大量の悪臭を伴って目に染みる煙幕を焚き、めくらましをしている間に見事に撤退した。
そしてロッハが陣をあとにして撤退する頃、地面の下から地響きがあった。そしてロッハは見た。ちょうど陣を敷いていたあたりの地面が陥没し、その下から這い出る魔王の群れを。敵は、地中を通って背後に出るつもりだったのだ。
「なんと――レイファン小王女の指示がなければ、我々は側面と背後を取られて大打撃を受けていたのか。あれを予測していたというのか、恐れ入る」
「ブルーウィンの斥候の情報があればこそ、ですが」
後陣でレイファンはロンに語る。
「堅固な陣を崩すには、奇襲、奇抜な策が必要です。その中に地下坑道を掘る手段がありますが、人間の兵法書にも記載があります。それを魔王がやるとしたらどうなるか――我々の斥候からの報告では、地中に潜っていった個体がいるとのことでした。最初の巨体たちの第一波で我々の陣を破れませんでしたから、作戦を変更したのでしょう」
「つまり、敵は我々の出方を見ながら次の魔王を製作していると・・・?」
「その可能性があります。エクスペリオンは、話ではある程度どのような魔王に変身するか、指向性を持たせることにも成功していると聞きました。ならば、敵の出方を見ながら次の魔王を作製すればよいのでは、という話になります。私が敵の指揮官なら、そうするでしょう」
「なるほど」
「しかし、そうなると別の問題が発生します」
「問題とは?」
「敵の人形に、命令を聞くだけではない個体がいることになります。少なくとも、この人形たちを軍として機能させ、我々と相対することができるだけの個体が。ここまで追い詰められることが作戦の内だとすれば、どこまでの策を用意しているかが心配ではありますね。ある程度の損耗を覚悟してでも、ここで殲滅する必要があるでしょう」
レイファンの覚悟にロンが唸る。一波、二波ともに50から100体近い魔王がいた。それらのほとんどを撃退したが、地中を掘ってきた魔王と、隘路を突破してくる魔王でやはり200体前後。さらには随行の人形と思われる相手兵士数千がいる。人形とはいえ、人間を引き連れた異形の魔王とはなんたる皮肉かと、軍幹部たちは厳しい表情になった。
これらを全て自分たちだけで迎撃するのは厳しいのではないかと、ロンは冷静に提案した。そしてレイファンは穏やかに告げた。
「大丈夫です。そのための次の策ですから」
レイファンが手を挙げると、陣の後ろから茶色のローブを纏った連中がゆっくりと歩いてきた。彼らの先頭にいた者がそのフードを取り払うと、そこには見事な金髪の婦人がいた。
「あなたが連絡をしてくれたレイファン王女でいらっしゃる?」
「はい、確かに私がレイファンです。あなたは?」
「私は魔術協会所属、金の派閥代表代行マリーゴールドです。今回の取引相手ということでよろしいのかしら?」
「そうですね、私が貴女方の取引相手です」
一見して優雅にしか見えない2人を、傍から見た獣人たちの印象一致していた。まるで互いを牽制し合う猛獣が2体、初めて顔を突き合わせた瞬間を見たようだと。
マリーゴールドはちらりと敵陣の様子を見た。既に敵は間近に迫っており、陣の先頭では戦いが展開されようとしていた。
続く
次回投稿は、1/23(日)23:00です。