大戦の始まり、その33~南部戦線④~
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果たして、ファイファーとレイファンの目論見は上手くいった。トラガスロン遠征軍が全て人形で構成されているわけではなく、普通の人間も混じっていると考えれば、首都近くの砦が次々と陥落することで補給線がなくなれば自動的に撤退することは目に見えて明らかだった。
もし全て遠征軍が全て人形で構成されていたらどうするのかというファイファーの質問に対し、レイファンはあっさりと答えた。
「それならば、全て遠慮なく殲滅できるではないですか。ある意味では願ったりですが、そうではないでしょうね」
「なぜそう思われるのか」
「だって、人間が混じっていた方が相手を幻惑できるではありませんか。どれが人間でどれが人形なのか。それに悩んで相手の手が緩めば、しめたものです。少なくとも、私が人形側ならそう考えます」
だからこそ、無慈悲に殲滅する必要があります。後世、どれほどの誹りを受けようとも。そうレイファンは説明した。
それを聞いたオズドバが漏らした感想は、口をへの字に曲げながらファイファーに述べられた。
「最近の女性は怖いですな。アルフィリース殿といい、レイファン小王女といい。我が妻が恋しくなります」
「恐妻家のそなたでもか。だがアルフィリースの方が、今回ばかりはマシだと思ったぞ」
「なぜですか?」
「レイファン王女は誹りを受ける覚悟であると言ったろう? だがそれはないさ。手を下すのは我々であり、グルーザルド軍だ。数十年もすれば、トラガスロン軍を殲滅したのはグルーザルド、クライア連合軍と歴史書には記されるだろうよ」
「なんと! ですが、今回の戦では勝利した暁にはクライア優勢に土地割譲ができるのでは?」
「だからこそ汚名も引き受けることになる。今回の戦争後、トラガスロンが弱体化したところで経済から締め上げでゆき、レイファン王女は実効支配を進めるだろう。早ければ十数年後、トラガスロンは残っていないだろうな。少なくとも、レイファン小王女が存命の間には消えてなくなるはずだ」
「そこまでやるのですか?」
「それどころか、我々もそうなる可能性があるがな」
「え?」
オズドバが素っ頓狂な声を上げたので、ファイファーはふん、と不満そうに鼻を鳴らした。
「辺境伯がそれではいかんだろう。国境を挟んでの争いには敏感でも、経済で中から搾り上げられるのは苦手か?」
「経済・・・それほどまでにファイファー殿下と手腕が違いますか?」
「経済に関しては、私の方が一歩も二歩も後塵を拝しているだろうな。それ以上に決定的なのは、クライアの経済地盤が弱いことだ。クルムスがまともでありさえすれば、年ごとに国力は開いていくだろう。この差はどうしても埋まらぬ。仮にヴィーゼル、トラガスロンが三ヶ国連合を敷いていても、経済力ではやがてクルムスに勝てなくなる。グルーザルドを後見に据えた今では、実力行使も不可能だ。唯一の機会が、先の内乱時だった。だからこそ、黒の魔術士なるものはクルムスを狙ったのだろうな。獣人と人間社会の玄関口を麻痺させる方法としては、もっとも効率的だ」
「そこまで・・・そこまで相手は考えていたのですか」
「だろうな。恐ろしい相手だよ、彼女は。だがそれ以上に諦めずに彼らに一撃返すことをアルフィリースもレイファン小王女も考えている。その気概に私としては恐れ入るばかりだ。天晴な女傑たちではないか? 私はそれに一口乗ったのだ。当然、おこぼれはもらうがね」
「将来、クライアはどうなりますかな?」
オズドバの心配そうな顔に、ファイファーがはっはっはと笑った。
「だから勝ち馬に乗るのさ。それがわからん馬鹿な兄上たちに、国の運営は任せておけないだろう?」
「はい。今、強くそう思いました」
「ならば今回の戦争が終わり次第、本気でそなたの周りを説得するがいい。味方は多い方がいいし、クライアはその方が栄えるだろう。ローマンズランドの内乱はしばらく続く可能性がある。ならば、この時に王位を奪ってしまった方がよかろうな」
「反乱を起こされるので?」
「王には必要性を説くさ。それがだめなら反乱を起こいてでも王になる。ようやく覚悟が決まったよ。それにはまずこの戦いを生き残らねばな」
「はい!」
オズドバの平伏とともに、ファイファーは強い決意で軍を動かし始めた。そして予定通りトラガスロン遠征軍をグルーザルド軍と挟み撃ちにし、追い込むことに成功した。トラガスロン軍は潰走し、一部の将兵は降伏を申し出たが彼らは容赦なく降伏した軍も殲滅することなる。
一つの理由は、人形とそうでない者の見分けがつかないこと。今まで殲滅したと思われた人形が形を変えて生きていたことで、見分けがつかない可能性があるからだ。受け入れた内側から軍を食い破られたのではたまったものではない。
そしてもう一つは、徹底した姿勢を見せ、トラガスロンに恐怖を与えるためだった。次に歯向かえばどうなるのか、レイファンは徹底してトラガスロンに教えておく必要があった。まだ戦は続く。次回の出陣時に、再度背後を突かれたのではたまらない。
トラガスロン遠征軍は最後、山の隘路に陣取った。どちらの入り口も塞いだため、完全に孤立した形である。だが彼らの中に人間がいようとも、降伏した将兵まで首を落としたため、もはや徹底抗戦の構えをとっていた。食料がなくなる前に、必ずうって出るだろう。残兵は5000程度。いずれも傷ついているが、一つ対応を間違えればこちらにも損害が多く出る。最後の詰めを間違えてはいけない。レイファンはグルーザルドの将兵と再度軍議を重ねていた。
続く
次回投稿は、1/13(木)24:00です。